第参章 出会い

 俺はこの光景が信じられなかった。

 謎の者がどこからか現れ、単独で猫又を祓ったなどと。

 おまけに何かの術を使ったらしい。俺でもまだ術は使えない。となるとこの者は相当な腕前だ。

 こんな者、一族にいただろうか。

 俺は地面に降り立った謎の者に話しかける。

「お、お前何者だ?」

 すると謎の者は頭だけゆっくりとこちらへ向けた。

「ねえ君ぃ。そんなこと聞く前にさ、なんか僕に言う事ないの?」

 その者の声は声変わりをまだしていていない少年のように聴こえた。

 その声と比例しているかのように後ろ姿はとても美しい。背が高く、すらっとした見た目。高めに縛っている長いポニーテールが余計に身長を際立たせている。

 男だよな?

「ねえ。君に言ってるの。聞いてる?」

 さっき聞いた声より低い声が隣から聴こえた。考えるよりも先に体が動いた。

 声のした方とは逆に、後ろへ下がる。

「え? 君、運動神経いいね。でも、そんな僕から距離取らないでよお。悲しくなっちゃうじゃーん」

 その者は身振り手振りで俺に話しかけてきた。

 俺はこいつの動きが見えなかった。

 気づいたときにはもう俺の隣にいた。

 それだけだった。

 たったそれだけのことなのに、俺は冷や汗が止まらない。

「ねえ。君の持ってるその棒。とっても綺麗だね」

 謎の者の視線は俺が持っている神弓(しんきゅう)に向けられていた。

「……触ってもいい?」

 その者は神弓に指を指して言った。

「……もし触ったら殺す」

 俺は威嚇(いかく)にもならないかもしれないがその者を睨(にら)む。

「はは。君が僕を殺せるとは到底思えないけど」

 謎の者はへらへらと笑った。

 なんだこいつは。

 こいつにペースを掻き乱される。

 ……腹が立つ。

「……殺せなくても殺す」

「ふーん」

 謎の者は人差し指を顎に当てて考え始めた。

 けれど次の瞬間。

「……じゃあそれ神器(じんぎ)か」

 謎の者はぶっきらぼうに呟いた。

 俺はこの者のたったひと言で鳥肌が立った。

 なぜこいつが神器を知っている?

「あ。その顔は当たってるって顔だねぇ?」

 しまった。

 俺は誤魔化すように言った。

「お、お前。何者かって聞いてんだよ!」

「僕が名乗ったら君は教えてくれるの?」

「それは……」

 俺は言葉に詰まった。「神代(じんだい)」の名を軽々しく明かすわけにはいかない。

「ふーん。じゃーしょうがないなぁ」

 謎の者は肩を落として言った。

「……黒」

 謎の者はたったひと言を呟いた。

「は?」

「……名前」

「……苗字は?」

「ないよ?」

「お前本気で言って―———」

「だからぁ! 黒って言ってるじゃん!」

 その者の顔は相変わらず面で見えないが、口がへの字型に曲がっている。

 本当に名前が「黒」らしい。

 偽名だろうか。

「……君は?」

「俺は教えねえ。なんでお前なんかに」

「そっかぁ。ざーんねん」

「っ!?」

 黒は「ちぇー」っと舌を出して言った。

「……俺に問いたださねえのか?」

「……?? 別にぃー?」

 黒の機嫌を損ねてしまったらしい。

「別にいいもーん。君のこと棒くんって呼ぶから」

 なぜそうなる。

「……ヤメロ」

「だって棒くん、名前教えてくれないし、呼び名ないんだもん」

 名前を知られるよりはマシだと思うことにしよう。

「あ、ねえ棒くん。さっき君、なんて言ったっけ?」

 黒は唐突に聞いてきた。

「……は?お前が棒くんって呼ぶとか言って、ヤメロって」

「……違う。その前」

「……。お前が俺の名前を深追いしなかったことか?」

「あぁ〜! それだそれだ!」

 黒はうんうんと納得したようだった。

 お気に召したらしい。

「で、棒くんが『聞かねえのか』って言ったんだ!」

 こいつは何を言っているのだろうか。

 一人で納得してやがる。

「だから棒くんに問う!」

 黒は人差し指を俺に向けて言った。

「……なんだよ」

 俺はしぶしぶ聞いた。

「『聞かねえのか』って言ったから聞くよぉ? 君の神器のこと」

「っ!?」

 っくそ。

 完全に話を忘れたのかと思ったのだが。

「……俺の神器の話に触れるんじゃねえ」

「僕には君と神器はどごか似ているように見える」

「っお前に何が分かるっ!!」

 俺は歯を食いしばって黒に言った。

 こいつに俺の何が分かる。

 生まれたとき時から強い奴に。

 「……なるほどね」

 黒はにこっと笑った。

「君。怖いんだ」

「……は?」

「神器を失うのが」

「っ!?」

「だから君はそんなに必死なのか」

「違う!! 俺は!!」

「俺は、何?」

「……っ」

「あれ? 答えられないの?」

「っ!? 黙れぇぇぇ!!」

 俺は気づいた時には走り出していた。

 最速最短で俺は黒の懐(ふところ)へ入り込む。

 俺は神器を黒の腹に押し込むようにして神器に体重をかける。

 すると黒は神器が腹に届くよりもわずかに早く、片手で神器を受け止めた。

 衝撃の風圧によって地面の小石が四方に弾ぜる。

 黒は笑みを残したまま言った。

「あぁー。怒らせちゃったね」

「っ!! ああ!!」

 まただ。

 神器が動かない。

 俺が両手で、しかも全身を使って押し込んでいるのに。

 俺は神器を力で黒に届かせようと粘る。

「よいしょっ」

 神器が流された。

 体勢が崩れる。

「っ! まず―———」

「っごはっ!!」

 俺は腹に強烈な痛みが走った。

 肺の空気が無理やり外に出される。

 意識が飛びそうになるのをぐっと堪える。

 っくそ。

 体が思うように動かない。

「あ゙っ!?」

 ヒュン!!

 気づいた時には天地がひっくり返っていた。

 次の瞬間。

「っぐは!?」

 全身に痛みが走る。

 叩きつけられた地面の小石が全身に食い込む。

 俺は間一髪で受け身を取った。

 だが、全身が痛みのせいで固まったように動かない。

 勝てない。

 そう思わされた。

 黒はゆっくりと倒れた俺に歩み寄る。

「おー受け身取ってる。流石だねえ」

 黒は動けなくなった俺の隣にしゃがみこんだ。

「ほらねえ、勝てないでしょ?」

 「…………」

 神弓。

 神弓だけは。

 俺から神弓だけは取らないでくれ。

 俺は手から離れた神弓を掴もうとする。

 けれどあと一歩のところで届かない。

「……安心して?君の神弓を取ったりはしないよ」

「っ」

「そんな怖い顔しないでよ。ちょっと面白いから」

 どこが面白いんだ馬鹿野郎。

 俺の命をなんだと思ってやがる。

「っとここで! 棒くんに一つお願いがありまーす!」

 黒は俺の横で手を真っ直ぐに上げて言った。

「これから言う僕の言う事をなんでも聞いてくださーい!」

 数秒間、間が空いた。

 先に沈黙を破ったのは黒の方だった。

「え? だめ?」

 俺は「だめに決まってんだろ!」と心の中で叫んだ。

 こいつのことだ。

 絶対変なことを仕出かすに違いない。

 その前になぜ俺がこいつになにかしなければいけないようになったのだろう。

 黒は明るく笑いながら言った。

「じょーだんじょーだん。今、僕が君に求めるのは"君の力"だよ」

「は?」

 思考が止まる。

 俺の力?

 神弓じゃない、のか?

 いや。

 そんなはずはない。

 どうせ神弓目当てだ。

 そう思った。

 思いたかった。

「その顔何? 意外だった?僕は君の手を借りたいんだ。猫又の手も借りたいってね」

 初めてだった。

 誰かに必要とされたのは。

 神弓じゃない。

 俺自身を。

 こんな無能な俺を。

「僕に付いてきてくれる?」

 黒は俺のほうに手を伸ばして言った。

 細く白い手。

 この手を取れば後戻りはできないかもしれない。

 一族も。

 日常も。

 神弓だけが繋ぎ止めてくれた俺だけの居場所も。

 それでも俺はこの白い手から目が離せなかった。

 まるで俺の前に一本の道が出来上がったように。

 俺の体に縛りついていた、長く重い鎖は鍵が外されたようだった。

 俺の体はゆっくりと動いた。

「じゃあ、よろしくね」

 その言葉通り、俺は差し伸べられた白く美しい手をしっかりと握っていた。

 その手は不思議なほど温かかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る