第二十八話 今でも尊重している
「おめでとう〜!」
「アキラのくせにー!」
「よかったね、ホウキさん!」
生まれて初めて交わした口付けは、ワタシにとってはどうということもない。
ある程度は予想していたが、アキ君と手を握った時のような感覚と変わりなく、さして地球人らしい感情は生まれなかった。それより彼に名前を呼ばれた時の方が強い衝撃を感じていたはずだ。
「アキ君」
「は、はい!」
「またしたくなったらいつでもいいよ」
「……はい!?」
だけどアキ君の心の底から動揺する姿を見られるというのなら、何というか、まあ……悪くない。
上手く言葉にできないこの気持ちは──これが所謂「報酬系」というものだろうか?
「見せつけてくれちゃって〜」
「アキラ! ホウキさんを泣かせたら承知しないぞ!」
「ひゅーひゅー! お幸せに!」
あ。
ワタシはクラスメイトの一人の言葉でふと我に返った。
その「お幸せに」は、サトウ・マシロも最期に言っていた……これがワタシの追い求めていた「幸せ」というヤツなのか?
分からない。
分からないが、少なくともクラスメイトに冷やかされるアキ君は──いつものように顔を真っ赤にして気まずそうに黙っている。
つまり何も言い返せないこの状況こそが、幸せと言えるのか?
だがワタシがそれについて熟考しようとしたその時、
「待て待て待て! ちょっと待ちなさい!」
教室の廊下側の壁から一人の女子の声が飛んできた。
「アキラ! これどういうこと!?」
と思えば、その隣にいた別の女子も声を荒げる。
「え、どういうことって、どういうこと?」
「とぼけるな! 総合順位にアキラの名前がねえじゃねえかよ!」
今度はその隣の男子が、壁に貼られた成績上位者表を叩き、その事実を叫んだ。
ワタシはその会話だけでも十分に彼らの言わんとすることが理解できたが、ひとまず成り行きを見守ることに決める。
「うっ……それは……」
「この成績表には各教科と総合順位の上位20人しか載らない。確かにアキラの数学の順位は堂々1位、英語も17位、それは認めてやる」
「あ、ありがとう」
「だが! 総合順位20位までにアキラの名前がないってことは、裏を返せば20位のヤツより下ってこと」
「そ、そういうことになるね」
「他の順位はどうだったんだ?」
ワタシは知っている。アキ君が口をつぐむ理由も、それを知られたくないことも。
「まあまあ……かな」
「嘘つけ!」
「アタシは先生から聞いて知ってるのよ! アキラの国語は23点、理科72点、社会17点!」
「まーアキラにしては理科72点というのも褒めてやるよ。だけど国語と社会を蔑ろにしておいて、ホウキさんからご褒美貰うってどうよ?」
実に地球人らしい見え透いた嫉妬。そんなこと言われなくても多くのクラスメイトは薄々気付いているだろう。
「うう……それは、そうかも」
しかしアキ君は皆ほど神経が図太いわけでもないので……ここはワタシが助け舟を出すとするか。
「ワタシは『アキ君、次のテストで100点取ったら、キスしてあげる』としか言ってない。だから1教科でもいい」
「は!? ホウキさん、それはアキラに甘すぎない?」
「そうだそうだ〜! 皆は5教科を真面目に勉強してるのに、アキラだけズルい!」
「オレだって1教科に絞ったら100点くらい楽勝だったぞ!」
順に総合順位7位、12位、13位の人間は、それ相応にプライドを持っているからこそ出る言い分か。
「文句があるなら難癖付けずに、実力で証明するのが皆さんのやり方でしょう」
「それは、そうだけど……ホウキさんはいいのかよ?」
「ワタシはいい。アキ君がワタシの約束のために一生懸命になって頑張った結果だし、それを言うなら誰か一人でも100点を取ってから文句を付けるべき」
光葉高校の生徒は進学校の名の通り優秀な人が多いが、所詮は人間止まり。精密機械のようなワタシでもない限り、満点を取ることは針の穴を通すような集中力が必要だろう。
「それは確かに……悔しいが、その通りか……」
「このアタシが、油断した……!」
だからこそアキ君は、それこそ途中式さえも減点対象となるような数学で油断なく満点を取ったのだから、ワタシには何の文句もないのだ。
「でも、だとしても待って! 今回の夏期課外確認テストは過去問から出たって噂もあるし、それに範囲も狭いよ!」
なるほど、次はそうくるか。目くじらを立てて食い下がるのも実に人間らしい。
「そ、そうだぜ! 期末テストならオレだってアキラなんかには負けねえぞ! 受験なら尚更、アキラが100点満点を取るなんて不可能だ!」
別に受験なら合格点を超えれば満点である必要はないはず。それに過去問だの範囲だの期末テストだの、そんな陳腐な材料でしか判断できない人間が受験戦争を勝ち得るのだろうか。
「アキ君。どうしたの、言ってあげたら?」
「え、ボクが? 何を?」
「前に皆に向かって、力強く宣言したこと」
そう、これは彼が決めた道。アキ君の「ボクらはボクらのペースでいこう」という言葉、意思を、ワタシは今でも尊重している。
「よ、よよ、よし! 言ってやるぞ!」
「何だ、アキラ?」
「そんなに声震えてて大丈夫〜?」
そしてそれはこれからも変わらない。来年にはきっと、皆を見下ろすくらい高い存在になって、自分の夢にまっすぐ歩む受験生となっているだろうから。
ワタシはそんなアキ君と一緒に──
「次の期末テストでも100点取ってやるからな!」
あれ、その宣言は予想していなかった。
かくして今までのペースでいくかと思われた勉強生活は、アキ君の思わぬ発言で更に困難を極めるものとなるのだった。
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