撞着しよう、私には才能があるへの応援コメント
加賀倉様は、相変わらす深い内容の作品を書かれますね。ホントにその感性は羨ましい。
でも、他の先生方々にだって、こんな事が自然に考えられたらとか、感じる方は沢山おられます。
当然、私に対しても、僅かだとは思いますが、そう感じられてる方もいるとは思います。
この作品では、その個性が才能という概念であり、誰にでもあり、そして誰にも無いという事を上手く感じるように伝えられてる……その表現力は尊敬するものだと、私は感じています。
この作品で恐らく伝えたい内容、自分の力を信じて、私も頑張ります。
いつも、良い作品をありがとうございます。
作者からの返信
kcさん
コメントに合掌を🙏
深さは、世界に対する自分の感情と向き合った分だけ、増すものと考えております、ゆえに、深さと捉えられうるものは、捉えられうるに足る程度に、累積されたものであって、一種の社会的才能、となることもあります。
本稿ならびに拙作の場合は、私の私に対する自己愛と、私にとって手の届く愛の範疇にある誰かに向けた思いが、しかるべき出力で文章化されたものと信じていますので、それが同時に一般性としての才にもなるのなら、この上ない幸せに思います。
羨望、尊敬、こちらこそ、いつもありがとうございます。
合掌🙏
撞着しよう、私には才能があるへの応援コメント
一般的に「才能+努力」を才能と呼ぶと思います。
努力が混じるので、才能は純粋な才能では無いのですが、努力するのも才能なので、結局才能なんですよね笑
作者からの返信
向夏夜なくのさん
コメントに合掌を🙏
ありがとうございます。
ええ、ええ、輪郭をはっきりさせて表せば、私も、そのように伝えられると思います。
努力は、現象的には努力でも、本人としては努力というより当たり前なことが、あると思います。
となると、努力的な営みを、才能的に見えるレベルにまでグラデーションで繋げられたならばその、自分と噛み合う場所、にめ巡った縁起もまた、無視できないようにも思います。
合掌🙏