第1話 死者だけが笑うへの応援コメント
神営業→仏営業で思わず笑ってしまいました……くそうw
作者からの返信
コメントありがとうございます!
そこ、拾って笑ってもらえて嬉しいです!
神営業と言えるほど売れてはいないので、照一の場合は仏営業になりました(笑)
死者相手でも営業だけは全力で頑張りますので、引き続き見守っていただけたら嬉しいです!
第7話 相方は箱の中への応援コメント
名前負けしてる噺家さん(最近でこそ減ったけど、昔は客も辛辣で、上手い噺家は全員あの世にいるってネタにするくらいに多かった)に、怪談話として語らせるって落語(個人的には、最期噺家も取り込まれるって筋で)を作れたら現代の圓朝噺になるかも…
漫才の下りは特に引き込まれました(;;;・_・)
作者からの返信
コメントありがとうございます!
名前負けしている噺家が怪談を語り、最後には自分まで噺の中へ取り込まれる……めちゃくちゃ相性のいい筋ですね。落語として語るほど怪異が現実へ近づいてくる形にしたら、かなり怖い噺になりそうです。
漫才のくだりも引き込まれたと言っていただけて嬉しいです。《半月》の2人にしか出せない間を大事に書いたので、そこを感じてもらえて何よりです!
第3話 笑わなければ首が締まるへの応援コメント
“あんた1人で真っ暗にしてるんや”って返すとこ』
「知らんがな。台本くれや」
『台本は燃やされた』
ネタとして見ても良いと思う。
演者と客が合ってれば爆笑もいけそう(M1だってネタとして見たら、うーん…ってのもザラにある)
核心が近付いてきたかな…
作者からの返信
コメントありがとうございます!
確かに、ネタ単体の強さだけでなく、演者の間や客席との空気が噛み合って初めて爆発する笑いもありますよね。今回は真紀と玲奈の「2人だから成立する間」を意識して書いています。
少しずつ月鳴館の核心へ近づいてきました。引き続き見届けてもらえたら嬉しいです!
第2話 無人の宴会場への応援コメント
百人か…
実話でありそうな話ですね…特に映画館で…
作者からの返信
コメントありがとうございます!
映画館の暗い客席に、誰もいないはずなのに百人分の気配だけがある……確かに実話怪談にありそうな怖さですね。
月鳴館の宴会場も、「満席なのに誰も笑っていない」という不気味さを意識して書きました。引き続き楽しんでもらえたら嬉しいです!
第1話 死者だけが笑うへの応援コメント
照らしたことがあるんは、実家の仏壇とコンビニの揚げ物くらいです
これを笑うのは難しいな…
ネタが面白いとか芸人が面白いとか以上に、辻褄の合わない意味不明なネタを笑うということが、現代では既に(知的)障害を笑いものにするという禁忌と同列に並べられてしまった。
常識に絡め取られた人間では笑っちゃいけないまである。
(かつて、タモリがやってたようなネタがテレビで出来なくなって何年経ったろう)
作者からの返信
コメントありがとうございます!
「売れない芸人の少しズレたネタ」として書いたんですが、意味が一段飛んでいて、笑う以前に引っかかる形になってましたね。
おっしゃる通り、今は“笑っていいのか”まで受け手が考える時代でもあるので、照一のネタは意味が伝わったうえで滑る形に調整していこうと思います。貴重な視点、ありがとうございます!
編集済
第16話 笑わない家族写真への応援コメント
元々この家、一家(無理)心中があった曰く付きの事故物件ってことですか?
しかし…昭和32年か…敗戦後12年か…まともな教育も受けられず、ただガムシャラに生きてきた世代が家族を持った時代なのかもな…
(なにせ、小学生の最初の教科書がススメススメヘイタイススメらしいから…婆さん(大正産まれ)が言ってた、あの世代は親も忙しくてマトモに躾もしてられなかったと思うって)
作者からの返信
コメントありがとうございます!
今回の柊木家そのものが、守屋一家の無理心中があった家というわけではなく、霊障の依代になった木額が家から家へ渡り、柊木家まで流れ着いた形です。なので建物よりも、額の方が曰く付きですね。
昭和32年という時代についても、戦後の混乱や「家長が絶対」という古い価値観がまだ強く残っていた頃を意識しました。もちろん時代だけですべてを片づけることはできませんが、弱さを見せられず、家族を自分の所有物のように扱ってしまう源一の歪みへ、当時の空気も絡んでいます。