第1話
初めはつまらない人だと思った。
表情が大きく変わるわけでも、話が特別面白いわけでもない。どこにでもいる普通の男の子。背は高いのにぱっとみてわかるほどに身体が薄く、明らかな痩せ型。太い黒縁の眼鏡は野暮ったいはずなのに、どこか知性的な雰囲気を漂わせていた。
高校二年生に進級してから二か月、出席番号順の席では隣だったのに、一度たりとも話さなかった。後で聞いてみたら、彼は私が隣の席だったことすら記憶になかったらしい。
彼と――隼人くんと話すようになったのは、それからさらに二か月後。特別なきっかけがあったとかではまったくなく、文化祭の準備で同じグループになった。ただそれだけだった。
話してみると趣味が似ていて、古めの洋画の話や心理学の話で盛り上がった。互いにお気に入りの作品を薦め合う。作業のときにはポツポツと共通の作品について語り合う。ただそれだけだった。
興味がなかった人でも話すようになれば自然と目に入るようになった。そうしたら、隼人くんの些細な気遣いにたくさん気づけた。
言葉遣いが存外丁寧なところとか、お弁当の時の箸使いが綺麗なところとか、昼休みになると黙って窓を開けて教室の換気をしてくれるところとか、他の男子が動画で盛り上がっている時にも一人で作業を進めているところとか。
人間として、美しいと思った。育ちが良いとはこういう人のことを言うのだろう。
隼人くんは面白い人だった。それは決してバラエティに富んだ人という意味ではなく、他の人と違う、私の好奇心を刺激するような人だった。
「お腹空いた」とか「眠い」とか普通の高校生が当たり前のように口にする言葉が出てこない。自分の欲を隠すのがやけに上手だった。
楽しいとか嬉しいとか、プラスの感情は表に出てくる。当初思っていたよりもよく笑う。でも明らかに不機嫌になってもおかしくない場面でも、むしろ怒れよとこっちが思ってしまうような場面でも、ずっと無表情。
はじめの方は何を考えているのかわからなくて不気味だったけど、観察をしていくうちに、口がうまくないなりに、極力丸く収めようとしているんだということに気づいた。
極めつけは口の悪さだ。人を小馬鹿にしたような発言や普通の男子高校生並みの暴言は頻繁に飛び出す。それなのに下品にならない言葉遣いで、丁寧さを感じさせるのだから面白い。
彼という人間が少しずつ輪郭を持ち始める。知れば知るほど人間味がないのに、誰よりも『理想の人間』に近かった。
その歪さが美しくて、不可解で、興味深かった。
手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、どこまでも追いつけないような、彼はそんな儚さをはらんでいた。
二人で買い出しに行った帰り道、彼が小さく呟いた。
「好きな人と話す内容ってすごい悩むよね」
あまりの衝撃に持っていた荷物が手から滑り落ちた。
隼人くんは、それを黙って一緒に拾ってくれた。その間、一度たりとも視線は重ならなかった。
そっと目線を上げて盗み見ると、耳の縁がほんのり紅く染まっていて、口元はきゅっと固く結ばれていた。
心臓が一拍だけ遅れた気がした。
「⋯⋯誰が好きなの?うちのクラスの子?」
こく、と小さく首肯して、隼人くんは足を止めた。目と目が合う。
陽に透けた黒髪がさらりと揺れた。
「俺が好きなのは⋯⋯」
一息つくようにして目をそらされ、数秒の逡巡の後、もう一度視線が交わる。
「美桜」
息とも声とも判断し難いような小さな声は、やけに鮮明に聞こえた。
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