願いの代価として提示されるのは、命でも魂でもない。
自分が「もういらない」と決めた、たった一音だ。
安い代価だと思った瞬間、この物語の契約は、読者に対しても成立する。
ここでいう“音”とは、耳に聞こえるものだけではない。
目にも見えず、本人さえその価値に気づかないまま、その人をその人として鳴らしているものだ。
だから恐ろしい。
失っても、すぐには分からない。
願いは確かに叶っている。
少なくとも、契約の言葉に嘘はない。
それなのに、人生のどこかから、取り返しのつかない何かが静かに抜け落ちている。
物語は、異なる“音”をめぐる怪異譚として進んでいく。人物も、舞台も、ときには物語の表情まで変わる。ところが読み進めるほど、独立して見えた物語のあいだで、消えたはずの余韻が共鳴を始める。
置き去りにされた言葉も、忘れられた名前も、届かなかった声も、物語の外へ消えてはいない。
十二の音は、ただ世界観を彩るために置かれた名前ではなかった。
離れた音を、最後に一つの調べへ変えるための譜面だったのだ。
斎は、なぜ音を集めているのか。
律は、なぜ契約しようとする者を止めるのか。
そして、奪われた音はどこへ向かうのか。
これ以上は書かない。
ただ、契約から始まったこの物語は、やがて契約では決して届かない場所へ行く。
読了後、カフェの扉が鳴らす「カラン」という一音まで、きっと以前とは違って聞こえる。
あなたには、不要だと言い切れる音がありますか。
――その音を失っても、あなたはまだ「あなた」なのでしょうか。
願いを叶える代わりに、あなたの「不要になった一音」をいただきます。
都会の片隅にあるカフェを訪れた者たちは、鐘ヶ淵斎(かねがふち さい)という男と契約を交わす。
差し出すのは金でも命でもない。
自分ではもう要らないと思っている、たったひとつの「音」。
でも……自分にとって要らない音って……一体なんでしょうか?
どこか妖しく、どこか品があり、それでいて容赦がない。
カフェ、契約、十二律――散りばめられたモチーフも洒落ていて、都市伝説を覗き込んでいるような読後感。
さて、「不要な音」とは、いったい何なのか。
次に差し出される一音まで、もう聞き逃せません。
そして作者のアタヲカオ先生は、YouTubeでも『音蝕 -ONSHOKU-』の世界を映像として展開されています。
https://www.youtube.com/watch?v=-ocSME-Kt8w
これがまた、驚くほどのクオリティ。
文字で読んでいた『音蝕』の空気が、音と映像を得て、また違う表情を見せてくれます。
実は私、作品だけでなく先生の動画のファンでもあります。
小説を読んだあとに観るのもよし。
映像からこの世界へ足を踏み入れるのもよし。
ぜひ、耳でも目でも『音蝕』の世界を楽しんでみてください。
都会の片隅にあるカフェ・リフレインでは、願いを叶える代わりに「不要になった一音」を差し出すという奇妙な契約が行われている。
店主の斎は嘘をつかず、できないことをできるとは言わない。ただし、差し出した音がどれほど大切だったかまでは教えてくれない。
売れないミュージシャン響也は、世に出せなかった楽曲をメジャーにするため“一音”を手放し、恋に悩む女子高生陽毬は、聞こえてしまう“隠された音”に導かれて店を訪れる。
雅楽の十二律を軸にした世界観は静かで美しく、同時に不穏さを孕む。
願いと代価のバランスが崩れたとき、捨てたはずの音がどんな形で返ってくるのか――
その緊張感が物語を引き締める。
音にまつわる感情と怪異が丁寧に絡み合う、現代ファンタジーの佳作。