19.あなたを許すことはできない。
アイビーとロザリーは、ルシアンの案内で地下牢へとやって来た。
地下牢は薄暗くじめっとしているが、個室であるうえ、ベッドはシングルだがシーツは清潔で机や椅子もある。かなり待遇は良いと言える。
アイビーがその牢に近付くと、ダンッという大きな音と共にアイビーの兄が牢の柵に張り付いた。
その顔には冷や汗が浮かんでおり、歪んだ笑みを浮かべながら「アイビー、来てくれたのか」と呟いた。
「……お兄様」
「アイビー、ああ、アイビー。俺を助けに来たんだろ! ここから出せ!」
「それは出来ませんわ。お兄様」
「ロザリー……お前がミスをしなければ!! そこの男を殺していればアイビーは戻って来た!! 聖女として俺の国をより高みへと導いたんだ!!」
「……ルシアンを殺す……?」
ギンッと目を光らせたアイビーが兄を睨みつける。ルシアンはすぐさまアイビーを抱え込んで抑えつけた。
離せ。離せ。暴れるアイビーを抑えながら、ルシアンはロザリーに視線を向ける。
「……ロザリー。聞きたいことは聞いてしまいなさい」
「はい」
「離してルシアン!!」
「離したら殴りかかるだろう」
「だってコイツ、ルシアンを殺すって言った!! 許せない!! 殴る」
「こらこら」
ルシアンはアイビーを抱えて少し下がる。正当防衛でなければ殴ってはいけないよ。ルシアンの言葉に、正当防衛でも殴るのはいけないのでは? という疑問がロザリーの頭に浮かぶ。
「……コホン。それで、お兄様。何故このような無謀な事をなさったのですか」
「無謀……? 無謀だと!? お前らがこの国に逃げ込まなければこんな事はしなかった!! お前たちは俺の所有物だと何故分からない!! なんの役にも立たない木偶の坊如きが!!」
ダンッ。と今度は牢の外から音がして、ロザリーは振り返る。
とても爽やかな笑顔のルシアンが壁に穴を開けている。
それを見たアイビーは、先ほどまでの怒りが落ち着いたのか「ひぇ……」と口を抑えた。
ルシアンは笑顔のまま牢に近付くと、その場にしゃがみ込んで目の前の男と視線を合わせる。
「君は一国の王になる人間であり、この子達の兄でもあるね」
「だ、だったらなんだ」
「それがどうしてそんな発言ができるのか、私には全く理解ができないんだが……」
「ハッ。とぼけるな! お前たちがアイビーを連れて行ったのも、聖女として利用するためだろう!! しかしソイツらは俺の所有物だ!! 俺の許可無しに持ち出しやが――」
「それをやめろと言っているんだ」
スッと空気が冷える感覚がして、アイビーは両腕を抱えた。
そして、珍しく本気で怒っているルシアンへ近づき、肩をちょんちょんと突く。
「……何かな、アイビー」
「私も冷静じゃなかったですけど、ルシアンも落ち着いて……」
「……私は落ち着いてるよ。一発殴るだけだ」
「落ち着いてないです!!」
拳を振り上げたルシアンの腕にしがみつくようにして止めるアイビーを見て、ロザリーは「本当にこの人、完璧人間ではなかったのね」なんて全く関係のない事を考えてしまう。
そしてすぐにハッと我に返って、兄に向き直る。
「お兄様。私もアイビーも貴方の所有物ではありません。おそらく貴方には分かっていただけないでしょうが……」
「なんだと!? ふざけるな!!」
「落ち着いてくださいませ、お兄様!」
「お前たちは俺の物だ!!」
そう言うと、ガンガンと柵を叩いては暴言を放つを繰り返しはじめ、最早、話にもならない状態になってしまった。
アイビーはため息を吐く。もうこの人は何を言ってもダメなのかもしれない。
ロザリーを見れば、悲しそうに俯いている。
アイビーよりも兄と共にいる時間が長かった分、複雑な気持ちなのだろう。
「……まだ何か話すことがあるなら、話してしまいなさい」
「……いえ、私はもう、大丈夫ですわ。アイビーは?」
「……私も大丈夫。帰ろう」
アイビーの言葉に頷くと、止まらない罵声を背中に浴びながら、三人は階段をゆっくりと登って行った。
◇
「では、私達は国に戻りますわ。国民に全てを説明して、ともに新しい国を作ります」
屋敷を出たところでロザリーは振り返る。
とてもスッキリとした表情をしていて、アイビーは思わず寂しくなってしまう。
アイビーは今のロザリーが大好きだった。
「……うう……さみしいよ……ロザリー姉様ぁ……オーウェンんん……!」
「なに、少し向こうの国へ知識を伝えに行くだけだ。落ち着いたら戻ってくる」
「……そうですわ。必ずオーウェンはあなたのもとに帰しますわ、アイビー」
「……でも……」
「いいんですわ、アイビー」
ロザリーはゆっくりと首を振る。
果たして、ロザリーの気持ちを理解しているのだろうか。それを見て困ったような顔をするオーウェンにアイビーは軽くパンチをお見舞いする。
自分の元に戻って来て欲しい。オーウェンは大切な家族だ。と思う反面、ロザリーを悲しませるな。という思いもある。
その複雑な思いがどうにもコントロールできず、何度もオーウェンの手のひらに拳を打ち込む。
「こら、おやめなさい。アイビー」
「でもっ!!」
ロザリーはそっとアイビーの手を掴むと、もう一度アイビーの名前を呼んだ。
アイビーは渋々、ロザリーへ向き直り、下唇を突き出して拗ねたような表情をする。それを見て、ロザリーは笑った。
「笑わないで、お姉様」
「ふふ、ごめんなさい。……ねぇ、アイビー」
「なぁに?」
「……いえ、なんでもありませんわ」
ロザリーはアイビーを強く抱き締めると、しっかりとその温かさを感じた。
そしてゆっくりと離れると、オーウェンとともにゆっくりと歩いて行く。
それを見送りながら、先ほどのロザリーの顔を思い出す。何か言いたそうで、言うのをやめた顔。
「……ねぇ、師匠」
「なんだい?」
「なんか、お姉様、変な顔してた」
「変な顔って……君ね」
ルシアンは呆れたようにアイビーを見る。
アイビーは全く気にしていないようだが、数日前からロザリーは、ルシアンに『本物の聖女』について何度も聞いていた。
しかしルシアンもそのことについて、あまり詳しいことは分からない。
それ故にロザリーはアイビーを心配して思い詰めていたのだろう。
「……アイビーは『本物の聖女』についてどう思うんだい?」
「え? 『本物の聖女』ですか?」
『本物の聖女』それだけは結局、最後までよく分からなかった。
分かるのは、そういう伝説があるらしいこと。それが自分のことで、その根拠は規格外の聖魔法を使ったからということ。
アイビーは自分の両手を見下ろす。
誰かを助けたいと強く願う時、この力は上手く使えるらしい。
そんなものが本当に『本物の聖女』なのだろうか。
「……うーん。私、分かんないので、考えるのやめました!」
「……アイビー」
「だ、だって、いくら考えても答えは出ないし! そんなことより重要なことがあるんです!」
「重要なこと?」
私にとって何より重要なのはルシアンの側にいること。
だから誰かにこの力を求められた時に、その人がどんなに困っていても、私にとってはルシアンが一番だから、その人のためにしてあげられることには限界がある。
「そう腹を括ることです!」
「……」
「あ、師匠も変な顔してる!」
「失礼だよ。アイビー」
別にアイビーは、空想上の誰かを見捨てようと思っているわけではない。
そうではなくて、ただ、今回のようにどんな困難な壁にぶつかったとしても、必ずルシアンと一緒にいるという覚悟をしたのだ。
「師匠をもっと変な顔させます!」
「……なんだい」
「『本物の聖女』の力なんて、どうでも良い! 私にとって大切なのは、ルシアンとずっと一緒にいること!」
「あぁ、そうだね」
嬉しそうに笑うルシアンに、思わずアイビーは抱きつく。
アイビーはアイビーとして、この先もルシアンとずっと一緒にいると、そう決めたのだ。
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