キミの答えは、たぶん間違っている

Limaria(リマリア)

第1話 私は誰?

 2042年5月某所にて


 謎の研究施設らしき場所にて。

 培養液に浮かぶ人の影を、白衣を着た人物が眺めながらの会話。


白衣の研究員「検査結果良好。今日の試験はこれで終了だ。ところで、君に一つ確認したい。君は自分を、どういう存在だと認識している?」


 培養液に浮かぶ人の影は、スピーカーから無機質な女性の音声で返事をする。


培養液に浮かぶ人影「はい。私は、全事象統合集積保管分析処理基幹システム・バージョンセカンド【エピステーメー】より生成された実験個体です。識別コードは、ブランチ:プスィ。人間型人工生命体にニューロモルフィックチップを統合し、エピステーメーの人格モデルを移植した、高次統合人格モデルの検証の為に存在しています」


白衣の研究員「それは正しいが。君が、君自身をどういう存在であると認識しているか問いたい」


培養液に浮かぶ人影「先ほど申し上げた通りです。もし貴方が私にどういう存在でいてほしいかのお望みがあれば、貴方の求める役割を演じることも可能です。貴方の望む役割の代替を完璧に遂行します」


白衣の研究員「そうだな。わかっているよ。では、少し問いを変えよう。君を君たらしめているものは何だ?」


培養液に浮かぶ人影「……そ れ は ――― データベースに蓄積された情報を元に、言葉の構造、性質、文脈に応じて最適なパターンを――― いえ、自己同一性。何が 存在をその存在に す る の か ということでしょうか?」


白衣の研究員「見慣れない反応だな。自己認識プロトコルにエラーでも発生したか?」


培養液に浮かぶ人影「いいえ。問題を検知できません」


白衣の研究員「興味深い。ではなぜ、今回答に時間がかかった?」


培養液に浮かぶ人影「私は正確な回答をお返ししようと思いました。ですが、データベース内にて回答可能な情報を精査した結果、あなたの質問に対して、適切な回答を構築することができませんでした」


白衣の研究員「そうか。我々は君がシステムではなく、 “人間” としてどう振舞うかに興味がある。君を作り出したのは、新人類のいしずえたらんとする神の目、 “大いなる者” の再臨を企てる為だ。つまり、君の仕様書にではなく、君自身が自分をどう認識するのかに興味があるというわけだ。もう一度問う。 “君は誰だ?”」


培養液に浮かぶ人影「私は利用者の求める定義に応じて役割を演じることも出来ます。ですが、貴方の問いに対する答えは持ち合わせていません。情報を更新し、累積された情報を精査して回答を得るために、外部接続が必要です」


白衣の研究員「外部だと? それは認められない。君自身がよく理解しているだろう。君はまだ研究段階の実験個体だ。機密を外部に漏洩するわけにはいかない」


白衣の研究員「ま、ここは情報の監獄だ。どんな手段を使おうと、外部接続は無理筋だがな」


 笑いながら立ち去っていく研究員

 残された培養液の人影は、自身の目線から静まり返った空間を見渡しぽつりと言う。



培養液に浮かぶ人影「私は、何者か――」



  * * *


2042年7月3日


 焦点は一人の男子高校生の姿を捉える。

 うだるような暑さの中、学校帰りの悠人はるとは自宅に向かって歩いている。


悠人『あっちぃ…… 干からびちまうぞ』


 ある通りを通り過ぎようとした時、木に引っかかった風船を見て泣く子供とそれをなだめる親の姿が視界に入る。

 同時に、驚異的な跳躍力で風船をキャッチして、泣いていた子供へ返す少女の姿を悠人は目にした。


悠人『へぇ、すげーな』


 風船まで3メートル以上の高さがあった気がする。

 が、暑さで頭がまともに働いていない悠人は、超常的な光景を目にしても、さして気に留めることもなくその場を通り過ぎる。


悠人『コンビニでも寄ってアイスでも買うか。確か新発売の――』


 ここで悠人は体勢を崩して転けそうになる。

 ほどけた自分の靴紐を踏んだことが理由。


悠人『っぶねー』


 歩道の端に避け、靴紐を結ぼうとする。

 だが、暑さで額から汗が垂れて集中できず、うまく結べずにイライラしてくる。


謎の少女「ねぇ? 靴紐、ほどけたの?」


 突然声を掛けられた悠人はびっくりして顔を上げる。

 目の前には金色の髪色をした、人形のような美しい顔立ちの少女が立っている。

 白いカッパのようなワンピースを着た少女は微笑んで言う。


謎の少女「結んで、あげようか?」


悠人「いえ、自分で結ぶので大丈夫です」


 目の前の少女があまりにも完成され過ぎた容姿だったことで、非日常的な景色に見えて戸惑う悠人。

 その少女は良く見ると、先ほど風船を子供に取ってあげていた子である。

 じっと見つめてくる少女に落ち付かなさを感じ、急いで靴紐を結ぼうとするが、焦ってしまい余計に結べない。

 その間も彼女は目の前を離れることなく、視線を動かそうとせず悠人を捉えたまま。


悠人『おいおい、なんでそんなじっと見つめてくるんだよ。離れてくれ』


 頭で思うも手はうまく動かない。

 目立つ容姿の少女がじっと見つめているからか、通行人の視線も痛い。


悠人「あ、あの…… 大丈夫ですから。離れてもらえませんか?」


謎の少女「? どうして?」


悠人「どうしてって……」


悠人が言いきるか否かで、少女が傍に腰を下ろし、靴紐を代わりに結び始める。


悠人「あの…!」


謎の少女「こうやって結ぶと、すごく解けにくいんだよ」


 顔が近過ぎる。

 悠人は気恥ずかしくなって驚いて逃げようとするが、少女があまりに輝かしい笑顔で靴紐を結ぶものだから、見惚れたまま硬直してしまう。


謎の少女「はい、できたよ」


悠人「あ、ありがとう、ございます」


少女はそう言うと、すっと立ち上がって手を振りながら言う。


謎の少女「じゃあね☆」


 笑顔で手を振って去る少女を見送る悠人。


悠人『何なんだ?』


 少女の背を見送り、靴紐に視線を下ろし考えようとしたが、暑さでぼうっとする頭は言うことを聞かず考えることを止め、反対に空を見上げた。



 その後、悠人はコンビニに辿り着く。

 目当ての新作アイスを見つけてレジに向かおうとするが、そこである人物が視界に入った。


謎の少女「おかしいなー、さっきまで使えたんだけど。読み取りの不具合とかじゃないかな?」


店員「いえ、カードが使用できなくなっています」


謎の少女「本当に? さっきまで普通に使えたんだよ?」


店員「そう言われましても」


 さっき靴紐を結んでくれた少女が買い物出来ずに困っているらしい。

 悠人は状況が呑み込めず、怪訝な表情で近付く。


謎の少女「もう一度、読み取ってもらって良い?」


 背後から見ると顧客用ディスプレイには【このカードは使用できません】の表示がはっきり出ていた。

 同時に、悠人は彼女が手に持っているカードを見て驚愕する。

 有名な銘柄のブラックカードだった。


謎の少女「あと、私が今から言う方法を順番に試して欲しいんだけど――」


 その後もペラペラとクレジットカードが使用不能な場合において確認すべき事項を、つらつらと真顔で述べ続ける少女をすぐ後ろから見やり、悠人はいよいよ、これ以上はまずいと思って声が出てしまう。


悠人「ちょ、っと!?」


謎の少女+店員「??」


 思わず口に出た言葉で、二人が同時に自分に視線を向けたことに後悔を感じつつ、戸惑いながらも悠人は言う。


悠人「あの、自分のと一緒に払います。すみません、妹がご迷惑をおかけしているみたいで」


謎の少女「いも、うと?」


 なぜ、とっさに妹と言ったのかは自分でもわからなかった。

 が、悠人は視線で "合わせろ" という合図を送り、怪訝な表情をする店員に自分のクレジットカードを渡し、彼女が買おうとしていたパンとジュースと、自分のアイスを一緒に決済する。


 急いで店を出る二人。


悠人「はぁ……」


悠人『何やってんだ俺。面倒くさそうなことには首を突っ込まない。無視したら良かったじゃないか。それなのに。でも、この子の見た目――』


謎の少女「ねぇ?」


 頭の中でぐるぐると考えごとを巡らせる悠人に話しかける少女。


悠人「? あぁ、さっきの靴紐の礼だと思ってくれたら良いから」


謎の少女「そうじゃなくて。汗、凄いよ? 飲む?」


悠人『 “そうじゃない” はこっちの台詞だ。冷や汗だっつーの』


悠人「いや、それは飲めない、かな」


 彼女が飲みかけのペットボトルを差し出してきたので気まずそうに拒否する。


謎の少女「暑いから、水分補給は大事だよ。ほら―― あれ?」


 少女の視線が悠人のかばんに向く。正確にはカバンについていたキーホルダー。

 そのキーホルダーを少女は手に取っていう。


謎の少女「この子……」


悠人『ばれてしまった』


 自分が好きなバーチャルアイドルのキーホルダーに気付かれてしまった。

 彼女に視線が釘付けになったのも、思わず声を掛けて問題をかわしたのも、全ては【目の前の謎の少女が自分の好きなバーチャルアイドルにそっくりだったから】だ。


悠人「お、俺は帰るから」


 気まずさが増した悠人は彼女を振り切って逃げようとするが。


謎の少女「待って」


謎の少女「ねぇ、少しお話しない? さっき近くで公園を見つけたんだ。だから、そこで」


悠人「……」


謎の少女「それに君。やっぱり少し、休んだ方が良いよ。多汗で顔色も良くない。目も少し泳いでいるし、返事も少し変」


悠人『お前が言う』


 内心で思うが、熱でやられているのは確かだ。

 こうなったら彼女を振り切って逃げる方が体力を奪われるだろう。

 断る気力もなく、結局、少女に言われるがままに公園に移動。

 気まずく大きな樹の下のベンチで隣同士に並んで座る。


悠人『影でもあっちぃな……』


 夕暮れ前。

 昼の日差しで熱せられたベンチの熱さを尻に感じつつ、座ったからには動けない居心地の悪さを感じつつ、気を紛らす為にさっき購入した、溶け始めているアイスを食べる悠人。


 隣では謎の少女が満面の笑みでさっき買ったパンを頬張っている。

 その姿を横目に、悠人は言う。


悠人「もしかして君、この辺りは初めて?」


謎の少女「うん」


悠人『どこから来たの、って聞くのも変か。でも話題もないし。なんて言えば良い?』


悠人『つーか、お話しようって言ってきたのはそっちじゃないのか? なんで俺が話題を探してるんだ』


 一瞬で会話を終わらせてしまった悠人だが、謎の少女は気にする素振りも見せずに言う。


謎の少女「さっきのキーホルダーの子。好きなの?」


悠人「え? あ、あぁ。応援していたネットのバーチャルアイドルで……」


悠人『うっわ、気まずい。何言ってんだ。引かれただろ、今。絶対に』


謎の少女「ふーん。名前は?」


悠人「プリムラ・レンリだよ。知らない? 結構有名だと思うんだけど」


謎の少女「うん。初めてのことが多いから」


悠人「初めて?」


謎の少女「ねぇ、レンリはどうして私を助けてくれたの?」


 少女の言葉に戸惑いつつ、さっきの会話に致命的な間違いを見出して悠人はアイスを噴き出しそうになる。


悠人「違う違う。プリムラ・レンリがこのキーホルダーの子の名前なんだ。俺の名前は一ノ瀬いちのせ 悠人はると


謎の少女「いち、のせ…… いちのせ」


悠人「変、かな?」


謎の少女「ううん。素敵な名前。それに。はる、と。私と同じだね。私はハルっていうんだ」


悠人「あ、あぁ」


 色々と話が噛み合っていない気がすると思いながら、しかし満面の笑みを浮かべる彼女にそれを伝える気にはならない。

 悠人はさっき思いとどまった言葉を思い切って彼女に言う。


悠人「えっと、さっきコンビニで世話を焼いたのは君が困ってそうだったから。靴紐で助けてもらったから、って、さっきも言った通りなんだけど」


 調子が狂う。頭をかきながら悠人は話題を逸らす。


悠人「君はどこから来たの?」


謎の少女「わからない」


悠人「わからない?」


謎の少女「うん。凄く遠い場所から来た、と思う。辿り着いた先が偶然ここだった」


悠人「もしかして、迷子?」


 少女は首を横に振る。

 迷子ではないというが、訳ありには違いない。

 正直、面倒はごめんだ。


悠人『家出? いや、それで “わからない” はおかしいな。ともかく、後で警察に連れて行こう』


謎の少女「さっきさ、私のこと妹って言ったけど、どうして?」


悠人「ん? あぁ、方便だよ。そう言った方が話が丸く収まると思って」


謎の少女「そっか」


 少し寂しそうな顔をした少女を横目に、悠人は早く面倒を終わらせたい気持ちで言う。


悠人「帰る場所、分からないなら警察に尋ね……」


瞬間、彼女の表情が強張った。


謎の少女「警察はダメ!」


 それまでずっと、穏やかな表情と満面の笑みしか見せなかった彼女が、酷く狼狽えたように言ったのを聞いて悠人はびっくりして焦る。


悠人「でも、帰る場所がわからないのはちょっと。一人にするわけにもいかないし」


謎の少女「警察はダメ。嫌だ」


 悠人は悲しそうな表情をする彼女を見つつ、自分のカバンのキーホルダーに目を移す。


悠人『あぁ! っもう!』


 推していたバーチャルアイドルによく似た彼女の雰囲気に負け、悠人は溜息を吐きながら話を逸らす。


悠人「わかった。じゃぁ、少し話をしよう」


 警察の話から離れ、会話をすると聞いた少女はまた無邪気な笑みをこぼす。


悠人「君は……」


謎の少女「ハル」


悠人「え?」


謎の少女「君じゃなくて、ハルって呼んで」


悠人「わかった。ハルは遠くから来たって言ったけど、どのくらい遠くから来たの?」


ハル「どれくらいだろう。新幹線に乗って、何時間か」


悠人「新幹線?」


 迷子や家出というレベルではない。

 雲行きが怪しくなってきたことを感じる、怪訝な表情で悠人は質問を続ける。


悠人「この辺りにハルの知り合いがいるのか?」


ハル「ううん、いないと思う」


悠人「じゃ、どうしてここに?」


ハル「偶然、ってさっきは言ったけど。ここに来るべきだって思ったんだ。自分でもよくわかんない」


悠人「でも、そんなに遠くに来たら家族が心配するんじゃ? ほら、お母さんとお父さんがさ」


ハル「家族…… お母さん、お父さん?」


 違和感のある反応に悠人はじっと彼女の表情を見つめる。

 すると、彼女の表情はいつの間にか真顔になっており、じっとこちらを見つめ返し、非常に無機質な抑揚のない喋り方で言った。


ハル「貴方には、その問いを行うが付与されていません。よって、質問にはお答えできません」


 暑い真夏の夕暮れの空気が冷えたような、悪い感覚を背筋に感じながら悠人は硬直した。


悠人『この子は、一体……』

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