第6話 告白
巌先輩の言っていた「裕少年に会いに行く」とはどういうことだろうか。
死者に会いに行く?霊能力者にでも意見を求めるのだろうか。
ベテラン刑事がそんな突拍子もないことをいうわけがない…そんな疑問を持ちながら、先輩に言われるまま3人は車に乗り込む。カンちゃん先輩もやや困惑気味である。
30分ほど車を走らせた後、郊外のある場所へたどり着いた。
「……。ここだな。」
「ここって、お寺……ですよね?」
都内某所。住宅街から少し離れた場所にある歴史を感じる寺--円浄寺。
こじんまりしているが、手入れが良く行き届いており、雑草なども定期的に刈り取られているようだ。
敷地内で、住職らしき人が草むしりをしている。暑い中、黙々と雑草を抜き、墓の一つずつを丁寧に掃除している。
私たちが近づくと、男性は深く会釈をしてくれた。
「あの、すみません。三代 裕くんのお墓はどちらになりますか?手を合わせたいのですが」
巌先輩が、住職に声をかけに行く。作業の手を止め、わざわざ案内をしてくれる。だいぶ奥の方にあるようだ。
―――川代家乃墓。
ここが裕くんのお墓。住職の手入れのおかげか、墓回りはとてもきれいな状態を保っている。苔もない。
しかし、脇に建てられた卒塔婆を見ると、全体的にボロボロだ。長年雨風にさらされ、文字も掠れ判読できない。長い間、遺族や関係者が参りに来ていない証拠だった。
私たちは一同で手を合わせる。彼の無念が晴らせるよう、心の中で願いながら。
「あの、失礼ですが、川代さんの知人の方ですか?」
住職が探るように質問してくる。
「すみません。申し遅れました。私たち警視庁のものです。」
警察手帳を見せながら、裕くんの事件を再捜査してくることを伝える。
「ああ、警視庁の方。もう、30年も経つんですね」
どこか遠い目をした住職は、何かを思い出すように天を見上げた。
「もう何年もこの墓には誰も来なくてね。きっと彼も手を合わせてもらって喜んでいるでしょう」
「あの、突然こんなことをお聞きするのは失礼かもしれませんが、裕くんのこと、何かご存じだったりしますか?」
……勘だった。だが、裕君の名前を聞いた住職が見せた表情、それが手掛かりの一かけらを握っている、そんな気がした。
ポツポツと、小雨が降り始めてきた。
「…雨も降ってきましたし、よければ中へどうぞ」
住職に促され、私たちは自宅の応接間へお邪魔することになった。
―――――――
「どうぞ」
クーラーの効いた応接間。家の中は清潔に保たれている。洋館のような作りは、住職の趣味だろうか。奥様が温かいお茶とお茶菓子を出してくれる。
「ありがとうございます。どうぞお構いなく」
カンちゃん先輩は甘党でもこういうところはちゃんとしている。甘いものに目はないが自制は効くのだ。
「それで、そちらの女性の刑事さん、なぜ私が裕くんのことを知っていると思われたんですか?」
「ええと、うまく言えないんですが、何というか、裕くんの事件を思い出した時の表情が、どうにも他人事には見えなかったもので…」
感覚的なものなので、うまく言語化できない。だが、この引っ掛かりは勘違い、というわけではない気がする。
「なるほど。まぁ当時、衝撃的なニュースでしたし、その子がこちらに納骨されたのもあって、よく覚えていただけですよ」
住職はお茶を一口飲み、これは感覚的にだが「はぐらかされた」ような気がした。
「住職、これはあくまで私の推測ですが…」
突然、黙っていた巌先輩が重い口を開いた。
「最初裕少年の事件を調べ始めたとき、家族からの証言でしか存在を確認できない「親切なおじさん」自体がそもそも存在しないのではないかとも考えました。ですが、証拠品の中に録音テープがありましてね、それを聞いてみると裕少年は「おじさん」を庇うような感情のこもった言葉があったんです。つまり、おじさんは実在していた。」
録音テープ。当時音声データ自体を偽造することは素人では難しく、当時小学生であった裕くんに脅して話をさせるようなことがあれば、違和感の残る要素もあったかもしれない。だが、音質があまりよくないとは言え、あのテープで語った裕くんのおじさんを守るような発言自体は彼の本心だったのように聞こえた。
「しかし、周囲をいくら洗っても、「親切なおじさん」につながるものは見つかりませんでした。では、存在するとすれば誰が「親切なおじさん」なのか」
住職は黙って聞いている。
「初対面の男性であれば、当時小学生だった裕くんは相手がどんな優しそうな人物であっても警戒したはずです。外で会っていたならその様子を見れば誰かしらの印象に残り、目撃情報もあったはずだ。それがなかったことを考えると、親戚などの身内。しかし、母親の日菜子さんは親戚付き合いをほとんどしていなかったそうです。……そうなると、考えられる人物は一人。
「裕くんの実の父親」であるあなたが「親切なおじさん」…だったのではないですか?」
巌先輩が突然こんなことを言い出した。思わず、カンちゃん先輩と顔を見合わせた。
住職を見てみると、少し目を見開いたものの、動揺して乱れる様子はない。むしろ不思議と落ち着いている。
「参りましたね。刑事さん。ええ、その通り、私が「親切なおじさん」ですよ」
あっさりと認めた。しかし、その穏やかな目元からは、幼い子供を殺害するような残虐性は感じられない。
「やはり。ですが、彼の事件には関与はしていないんじゃないでしょうか」
「今から少し昔話をしてもよろしいでしょうか」
住職は軽く深呼吸をしながら。ぽつぽつと語り始める
住職---元夫の語る過去は痛ましいものだった。
川代 日菜子とは裕くんが5歳の頃に離婚したらしい。当時、住職は仕事を失い、酒を毎日のように飲み、愛想をつかされ出て行ってしまったそうだ。
元妻からは固く連絡を絶たれていた。
数年が経ち、今から30年前の12月。突然、自宅の電話が鳴った。子供の声、懐かしいような、時間は立っても耳が覚えている まさに裕くんの声だった。
母親の電話帳をこっそり見てかけてきたらしい。
用件を聞くと、お母さんが恋人と一緒に住み始めてから、家に居場所がないという。小さい頃のわずかな記憶にをたどり、優しかった父を思い出し、すがるように電話をかけてきたとのこと。
住職は合う場所と時間を決め、一度会ったという。何年も会わない間に身長がとても高くなっており驚いたことを今でも覚えているそうだ。
それから、たびたび会っては食事をしたり、ドライブをして日菜子には気づかれることもなく過ごせていた。
「…しばらくして異変に気付いたんです。あの子の体に、不自然な打撲痕があったんです」
心配になり聞いてみるが、最初は何も話してくれなかったらしい。だが、その後、重い口を開き、生田目に時折暴力を受けていること、母親はそれを見て見ぬふりをしていたと話してくれたそうだ。
猫の虐待事件についても同様だ。虐待を受け、家に居場所がなかった彼は、行き場のないモヤモヤを抱えるようになったという。最初は、昆虫を傷つけることから始まり、やがて猫を殴打する状況にまで至ってしまったらしい。時折家に帰らず路上をさまようこともあったが、父親である自分に迷惑をかけまいと、夜には自宅へ戻っていたという。
状況を重く見て、住職は警察に行くことを提案する。裕くんも初めは悩んでいたが、やがて決意する。それが2月中旬のことだった。住職も一緒に付き添うことを約束し、出頭する日を決めた。しかし、約束の日、いくら待っても彼はこなかった。心配になり、裕くんから聞いていた自宅の住所に行くか迷ったが、日菜子とは接近を禁じられていたため、自宅に乗り込むことも出来ず、電話もないまま数日が経った。
その後、ニュースで裕くんの失踪届が出たことが報道され、その後まもなく水死体で発見されたことを知った。
「私が見殺しにしたも同然です。自分の身かわいさに警察にもいかず、裕の無念を晴らせずここまで来てしまいました。事件から数年たった時、自責の念に堪えられず、出家することを決意しました。ここの先代住職は私の話を聞いてくれて受け入れてくれました。それからはこのお寺でずっと住職を続けているんです」
罪滅ぼしなのかもしれない。あのボロボロの卒塔婆は、もしかしたら彼を忘れないようにあえてそのままにしていたのかもしれない。
しかし、私が見た限りでも当時の新聞記事では各記事で「親切なおじさん」真犯人説が濃厚で、母親の記者会見でも「親切なおじさん」を許しませんといった怒りを込めたメッセージが報道され、世間はもはや彼を犯人としか思っていなかったようだ。
「今でもずっと後悔しています。彼から虐待の相談があったその場で警察に向かうべきでした。そうすれば、あんなことにはならなかったんじゃないかって…」
涙ぐみながら住職は話す。後悔が彼をずっと苦しめているのだ。
「裕をあんな死に方に追いやったのは、きっと生田目です。」
怒りをにじませながら彼は語る。
母親から警察に失踪届が出たのは2月24日。住職と裕くんが一緒に警察に行く約束をしたのは2月中旬頃。そうなると、この空白の間に彼が殺され、川に遺棄されたと考えるほかない。だが、物的証拠がないため証明するのは難しいだろう。
「お話しいただきありがとうございました。住職」
3人でお礼を伝え、寺をあとにする。
当事者しか知らないはずの猫の虐待事件や裕くんの虐待のこと、当時目撃証言がなかったのも親子に見えていたのであれば違和感もなく特に周りも注意してみていなかったのかもしれない。
8割くらいの状況が見えるが、決定打にかけるそんな状態だ。
だが、思いもよらない形で事件の真相にたどり着くとは、この時3人は誰も予想していなかった。
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