1980年代くらいまではそこら中で見かけた「富山のおくすり」の配置薬商売。ある年代以上の方には懐かしい思い出ではないか。薬売りのおじさんがおもちゃを持ってきてくれたりしたし。現在に至ってもなお掛け売りをやっているのだから、行商人と顧客が互いの信用を積み上げてきた歴史がわかるというものだ。
本作はその越中富山藩の薬売りの草創期、作者曰くスタートアップ事業だったころのお話である。一人の若い行商人の目を通じて、富山の薬の優れた効用や、掛け売りは信用創造の手段であるだけでなく困っている人を助ける公益事業であるということなど、主人公と顧客の様々な逸話を通して語られる。なぜこの商売がかくも長く続いたのか、「先用後利」という理念が心に染み入るように入ってくる。歴史小説としての考証も秀逸だし、各エピソードもそれぞれ魅力的だ。ぜひ一読をお勧めしたい。
江戸時代、越中売薬がまだ草創期だった頃。
農家の次男・佐次郎は、藩主前田正甫が広めた反魂丹の評判を受け、八重崎屋源六に誘われて新しい商いへ踏み出す。
薬の効能や帳簿の付け方を学び、藩の期待を背負って関東へ向かう旅が始まる。
本作は、越中売薬の歴史を丁寧に描きながら、佐次郎の初々しい決意と、商いに込められた「用を先に、利を後に」という精神を鮮やかに浮かび上がらせる。
旅の途中で出会う蜃気楼の描写は、彼の行く先を祝福するかのように美しく、物語に静かな余韻を添える。
歴史の息遣いと人情が交差する、越中売薬誕生の“ことはじめ”を味わえる一篇。