自分の作品を見てほしい。
反応があれば嬉しい。
届かなければ、自分には技術も魅力もないのではないかと落ち込んでしまう。
少しでも創作したものを誰かに見てもらった経験のある人なら、きっと一度は覚えたことのある思いではないでしょうか。
本作では、そんな承認欲求も迷いも隠すことなく、素麺えす様がカクヨムへたどり着くまでの創作の歩みが綴られています。
家族にも内緒で、スマホひとつを手に続ける創作。
子どもの頃の交換日記や文通。
長い空白を経て再び描き始めたイラスト。
そして、愛する「うちの子」たちを物語として届けるために始めた小説。
さまざまな場所で試行錯誤を重ねながら、素麺えす様は、自分が創作を通して本当に求めていたものを見つめていきます。
数字が欲しくなかったわけではない。
今だって、読まれれば嬉しい。
けれど、その奥にあったのは、自分の生んだ人物を誰かに知ってもらい、その名前を呼んでもらい、好きなものについて語り合いたいという、とても真っすぐな願いだったのではないでしょうか。
承認欲求を過去のものとして綺麗に片づけず、今も残る迷いや憧れまで正直に綴っているからこそ、その言葉には確かな温度があります。
落ち込みも後悔も、ときには笑いに変えてしまう軽やかな語り口。猫の写真にはどうしても勝てなかったお話には笑い、消えてしまった文章や届かなかった反応には一緒に肩を落としながら、感慨深く読み進めました。
けれど、そんな親しみやすい文章の中に、創作の原点や、誰かに作品を届ける意味を考えさせる言葉が、ふっと現れます。
これは単なる創作歴の紹介ではありません。
絵や小説を通して何を届けたいのか。
なぜ、誰かに見てほしいと願うのか。
創作する自分は、どこに居場所を求めていたのか。
迷いながら創作を続けてきた一人の作者が、その足跡をたどりながら「自分」を捜していく、率直で温かな記録です。
読みながら、私も何度となく自分自身の創作を振り返りました。
創作することが苦しくなった経験のある方にも、誰かから届いた一つの反応に救われたことのある方にも、きっと心へ響くものがあるはずです。
あなたもこの記録をたどりながら、創作を始めた日の思いや、誰かと言葉を交わせたときの喜びを、もう一度思い出してみませんか。