第22話 臨時任務と夜の下調べ
冒険者ギルドの受付には、朝から慌ただしい空気が漂っていた。
リタは書類の束をめくりながら、何度もナギの顔を覗き込んでくる。
「はい、こちらが臨時任務の手続きです……って、ちょっと」
「なんだよ」
「鉄級のまま特別任務って、これ、相当珍しいですよ」
「珍しくても、決まったもんは決まったんだ」
「ゴードーさん直々の案件でしょ、これ。絶対、何かありますよね」
リタは判を押す手を止め、じっとナギを見つめた。
「教えてくれないんですか」
「言えねぇから任務なんだよ」
「むぅ……気になる」
頬を膨らませながらも、リタはきっちりと書類を仕上げていく。手続き自体はいつも通り、あっけないほど早く終わった。
「まあ、無理には聞きません。フィリアーナさんのこと、よろしくお願いしますね」
「言われなくても分かってる」
「その顔、たまには頼りになりますね」
「たまにで悪かったな」
軽口を交わし、ナギは書類を懐へしまった。肩の上のカワ・シーマが、静かに囁く。
「リタさんも、随分と察しがいいですね」
「あいつの探りは、いつも本能寄りだからな」
「褒めていらっしゃるのか、貶していらっしゃるのか、判断に迷う言い方です」
「両方だよ」
◆
昼の西地区は、以前と変わらぬ喧騒に包まれていた。
荷馬車の軋む音、人足の掛け声。それらに紛れ、ナギとフィリアーナは倉庫街の外周をゆっくりと歩いていた。
「見張りの交代、だいたい三刻おきってところか」
「はい。先ほど数えた限りでは、そのくらいの間隔でした」
「出入りする荷馬車は、思ったより少ないな」
「表向きの商いより、夜の動きを見たほうが良さそうです」
フィリアーナは手帳に何かを書きつけながら、周囲へ視線を配っている。目立たないよう、二人とも普段より地味な装いだった。
「昼はこんなもんか」
「夜の様子も見ておきたいところです」
「そこはケーン・コーヴァに任せる予定だ」
「頼もしい相棒ですね」
「頼もしいかどうかは、報告の中身次第だけどな」
軽く笑い合いながら、二人は次の場所へと足を向けた。
◆
夜、ナギは「金の鈴亭」とは別の、大通り沿いにある賑やかな酒場の前に立っていた。
「今夜はここを調べたい。ただ、ケーン・コーヴァの見た目は目立ちすぎる」
「鎧姿では、確かに酒場に溶け込みにくいでしょうね」
カワ・シーマの言葉に頷き、ナギは召喚画面からカードを取り出す。
「よし……こいつなら、まあ、人の形はしてるしな」
「出てこい」
光と共に、眩いばかりの黄色いタキシードを纏った男が姿を現す。
「お久しブリーフ!」
「声、でかい。せめて店に入る前に落ち着け」
ダン・ディは気にする様子もなく、店の入り口を見上げて胸を張った。
「任せろ。人付き合いには自信がある」
「本当かよ」
「無論だ」
自信満々な物言いに、一抹の不安を覚えつつも、ナギは扉を開けた。
◆
店内は思ったより賑わっていた。酒杯を交わす笑い声、酔客の陽気な話し声――その活気の中へ、ナギとダン・ディは何食わぬ顔で紛れ込む。
「よし、まずは客の輪に馴染むところからだ」
「その心意気やよし。だが、馴染む前提が間違ってねぇか」
ダン・ディは構わず、近くの卓へ腰を下ろす。飲んでいた男たちが、物珍しそうにこちらを見た。
「よう、兄さん。その格好、随分と派手だな」
「気になるかね。実は面白い話があるんだが」
ダン・ディは満面の笑みを浮かべ、両手を大きく広げた。
「聞いてくれ。とある町で、こんなことがあってな――」
語り始めた小話は、ありふれた失敗談のようだった。だが、話の運び方がどこかずれている。落ちの位置がおかしく、間の取り方も独特すぎた。
卓を囲む男たちの表情から、笑みが少しずつ消えていく。
「……で、それで、どうなったんだ?」
「オチはこれからだ。実にいい話だろう」
ダン・ディは満足げに頷いたが、店内はいつの間にか静まり返っていた。先ほどまで響いていた笑い声も、酒杯を傾ける音も、ぴたりと止んでいる。
「……なあ、ちょっと待て」
「どうした」
「店、めちゃくちゃ静かになってねぇか」
ナギは冷や汗をかきながら、周囲を見回した。誰も彼もが、気まずそうにこちらを見ている。かつての活気は、跡形もなかった。
「ゲッツ!」
突然、ダン・ディが両手の人差し指を天井へ突き上げた。誰に向けたわけでもない、ただの決めポーズだった。店内の空気が、さらに凍りつく。
「アンド・ターン!」
言うが早いか、ダン・ディは光の速さで背を向け、右手を高く掲げたまま扉の外へ消えていった。
「おい待て、帰るな! まだ何も調べてねぇ!」
ナギの叫びも虚しく、後には静まり返った酒場と、気まずそうな視線だけが残された。
「……悪ぃ。連れが失礼した」
ナギは頭を掻きながら、そそくさと会計を済ませ、逃げるように店を出た。
◆
「……最悪だ」
路地裏で、ナギは深いため息をついた。
「見た目は人でも、中身までは誤魔化せなかったようですね」
「見た目の話じゃねぇんだよ、あれは」
「では、次の手を」
「分かってる。仕方ねぇ」
ナギは召喚画面をなぞり、カードを一枚選んだ。
「出てこい、ケーン・コーヴァ」
カードが淡く輝き、黒い鎧に身を包んだ暗黒騎士が姿を現す。
「呼んだか、召喚士」
「情けねぇ話だが、頼む。さっきの店は使えなくなった」
「ほう、何をしでかした」
「聞くな」
ケーン・コーヴァはサングラスの奥で片眉を上げたが、それ以上は追及せず、暗い路地の奥へと悠然と姿を消した。
◆
一時間ほどして、戻ってきたケーン・コーヴァは、いつも通り得意げな顔をしていた。
「調査完了だ」
「今度こそ、まともな話だろうな」
「無論だ。まず、あの店の看板娘の名は――」
「聞かねぇって言ってんだろ!」
ナギが遮ると、ケーン・コーヴァは肩をすくめ、ようやく本題に入った。
「ダレンに金を渡している人物がいる、という噂を拾ってきた」
「……何?」
「身なりの良い男らしい。声をかける時は必ず馬車を路地裏に停め、顔を見せないようにしているそうだ」
「用心深いな」
「後ろめたい金だからこそ、だろうな」
肩の上のカワ・シーマが静かに口を挟む。
「単なる資金提供者ではなく、正体を隠す必要がある立場の人物、ということでしょうか」
「その可能性はある」
「厄介な話だな、また」
「厄介事の匂いがするのは、いつものことだろう」
軽口を交わしながらも、ナギの表情には真剣な色が浮かんでいた。
◆
夜も更けた頃、宿への道すがら、フィリアーナと合流したナギは今日の調査結果を短く伝えた。話を聞き終えると、フィリアーナは小さく息をつく。
「随分と、根の深い話になってきましたね」
「だな。だが、少しずつ形は見えてきた」
「無理はしていませんか?」
「そっちこそ、家のことで気を張りすぎてねぇか」
「……お互い様、ということにしておきましょう」
小さく笑い合い、二人はしばらく無言で夜道を歩いた。
まだ、ゴゴという重い音の正体は分からない。
ダレンに金を渡す人物の顔も、いまだ闇の中だ。
それでも、一つずつ、確実に核心へ近づいている。
夜の帳の下で、西地区はいつも通り静まり返っていた。
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