人の気配が消えた渓谷。
澄んだ川の流れと、森のせせらぎだけが響く、穏やかな夏の風景。
そんな場所で、突然鳴り響くサイレン。
空は晴れている。
地震速報も出ていない。
近くには、助けを求める人さえいない。
それなのに、なぜ音だけが鳴っているのか。
意味の分からない警告を「まあいいか」と聞き流した瞬間から、達之の日常には、静かに怪異が入り込んでいきます。
特に怖いのは、サイレンが何かを襲うための音ではなく、誰かを救おうとして鳴っているように思えることでした。
もう間に合わないと知りながら、それでも「逃げて」と告げ続ける。
人がいなくなっても、土地には、その日に起きた恐怖と、届かなかった警告だけが残り続けるのかもしれません。
静かな渓谷で、どこからともなくサイレンが聞こえても——。
決して、「まあいいか」で済ませてはいけない。
美しい自然の奥に埋もれた記憶が、じわりと現代へにじみ出してくる一話完結の怪談です。