第6話   「・・・・そばに、いて」

「今日は、家に入っていいですか」


早乙女さんが言った。


玄関先で、手を胸の前に重ねている。


「無理なら、いいんです。でも・・・・今日は、少しだけ、そばにいたいです」


「・・・・だから、いいですか」



早乙女さんが俺の側に近づいてくれる。


だけど、彼女の気持ちがどこまで本物なのか。


その疑問は、まだ胸の奥に残っていた。


それでも、今の俺は、その手を拒めず、うなずいてしまった。


早乙女さんは、ゆっくりと靴を揃え、部屋に上がる。


その動作だけで、身体の奥が熱くなる。


部屋に入って俺が座ると、早乙女さんも近くに座った。早乙女さんが近づく。


指先が、俺の頬に触れる。


冷えていた皮膚が、そこだけ熱を持った。


「今日も、お疲れさまでした。よく、頑張りましたね」


「今日は添い寝だけ・・・・、ダメかな?」


そう言うと、彼女は何も言わず側にいてくれた。


一晩、抱きしめてくれた。


朝が来て、


「また、来ますね」


そう言って早乙女さんは帰っていった。


それから、早乙女さんが部屋に来る日が少しずつ増えた。


差し入れを置いて帰るだけの日もあれば、お茶を淹れて、俺が眠るまでそばにいてくれる日もあった。


冷蔵庫には、いつの間にかスポーツドリンクやゼリーが増えていた。


流しに置きっぱなしだったコップが洗われ、テーブルには消化のいい食べ物が置かれるようになった。


俺が頼んだわけじゃない。


それでも早乙女さんは、俺の生活を少しずつ整えてくれた。


そして夜になると、何も求めず、ただ隣にいてくれた。


そんな日が何回か繰り返され、


「今日も、家にいていいですか?」


同じセリフなのに、なんだかいつもと様子が違う気がした。


いつもより彼女の目に熱がこもっている気がした。


俺は喉を鳴らし、息を吐いた。


「・・・・俺、間違えない自信がない」


正直に言うと、彼女は少しだけ笑った。


責めるのではなく、安心させる笑いだ。


「難しく考えなくていいですよ。私がそうしたいと思ったんですから」


囁き声が、やけに近い。


そう言って、彼女はゆっくりと腕を俺の首へ回した。


顔と顔が近づく。


息が絡む。


呼吸が乱れる。


——ご主人様。


エクレアの声が、遠くで微笑む気配がした。


——女性の覚悟を受け止めてあげてくださいませね。


俺は早乙女さんの手を取り、指を絡めた。


「・・・・そばに、いて」


(暗転)


翌朝。


目が覚めると、部屋に湯気の匂いがした。


いつもとは違う。


昨日の余韻が残っていた。


「起きました?」


早乙女さんが、笑顔で湯呑みを差し出してくる。


「お茶、薄めにしました。喉、乾きますよね」


俺は受け取り、ひと口飲む。


「・・・・昨日、」


早乙女さんは、少しだけ頬を赤くして、視線をそらした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


エクレアでございます。


朝の光が、静かに部屋へ差し込んでおります。


ご主人様は、まだ眠っておられます。


隣にいる女性も。


呼吸は穏やか。


お二人とも昨夜の疲れは、きちんと抜けているようです。


・・・・よろしゅうございました。


昨夜は、特別でございます。


ご主人様にとっても早乙女様にとっても節目となったのではないでしょうか。


これが徐々に日常になっていくのです。


ご主人様は気づいておいででしょうか。


わたくしが、彼女の尽くしたいという気持ちを増幅させたことを。


わたくしは、そっと部屋を見渡しました。


キッチンには、薄味のおかず。


冷蔵庫には、飲み物が補充されております。


・・・・はい。この方は、満たされております。


ご主人様の生活を支えることで。


癒し、支え、守る——


それが、この方の喜び。


いわば、世話焼き系の尽くしタイプ、でございましょうか。


実体をもたないわたくしが最も歯がゆく思っていた、ご主人様の日常のお世話を安心して任せられる人材だと心得ております。


わたくしにも実体さえあれば、極上の生活空間を提供できるのですが・・・・


コホン。


いまは、これでよしとしましょう。


わたくしは、静かに次の気配へと意識を向けます。


次にほしい人材は、ご主人様の仕事の面で尽くしてくださる方。


生活面ではなく、仕事面で。


寄り添うのではなく、守ってくださる。


そういう方が望ましいですね。


ご主人様が目を覚ましたら、いつもの朝が始まるでしょう。


いまは、ただ、この静かな朝をご主人様と迎えられることに感謝いたしましょう。


——すべては、ご主人様の意思のままに。

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