自立の第一歩

 わたし――北橘(ほっきつ)佳奈改めアイラ・サウス。

 年齢? 誕生日? 自分の顔?


 さぁね。


 叔父一家? 従姉とかいうミリーの名前が分かるくらい。

 あとは知らないし会わないし。

 マリオンさんとタンディーさんのおかげで、エサだけ与えられる放置家畜状態から少しだけグレードアップし、少しずつ話せるようになりました。


 キンコンカーンコーン……♪

 街中に響く、昼を告げる鐘の音。


(学校の給食時間かな……大盛ソースかつ丼をお腹いっぱい食べたい)


 ランチも夕食もないんだよね。マリオンさんとタンディーさんは通いだから夜はいないし。

 改めて聞くと、使用人たちにランチはなく、ビスケットを軽くつまむくらいらしい。そうか、それならランチは仕方ないね。それにしたってサウス叔父(クズ犯罪者)、夕食くらいは出しなさい!


 因みに、マリオンさんとタンディーさんは私服です。通いだから?


 自立しようなんて意気がっていたくせに、相変わらずグズグズしているわたし。


(どうやって生計を立てればいい? どこかで働くしかないよね?)


 新聞に少しだけ職業紹介欄があった。


 お針子――裁縫できない、無理。

 靴工場――絶対無理。

 家事使用人――この世界で家事ができる気がしない、無理。

 飲食店皿洗い――まだ上手く話せないけれど、聞くことはできるから、何とか?


 でも……アイラは未成年だろうから、就職先へは親権者や後見人の署名が必要になるのでは? それに、住む所は?


 ――今のアイラに就職は不可能かもしれない。


(経歴や身分や年齢が関係ない仕事――そうだ!)


 ヤケクソで思いついた。

 北橘佳奈のころ読みまくっていたネット小説を書いて(パクって)、出版社に持っていくというのは?


『書いた小説がいきなり採用されるわけないじゃん、バカなの?』というセルフツッコミは置いといて、思い立ったが吉日を実行してみよう、そうしよう。もしかしたら、この世界語で文章が書けるかもしれない――自信はないけど。

 やってみなければ分からないし、それを反対する人も非難する人もいない。


 籠の鳥、けれども自由――それが今のわたし。


 好んで読んでいた短編ざまぁ小説を書いてみよう。叔父一家にもざまぁできたらいいな、と思いながら。


 マリオンさんから紙とペンとインクをもらい、試しに文章を書いてみたら、わりとすらすら書けたから驚き。話すことと書くことは別なんだね。照明はないので苦労したけれど、二十日ほどで何とか短編小説を仕上げましたよ。


『婚約破棄された薄幸令嬢の発狂』

 サウス邸の事情をそれとなく混ぜながら書いた、わたしの短編小説第一作目。


 この世界へ来てから外へ出たことがないわたしが知っているのは、この小さな裏庭だけ。時間に制限はないので出版社へ行くのに何日かかっても構わない。小屋に放置されている今のわたしには、学校も仕事もない。

 アイラが行方不明になっても、どうせ誰も気にしない。


 とうとう明日、出版社へ突撃するのだ。失うものは何もないから、ヤケクソバーサク状態だ。マリオンさん、タンディーさん、わたしは鳥籠を出て飛び立ちます!


「マリオ~さん、がいしゅつの服、と、ふくろ、ある?」

 結構話せるようになったわたし。ただし幼稚園レベル。


「アイラお嬢様、ま、まさか、お出かけするんですか?」

「ちょっと」

「えーと、難しいけれど考えてみますね。こんな所に閉じこもっていては、頭がおかしくなりますもんね」

「頭が変に、なるの?」

「……そんなことはありませんよ。お嬢様のお服が物置部屋にありますので、持って来ますね。旦那様には見つからないように、リネン類の買い物がてら、あたしがご一緒しましょう」

「気を、付けるし、ひとりで、平気。か、鍵があれば、外に、出れる」

「おひとりでなんて危険です!」

「すぐ、帰る」


 ご一緒されては困るので、お断りした。


「では、このばあやが何とかしましょう」


(マリオンさんは、ばあやだったのか!)





 サウス邸脱出当日。


 マリオンさんが持ってきた紺色のミモレ丈ワンピース、足にフィットするペッタンコ靴、ボサボサの髪の毛はレースのリボンでまとめ、生成りの手提げ袋に小説の原稿を入れた。


「見違えました、こざっぱりしたお嬢様に見えますよ。くれぐれも、路地へ入ってはいけません」

「は~い」


 マリオンさんに裏門を開けてもらい、とうとう屋敷から外へ出ることができましたよ。お守りのアイラちゃん人形も一緒。


(これから出版社へ突撃だ、オー!)





 初めて見る外界は圧巻だった。左右に豪華な屋敷、屋敷、屋敷。行きかう馬車は豪華な家紋付き。


(う、うわぁ~、どういう世界なの、ここ)


 相当浮かれていたんだろう、頭の中に、高校の卒業式で歌った曲が流れた。わたしはまだまだ北橘佳奈なのだ。


(二度目の青春を送るチャンス。真夏だけど、春よ来い、恋~。エヘヘ、わたし浮かれすぎぃ!)


 ここは俗に言う『屋敷街』なんだろう。目的地は出版社だから、オフィス街を目指す。数少ない通行人に、『銀行、どこ?』と聞いた。出版社では分からないかもしれないからね。

 わたしを見た人たちが不審な目を向けるので、どうにも声を掛けにくい。

 アイラになって初めてまともに歩いたのでウッカリつまずいたら、『大丈夫ですか、お嬢さん』と、ビジネスマン風の人がうしろから支えてくれた。


(何となく、聞いたことのある声?)


 おうっ、足元に馬糞!

 危なかったわ〜。


 半日ほどかけてオフィス街を右往左往し、とうとうそれらしき建物を探し当てたら、何とそれはオフィス街の端、屋敷街のはずれだった!


(ナンテコッタ!)


 看板が小さくて分かりづらいのよ。しかもここ、出版社なのに建物がやったら豪華なんですけど。本当に出版社?

 同じ建物には『セントレ商会』なる会社。貿易商かな?


 疲れ切って猫背になったまま、出版社の入り口に立ち続けた。


(あっ、自動ドアじゃない……)



~~~~~~~~

☞次回、怪しい出版社の怪しい人たちが登場します。

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