第4話 手がかり

暁と吉平は早速今回の事件の担当検非違使がいる右兵衛府に向かうことにした。


先ほど光義から渡された資料にもう一度目を通しながら大路を歩く。


「えっと焼死体の発見場所は……九条大宮大路沿い、油小路近辺みたい。全身が焦げているため断定はできないけど、着衣と背格好から男性であるとのこと……」


「九条油小路って言ったら昨日僕たちが見回りしていたところと近いね」


「そうだね」


暁達が昨日見回りをしたのは、大路を一本隔てた八条近辺だ。

最終的に梅小路まで行ったことを考えると、遺体発見現場とはかなり近いことになる。


「でも全然気づかなかったね」


「検非違使も巡回していた時間帯を考えると戌の三つ20時前後の間みたい。私たちがあの辺りを見たのは戌の四つ《21時近く》だからあの時にはすでに遺体は見つかっていたってことだね」


「あ、暁ここ見て。遺体発見の状況から死亡時刻は遺体発見直前の可能性があるって書いてある」


「ふーん、ということは遺体発見場所と焼死場所は同じってことになるのか」


「ううう……妖関連じゃないといいなぁ」


「もし妖が関与していたとしても、私たちの役目は陰陽師の観点からの意見であって調伏は役割外だし、叔父上も調伏は先輩に任せればいいって言ってくれたし、簡単な仕事じゃない?」


「そうだよね! 遺体を見れば穢れがあるかで妖が関与しているかすぐに分かるし、うん。考えようによっては楽な仕事かも!」


吉平の言う通り、穢れがあれば妖関連。

そうでなければ自殺や他殺などの人為的関連なのだ。

それをサクッと見極めてしまえば任務完了だ。

たったそれだけでおいしいお米が食べれると思えば、なんと楽な仕事だろうか。


最近妖が高頻度で出現しており、先輩陰陽師がその調伏任務で忙しいために駆り出されたのに過ぎないのだろう。


(ふふふ……臨時収入が入ったらお米を買って……あ、お味噌汁の具は何がいいかなぁ)


今晩の夕餉を考えると涎が出そうである。


暁は足取りも軽く、右兵衛府へ向かっていると、聞き馴染みのある声が暁達を呼び止めた。


「おや、暁君に吉平君じゃないか? こんなところでどうしたんだい?」


「……高遠殿。ちょっと右兵衛府に用事があって。毎晩遊び歩いて重役出勤の高遠殿こそ、この時間に大内裏にいるなんて何かあったんですか?」


明け方まで遊び歩く高遠と大内裏で会うのは珍しい。


ちょっと嫌味を込めてそう言ってみたが高遠殿はふふふと笑いながら答えた。


「私だってたまには職場に顔を出すよ」


「職場?」


高遠の言葉を受けて気が付いた。


右近の少将である高遠の職場と言えばこの近くである右近衛府だ。


「職場に顔を出すのは面倒だが、こうやって暁君に会えるのなら毎日でも出勤しようかな」


そう軽口を言われて暁は渋い顔をした。


こうやっていちいち高遠に揶揄われたり、女性に対するような思わせぶりな言葉を言われると、居心地が悪いし良い気分はしない。


「ははは、本当君くらいだよ。私の言葉にそういう反応をするのは。普通の女性ならこう言ったら喜んでくれるものだしね」


「あいにく私は男なので」


高遠は暁が女であることを疑っている節があるので、暁は内心ドキリとしながらも平静を装ってそう答えた。


「ふーん。まぁいいさ。それで? 陰陽師見習いの君達が右兵衛府に行くなんて珍しいじゃないか。何かまた事件かい?」


「実はですね……」


高遠の言葉を受けて吉平がことのあらましを説明した。


すると高遠はまるで新しい遊びを思いついたように嬉々とした表情を浮かべながら言ってきた。


「よし、私も同行しよう。君たちが関与するならきっと楽しいことが起こるだろうし」


「えええ……!! 高遠様、妖が関与しているかもしれないんですよ! 僕だって進んでは行きたくないのに……」


「本当です、物好きですね」


吉平と暁が口々にそう言ったが、それすらも楽しい様子で高遠が答える。


「人生には刺激が必要なんだよ。さ、そうと決まればさっさと行くことにしよう。それに……多分私も少しは役に立つかもしれないしね」


高遠はそう言いながら颯爽と歩き出す。

暁と吉平はそんな高遠の行動に思わず顔を見合わせた後に、高遠のあとを追いかけた。



※ ※  ※


門を潜り抜けて右兵衛府に入ると中は慌ただしい様子だ。


陰陽寮もいつもバタバタと忙しいのだが、どこの部署も人手不足は深刻らしい。


この慌ただしさを眺めながら誰か適当な人物に焼死事件の担当者を聞こうと思っていると、向こうの方から見知った顔がやって来た。


「おーい、暁! 吉平もこんなところでどうしたんだよ!」


貴族としては珍しく日焼けした肌に白い八重歯をのぞかせて声を掛けてきたのは暁の蹴鞠仲間の油小路影平だ。


「あ、影平。焼死事件の件で来たんだけど、担当者の人いるかな?」


「陰陽寮からも応援来るって聞いてたんだけど暁達だったんだ。担当は俺だよ」


「え? そうなの? ならちょうど良かった!」


「ここじゃなんだし奥で話そうぜ。あー先輩、ちょっと奥借ります!」


影平が先輩と思わしき人物に声をかける。

先輩は書簡を書きながら、こちらを見向きもせずに頷いていた。

使用可能ということだろう。

奥の部屋に行くと影平は早速切り出してきた。


「で、どこまで聞いたんだ?」


「えっと報告書に書いていることが全てかな? 身元はまだ分からないの?」


「そうなんだよな。今、目撃者がいないか調査中ではあるんだけど、有力情報はまだないかな。むしろ、お前たちの力でぱぱっと身元が分からないか?」


「ええええ……何その無茶ぶり。私は無理だよ」


「陰陽師って霊とか見えるんだろ? この男の霊から聞き出せないのかよ」


いくら陰陽師とはいえ死者の霊を招魂させるなど不可能だ。


「吉平はどうなんだ?」


「僕も無理だよ。まぁ反魂香があれば可能だとは思うけど」


「なんだその反魂香っていうのがあればできるんじゃん!」


「えっ、冗談だよ。漢の故事でそういう話が出てくるってだけで」


慌てて手を振りながら吉平が否定した。

だがそれを静かに聞いていた高遠がおやと首を傾げた。


「吉平君は安倍家の人間だよね」


「はい、そうですけど」


「安倍家の陰陽師でそういう香を扱える人間がいたと何かの物語で出てきた気がするんだが?」


「あくまで物語ですから創作ですよ」


「そうなのか。私も影平君と同じで陰陽師は神業が使えるものだと思っていたからね。そんな物語でも陰陽師ならなんだか出来るのではと思ってしまったよ」


「高遠様は僕を見てもそう思えますか……」


地の底を這うようなどんよりした雰囲気を醸し出して吉平が言うと、高遠は苦笑しながら扇を広げて口元を覆った。


「吉平君はもっと自信を持てばいいのに。まぁ、ともかく一つずつ可能性を潰していくほうが現実的じゃないかな?」


高遠の言葉に影平を含めた三人は首を傾げた。


「さっき暁君も言っていたじゃないか。君たち陰陽師が呼ばれたのはこの件が妖絡みかそうじゃないかを見るためだと。まずはそこを確定させようじゃないか」


「そうですね」


「おう、じゃあ早速それ確かめようぜ! どうやれば分かるんだ?」


「穢れがあるかどうかを見るんだよ」


「えっ?でも……大丈夫なのか?」


頷く暁と吉平を見て、影平は一旦言葉を区切って、少し躊躇うような素ぶりを見せた。


「何が大丈夫かって?」


「えっと……死体見るのって平気か? その……結構悲惨な感じでさ……。慣れないと厳しいかなって思ってさ」


そう言われて気づいた。


この事件に妖が関連しているかどうかを見るには死体に穢れがあるかを見なくてはならない。


霊や妖を見ることが日常でも死体を見るのは初めてである。


しかも事件で死体を見ることが通常である検非違使の影平でさえも言葉を濁すほどの有様だ。

とても暁は見れる自信がない。


吉平はと思ってチラリと見れば、その顔は暁以上に真っ青で首をぶんぶんと振っていた。


一瞬部屋が静かになった。


「なぁ。どっちかにやってもらわないといけないと思うぜ」


影平の言う通りである。


暁も吉平も穢れは分かる。

要はどちらがやるかが問題なのだ。


「ここは公平に籤で決めようじゃないか」


顔を合わせながら沈黙をしている暁と吉平に向かって、高遠が提案した。


いつの間に作ったのか、その手には紙縒りが握られている。


「紙縒りの先に色が付いている方が見に行くということにしようか」


確かにそれが一番公平だ。


暁と吉平は同時にその紙縒りを選ぶと、せーのという掛け声とともに引き抜いた。


結果は――

「私かぁ……」


暁の手には先に色の付いた紙縒りが握られていた。


「ごめんね」


「ううん、公平な籤の結果だから……うん……頑張るよ……」


「暁君。ちょっと気になったんだが、君は穢れを探るとき目を瞑っているよね?」


「え……? そうですね。意識を集中させる必要があるので」


「じゃあ、死体を直接見なくてもいいのではないかい?」


高遠の言っている意味が分からない。


というか何を意図しているのかが分からなかったのだ。


言葉に詰まっていると、今度は高遠に手を差し伸べられた。


「えっと、これはどういう……?」


「私が遺体まで手を引いてあげよう。君は目を瞑ったまま遺体の傍まで行って、穢れがあるかを探ればいい」


「!! 確かに。可能と言えば可能ですね」


「じゃあ、そういうことで早速やろうじゃないか」


嬉々とした表情を見せる高遠に、半ば強引に手を繋がれた形で暁は引き摺られるように遺体が安置されている場所へと連行されることとなった。


案内されたのは敷地の一角にある小屋だった。


小屋の戸の前に立つと、緊張で心臓が飛び出しそうであった。


ふいに高遠と繋いだ手に力が込められたので、暁は思わず高遠の方を見上げた。


「大丈夫だよ。私がいるのだから落ち着いて」


揶揄うわけではない優しげな瞳を向ける高遠を見て、暁は一瞬ドキリとした。


先ほどまでの遺体の傍に行かなくてはならない緊張のドキドキとは違う鼓動の高鳴りを感じた。


これほどまでに高遠のことを心強く感じたことはないだろう。


だが、それを高遠に知られるのはなんとなく恥ずかしく思い、暁はそっぽを向きながら言った。


「高遠殿がいるほうが何か悪戯されそうで不安です」


「悪戯? 例えば君に口づけするとか?」


「その場合は呪詛される覚悟でお願いします」


「おや、いつもの君に戻ったね。……じゃあ早速行こうか」


それを合図とばかりに影平が戸を開いた。


「暁、よろしくな」


暁は目を閉じる。


一歩、また一歩と高遠に手を引かれて進む。


見えないというのはこんなにも人を不安にさせるものだろうか?

一歩がいつもより小さくなり、進みが遅い気もする。


小屋の中が少しひんやりとしているのは遺体が腐敗しないための工夫だろうか。


その冷たい空気とは対照的に高遠の手のぬくもりを感じる。

その温かさがなんとなく暁の心を支えてくれていた。


「大丈夫だよ。一歩一歩進んで。私に体を預けなさい」


「は……はい……」


「そうそう。もうすぐ着くからね」


外から見た小屋はそんなに大きくないはずだったのに、永遠に続くのではないかと思うほどの時間が過ぎたように感じる。


「着いたよ。遺体は君の前にある。気配を探るといい」


「やってみます」


暁は今度は前方に意識を集中させる。


すると暁の目裏に靄のようなものが見えた。

穢れだ。


「時間が経ったせいで薄いですが……穢れが見えます」


「なるほどね。ということは吉平君にも残念な結果だが妖絡みとなるかな」


「そうですね」


「じゃあ帰るとしよう」


高遠の言葉に従い、再び入口まで戻ることになった。


暗かった視界が目を瞑ったままでも分かるほど明るくなった。


「暁!!」


吉平の声に目を開くと心配そうな表情をして迎えられた。


「大丈夫だった?」

「うん。でね……吉平には申し訳ないけど……」

「ま、まさか……」

「穢れが見えた」

「そんなぁ……」


その場で崩れ落ちる吉平に高遠は憐みの目を向け、影平は驚きの表情をした。


「な、なんだよ、吉平。どうしたんだよ?」

「あー、吉平は妖が嫌いなんだよ」

「はぁ? だって吉平は陰陽師だろう?」

「そうなんだけどね。ほら、吉平って安倍家でしょ?」

「あぁ、なんとなく理解したぜ。……吉平、強く生きろよ」


「で、今回の事件は妖関連だとは思うけど、私が分かるのはここまでかな。誰が被害者でどうして亡くなったかは分からない」


「そうか……。じゃあこの件は二人ともよろしくな」

「え? どうしてそうなるの?」


「だって妖関連の事件だろう? ということは調査は陰陽師の仕事になるじゃないか。で、この事件の担当はお前達」


「でも調伏は私たちの仕事じゃないはずだし」

「だから調伏は、だろう? 光義様からそう聞いているけど」


「…………。」


影平の言葉を受けて暁は光義の言葉を思い出した。


―調伏〝は〟先輩陰陽師たちに任せればいいんだよ―

(嵌められた!!)


「というわけで、頼んだぜ! 暁、吉平。期待してるぜ!」


(あぁ、やっぱりそんな簡単には特別手当は手に入らないかぁ……)


今日の豪華な夕餉がお預けになったという事実に打ちのめされ、暁も吉平の隣でがっくりと崩れ落ちるのであった。



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