第24話 アカム

 アカムに会いに行くため、僕は西区画『ゴミ捨て場』へと足を踏み入れた。

 ゴミの山にはうっすらと雪が積もり、雪山のようにも見えた。しかし、相変わらず独特な腐敗臭が周囲に漂っている。

 アカムの身体にも、この腐敗臭が漂っていた。


 おそらく、アカムはここにいる。


 ゴミの雪山を歩き続ける。雪に足をとられながらも、一歩一歩前に進む。

 以前と違って、獣化した獣人達の姿は見えない。視線も感じない。

 この寒さだ。ゴミ山を漁るのも難しく、どこかにこもっているのだろうか。

 小高いゴミ山の上で立ち止まる。

 無音。白い息が、現れて消えてをくりかえす。


「おい」


 振り返る。灰色の空を背に、赤い髪が揺らぐ。


「ここで何してる」

「あなたを探していました。アカムさん」


 アカムは訝しげに目を細める。僕はアカムの目をまっすぐ見て、言った。


「アカムさん。僕は、ダルクさんからあなたを消せと言われ、ここに来ました。そうすれば、ニースさんを解放するという条件で」

「ダルクさんが……そうかよ」


 アカムは空を見上げ、はは、と笑う。


「まったく……バカだな、オレは。ほんっと、自分が嫌になる――いいよ、やれよ」

「待って下さい、アカムさん。僕は」

「結局、こうなっちまうか。バカは何やっても、全部間違える。もううんざりだ」


 アカムは顔を手で覆い、俯く。

 顔をあげた時、アカムの目には、明確に殺意がこもっていた。

 次の瞬間、視界が回転する。ゴミ山から転げ落ちる。指をフックのように曲げ、雪の積もる斜面に突き刺す。転がるスピードが落ち、山の中腹で止まる。

 右頬が熱い。口の中には鉄の味が広がっていた。


「オレの母親はよ、オレと一緒でバカでよ。男に騙されて抱かれて、子供ができたら捨てられて、オレを食わせるために殴られながら働いて、それで最後は知らねえ子供をかばって人間に殺された」


 アカムはごみ山をすべるように降り、倒れる僕の前で止まる。


「……なあ、オレの母親は、バカだから死んだのか?」


 アカムに胸ぐらをつかまれる。アカムと僕の視線が重なる。


「それとも、バカは生きてちゃいけないってことなのか?」

「そんなことない」

「だったら!」


 目が涙で潤んでいた。怒りにつり上がった目は真っ赤に染まっていた。


「なんでっ……なんで誰も助けてくれねえんだよ! 母ちゃんが何か悪いことしたのかよ。一生懸命生きているだけなのに、バカだからって笑われて、騙されて、捨てられる。バカだったら何をしても、何を言ってもいいのかよ」

「アカムさん、落ち着いて。僕の話を聞いて――」

「うるせぇ! どうせお前もオレを見下しているんだろ!」


 かちん、と僕の中でスイッチがはいった。


「……ったく、さっきから一方的にっ! うるさいんですよ!」


 僕は体を大きく仰け反ると、勢いよくアカムの額に頭突きをする。

 ぴしゃりと、血が雪の上に飛び散る。僕の血だ。

 視界が赤い。けど関係ない。そんなことより先に口が動いた。


「人の話を聞かないから、あんたはバカだって言われるんですよ!」

「て、テメエ!」

「殴りますか? 僕を殺しますか? ならあなたは本物の救いようのないバカだ」

「バカって言うんじゃねえ!」

「だったら、僕の話を聞け! 自分の中でなんでも解決するな!」

「分かんねえんだよ! お前達の言っていること、むずかしくて分かんねえんだよ!」

「なら、そう言えばいい。分からないから教えて、助けてって言えばいい。それを言わないのは、あんたが自分をバカだと認めて、諦めているからじゃないのか。それとも、助けを求めるのがかっこ悪いとか、恥ずかしいことだと思っているのか」


 アカムは、握った拳を振り上げる。けど、その拳は空中に止まったまま動かない。


「オレは……オレはっ!」

「僕を助けてください!」


 は、とアカムはきょとんと目を丸くする。


「僕は今、とても困っています。ニースさんを助けるために、ダルクさんから彼女を引き離したい。けど、そのためにはあなたを消す必要がある。だけど、僕はそんなことしたくない」

「あんた、何言って」

「だから、アカムさん。僕を助けてください。ニースさんを助けて、あなたも助ける。そんな方法を、一緒に考えてください」

「……あんたバカなのか」

「あなたと一緒ですよ」


 アカムは、ぷふっ、と噴き出す。そして、それを隠すように腕で顔を覆う。けど、抑えきれず、アカムは大声で笑った。目から涙がこぼれるほど。


「なあ、一つ聞いてもいいか」

「なんですか」

「ボスは最期、なんて言ってた? あんた、あの時そばにいたんだろう」


 僕は少し言うのをためらい、けど言わなきゃいけないと思い、口を開いた。


「家族を頼むって。笑っていました」

「……そうか」


 アカムは空を見上げる。目の端から顎へと、涙が伝い落ちた。


「オレ、あの人の笑った顔、好きだったな……もう、会えないんだなぁ……」


 アカムはしばらく静かに泣いていた。

 顔をあげたアカムは、目をこすり、気恥ずかしそうに笑った。

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