第38話 昇格
資料室での分析を終えた翌朝。
ギルドの受付カウンターを訪れたレインとシエラを待っていたのは、真新しい金属のプレートだった。
「お二人とも、おめでとうございます! 本部からの推薦承認が下り、本日より正式に『Cランク』となります」
対応してくれた受付嬢が、晴れやかな笑顔で二枚の銅色のプレートを提示する。表面には二人の名と、くっきりと刻まれた『C』の刻印。
Cランク。
ここから先は『若手』ではなく、一人前の冒険者として扱われる。
「……ありがとうございます」
「やったね、レイン!」
プレートを受け取ったシエラが嬉しそうに目を細める。
早朝からギルドの酒場に集まっていた冒険者たちの間からも、ざわめきと視線が向けられた。
「おい、あの二人……先日の『魔物の異常種』の討伐で大活躍したっていう若手か?」
「もうCランク昇格かよ」
賞賛と軽度の羨望の入り混じる声を背に受けながら、二人はギルドを後にした。
◇
「さて、Cランクになれたな。さっそく北東の山脈地帯……未調査エリアへの遠征準備を進めよう」
レガリアの街の石畳を歩きながら、レインが声を潜めて言った。
「ええ。相手は単なる野良の強力な魔物じゃない。複数の『魔獣』が出てくるかもしれない。長期戦を想定した買い出しをしなきゃね」
二人がまず向かったのは、職人街の一角にある魔道具店と薬師ギルドの出張所だった。
購入したのは長期間の野営に耐えうる保存食や浄水剤、各種ポーション、予備の魔石など多岐にわたる。店先で手際よく決済を済ませ、荷物を大きな木箱や袋にまとめて受け取ると、レインはシエラに目配せをして「少し場所を変えよう」と促した。
二人は人通りの途絶えた静かな路地裏へと移動し、周囲に【探知】を巡らせて誰も見ていないことを確認する。
「……ねえレイン、買い込むのはいいんだけど、これだけの荷物どうやって運ぶの? 流石にバックパック一つじゃ入りきらないわよ?」
積み上がった物資を前にシエラが困惑顔で尋ねると、レインは外套の裏ポケットから一つの中型ポーチを慎重に取り出した。見た目は上質な革製のコンパクトなポーチだ。
「これを使う。旧文明の遺跡で回収した魔道具——『ストレージポーチ』だ」
「ストレージポーチ……? そんなに小さいのに?」
「ああ。内部に極小の空間拡張構築式が組み込まれている。外見以上の容積を収納できる上、どれだけ物を詰めても重量が一定以上増えない仕組みになっているんだ」
「えっ、空間を広げてるの!? じゃあ、この大量の保存食もポーションも……全部入っちゃうの?」
シエラが驚きに目を丸くする前で、レインが保存食の箱をポーチの口へ近づける。すると、まるで水面に沈むかのようにスッと吸い込まれて消えてしまった。
「すごい……! 旅の荷物が劇的に減るじゃない! レイン、こんな凄いもの持ってたのね」
「ああ。だが空間拡張機能を持つ魔道具は、現代の技術では再現不能な極上品だ。人前に晒せば盗難や不要なトラブルの標的になる。だから出し入れは必ずこうして人目のない場所で行う必要がある」
レインの徹底した危機管理に、シエラは深く頷いた。
「そっか……街中で堂々と使ったら大変なことになるわね。了解、あたしも気をつけるわ」
「理解が早くて助かるよ。これがあれば山脈地帯の奥深くで長期間の調査を行うことも、現場で旧文明の資料を持ち帰ることも可能になる」
「ふふ、レインのことだから、現地で面白そうな魔法回路やパーツを見つけたら絶対持って帰る気でしょ?」
「……否定はしないよ。旧文明のコードを解析する上で、現物の構造体は何よりのデータになるからね」
二人は互いに顔を見合わせ、軽く笑みを交わした。二人の知識と経験をすり合わせながら、遠征用の装備と作戦は着々と整えられていった。
◇
買い出しを終えた二人は、レガリアギルドの最奥にあるマスター執務室の重厚なドアを叩いた。
「入れ」
オルセンの低い声が響く。
室内に入ると、オルセンは積み上がった書類から顔を上げ、二人を見てニヤリと口元を緩めた。
「プレートは受け取ったようだな。改めて、Cランク昇格おめでとう」
「ありがとうございます、オルセンさん。……実は、出発前の報告に来ました」
レインが真っ直ぐな視線で切り出す。
「ほう。例の資料室での調べ物で、何か見えてきたか?」
「はい。前回の魔水獣、そして過去の魔獣と思わしき個体の出現記録……それらを元に分析した結果、北東のドラグニル山脈地帯にある未調査エリアへと行き着きました。そこには発生源……おそらく旧文明の施設が存在します」
レインの言葉に、オルセンは煙管を咥え、紫煙を吐き出しながら静かに目を細めた。
「……つまり、その施設が元凶って考えてるんだな。その仮説が当たっていれば、いずれこのレガリア周辺一帯も脅かされることになるな」
オルセンは机に肘をつき、二人をじっと見つめた。
「Cランクに昇格したばかりのお前たちに、未調査エリアの危険な調査を命令するわけにはいかん。……だが、止めろと言っても行くんだろ?」
「はい。その発生源を突き止め、機能を停止させない限り、根本的な解決にはなりませんから」
「あたしも一緒です。この街や周辺の危険を放っておけません」
二人の強い意志が宿った瞳を見て、オルセンは「ふっ」と短く息を漏らした。
「分かった。……よし、特例でお前たちの北東山脈への調査行を『自主的な探索・調査活動』として容認する。だが、一つだけ約束しろ」
オルセンは真剣な表情で釘を刺した。
「相手が自分の手に負えないと判断したら、躊躇なく引き返せ。お前たちの命より価値のある情報も遺跡も存在しねえ。分かったな?」
「はい。無理な強行はしません。必ず生きて戻ります」
「よし。行ってこい」
◇
二人はレガリアの街の堅牢な東門をくぐり抜けた。
振り返れば、穏やかな活気に満ちた街並みが広がっている。だが、二人が視線を向けた北東の空には、険しい山々が連なり、不穏な雲が重く垂れ込めていた。
「行くぞ、シエラ」
「ええ、行きましょう」
レインとシエラは互いに大きく頷き合うと、一歩を踏み出した。
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