13 母后エルミーネ
「その人魚の娘さんに付いていてあげなさいな、マリー。私なら大丈夫」
修道院の一室で、エルミーネが言った。
「宜しいのですか」
「然るべきものを届けてちょうだいね。一輪挿しだけじゃ寂しいでしょう。クローゼットの奥に赤い棚があります。そこにあるのは、私が昔あの城で使っていたものばかり。日用品の使い方を教えてあげなさいな。いつか来るべき日のために」
「……エルミーネ様は、人魚が人間になる方法をご存じなのですか」
エルミーネがマリーに微笑む。
「私が若い頃、もっとお伽話は身近なものでしたよ。我が亡き夫も、あの王冠を大事にしていたものです」
「あの噂は本当なのですか。何でも、願いを叶えてくれるという……」
「さあ、どうかしらねえ。けれど夫は言っていたわ。どうしても叶えたい願いなんてものは、ささやかな方が良い、と。大きな願いほど、大きな試練を要求してくるのがお伽話の常なのよ」
「大きな、試練?」
エルミーネが再度、今度は少し意味深に微笑んだ。
「……病床の夫は、ベッドの上でよくあの王冠に願っていたわ。後ろ盾がなかった私と息子が、自分亡き後もつつがなくこの城で暮らせるように。いつか息子が王位について、自分の果たせなかった夢を叶えてくれるように。運河と、水路の事ね。この国は昔から水不足に悩まされてばかりだったから」
「じゃあ、運河と水路は……」
「あれはアルバートが成し遂げたことよ。時間をかけて、自分の力で、着実に。けれどその運河と水路を通って、運命の女性がやってきたのは、偶然なのかしらね?」
「それは……」
「わからないでしょう? それが、あの王冠なの。かつて世界を彩っていた、気まぐれで、優しい、時には残酷でもある数々のお伽話の名残のひとつ」
マリーが息を吐く。
「つまり、軽率に願うような感じではない、ということですね」
「……そうねえ。けれど夫は言っていたわ。『いつか、息子もこれに何かを願う日が来る。その時は、助けてやってはくれないか。人が人ならぬ力に願いをかけることがあれば、そこにはかならず試練があるものだ』」
エルミーネが窓の外に視線を投げて、言った。
「私は信じているのよ。いつか息子は美しい妻と連れ添って、この修道院の庭を通って、私のところに挨拶をしにくる、と」
マリーが退出した後に、エルミーネはそっと、寝台脇の机の引き出しを開ける。
「まったく、誰に似たのかしらねえ……」
古めかしい木箱の中に、小さな小さな、指輪のような金色の『冠』が納められていた。かつて『自分が』頭の上に載せていた冠の入った、掌に収まる木箱を手に、エルミーネは壁に掛かっている亡き夫にして先王、クリスティアンの肖像を見上げる。息子と同じ色の緑の瞳。長く生きてはくれなかったが、それでも、自分を生涯愛し、形見でもある一人息子を授け、遺してくれた男。
「……あなた達ったら、人ならぬ者ばかり、引き寄せる血筋なのかしら」
寂しげにひとり呟いて、そっと古い木箱の蓋を閉めて机の引き出しの奥に戻す。そして、寝台に腰を降ろすとひとり、エルミーネは祈るように沈思しはじめた。
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