比翼の囀りは琴の音に乗せてー平安男装少女陰陽師奇譚ー
イトカワジンカイ
第1話 怪異の始ま
男は意気揚々と京の都を歩いていた。
もう夜は遅く、半分に欠けた月の光が男の足元を朧気に照らしていた。
「あぁ……ようやくあの女を手に入れることができる」
男は恍惚とした表情を浮かべ、その足取りを女の屋敷へと向けた。
一目見た時から心奪われた女性の元を今日訪れることになっていたのだ。
まずはあの女の琴を聞いて酒を飲むのがいいだろう。
そのあとは女を褥に伏せて、その赤い唇を貪るのもいい。
どんな声を上げて啼くのだろうか。
そんなことを一人で考えていると前方に人影がゆらりと浮き上がって見えた。
京の都でこんな夜に人と出会うなど少々珍しい。
夜盗の類か……一瞬そんなことを考えて恐怖から思わず息を呑んだ。
「旦那様」
男の供が一歩庇うように前に出る。
「何者だ」
暗がりでその人物がどんな容姿をしているのかは分からないが、不穏な空気を纏っていることには変わりがない。
「姿を見せろ」
男の声に応えるようにゆらりと揺らめいて火が灯る。
「な、何者だ!?」
一歩一歩と何かが歩いてくるのを恐怖に顔を引きつらせながら男は見つめた。
人影の正体が分かった時にはもう遅かった。
じゅっという短い音とともに何かが焼ける臭いがした。
「うわああああああ」
「な、なんだ?」
突然目の前で供が燃えた。
供の男はのたうち回りながらその体を燃やしている。
「だ……旦那……たす……け」
供が自分に助けを求めながらのろりのろりと歩いてくる。
腹にずんと来る吐き気がするような人体が燃える臭いがひと際濃くなる。
歩いた先からぼろぼろと焼き落ちた体の一部が地面に転々と転がった。
「ひ、ひいいいいい」
逃げたくても恐怖で足が動かない。
目の前のことが信じられないまま何とか足を動かし一歩後退さった。
その時自分の体が沸騰するように熱くなった。
「え?」
男は思わず自分の両手を見つめた。
それを認識した瞬間男は悲鳴を上げていた。
「あああああああ!」
両手が燃えている。
いや、それだけではない。体中から炎が噴き出したように燃えているではないか。
熱いとか痛いなどという表現などなかった。
ただただ我が身に起こった状況が理解できず、ただただ恐怖で叫び声を上げようとした。が、その喉さえも炎で塞がり声が出せない。
力尽きるように男は倒れた。
土に倒れる重い音が男の耳に届く。同時にもうひとつ音がして男は地面に打ち伏したままその気配を見上げる。
そこに平然と佇む人物の姿を男は初めて認めた。
「……ぅ……」
どうやって人間を焼くのか、そしてなぜ自分がこのような目に合うのかが分からない。
政敵は多かったがそれも財力に物を言わせて従わせてきた。
この間敵だった男でさえ娘を差し出そうとしてくるくらいには。
ただ男は理解した。こいつが……自分を殺そうとしていると。
最後の力を振り絞り、男は目の前の人物に手を伸ばす。だがそれも叶わないまま男は絶命した。
男が最期に見たのは自分を冷ややかに見下ろした顔だった。
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