第10話 有名人には見えない


 土曜日の十四時。茉子はホテルのレストランで、デザートブッフェを予約していた。結人さんが気に入ってくれるといいけど。


「茉子さん。予約ありがとう」

 

 ロビーに現れた結人は、今日も帽子を深く被り、なぜかサングラスをしていた。冬なのに、サングラスか。やっぱり、フランスにいるとオシャレになるんだろうな。フランスはパリコレがあるような国だもんね。

 

「ケーキがたくさんあるみたいですよ」

 茉子はそう言って、結人を二階のレストランへ連れて行った。


 茉子と結人は並んでケーキを取った。ブッフェ台に並ぶケーキは色とりどりで、全種類取りたくなってしまう。でもさすがに全種類取るのは結人に引かれそうなのでやめておいた。

 

「シュークリームもありますね、かわいい」

 

 茉子はサンタが象られたシュークリームをトングで掴んだ。皿に乗せようとしたが、もうすでに皿の上はケーキでいっぱいだった。

 

「シュークリームは、全部食べ終わってから取りに行きましょうよ」

 結人が優しい声で耳打ちしてきた。

 

「はい……。そうします」

 茉子は少し恥ずかしくなって、席へ戻った。ケーキに貪欲な女だと思われちゃうな。気をつけないと。


 席で結人はサングラスを外し、伊達メガネをかけていた。私はメガネ姿のほうが好きだな。


 茉子と結人は他愛もない会話を交わしながら、ケーキを味わった。茉子の皿の上のケーキが少なくなってきた頃、結人は少しだけ姿勢を正した。

 

「茉子さん、次回はどこへ行きましょうか」

 よく見ると、結人は皿の上のケーキを全て食べ終わっていた。

 

「……次回、ですか? また日本に来る予定があるんですね」

 茉子はイチゴのケーキを食べながら答える。甘酸っぱくて美味しい。

 

「はい。次回は三月に予定があります。でも、一月に休みがあるので、その時でも」

 

「へぇ……。三月も仕事の関係で日本に?」

 

「えぇ、まぁ……」

 結人はコーヒーカップを手に取ったが空であることに気づき、横にある水を飲み始めた。

 

 結人さんは三月にも日本へ来られるのか。十月も来て、今月も。そんなに頻繁に来られるような用事って、何なんだろう。

 

「あの……。日本に来る用事って何なんですか? あぁ、言いたくないなら別に構わないんですけど」

 

「あぁ、それは……」

 結人は空っぽの皿を見つめ始めた。しばらく、沈黙が流れる。

 

「すみません、言いたくないならいいんですよ。お仕事のことですもんね、社外秘のこともあるだろうし」

 

 今はコンプライアンスも厳しいから。守秘義務だってあるだろうし、たとえ恋人でも言えないことはあるよね。

 

「いえ……」

 結人は目を泳がせ、唇を固く結んだ。私が変なことを聞いたばかりに、申し訳ない。

 

「茉子さん。あの……その……」

 

「本当にすみません。今の話、忘れてください。言えないことなら、本当にいいですから」

 

「そうではなくて……」

 結人は顔を上げ、ふぅ……と深呼吸をした。茉子と目を合わせる。


「自分は……サッカー選手なんです。ごめんなさい、隠すつもりはなかったんですけど……」

 

 結人の声が震えている。そんな、罪を自白した犯人みたいな顔をするのはやめてほしかった。

 

「結人さん、そんな悲しそうな顔しないでください」

 

「いえ……。今まで、言ってなかったから……」

 

「サッカー選手だなんてすごいじゃないですか」

 茉子は素直にそう思った。

 

「あの……驚かないんですか?」

 結人は目を丸くし、怪訝そうに首を傾げた。

 

「え? いや、だって、サッカー選手って言われても私はサッカーをあまり知らないので……」

 

「そっか、茉子さんはそうですよね。……実は、昨日の日本代表の試合にも出ました。フル出場して、ゴールも決めました」

 結人は声を潜め、茉子の耳元で囁いた。

 

「え……?」

 茉子のフォークを持つ手が止まる。

 

「本当ですか? え? 昨日の代表戦に出てる?」

 

「はい。十月も、代表戦があったので……」

 

「十月も代表に選ばれてるんですか?」

 

「そうです。……というか、代表には、十八歳の時からずっと……」

 結人の声はどんどん小さくなる。

 

「そんなに!?」

 逆に茉子の声は大きくなり、フォークは手から滑り落ちた。

 

「ず、ずっと日本代表なんですか?」

 

「はい……」

 

「え? そんなすごいのに、どうしてそんな、自信なさそうに話すんですか?」

 

「茉子さんが、俺のことを知らないから……」

 そう言うと、結人は立ち上がった。

 

「ケーキを……取ってきます」

 

「あ、はい……。行ってらっしゃい……」

 結人はブッフェ台に向かってしまった。

  

 茉子は、さっきまで結人が座っていた席を見つめた。おかしい。こんなこと、私の人生にあることじゃない。


 茉子はカバンからスマホを取り出した。朝比奈結人。まさか、昨日、伊藤くんが言っていた日本のエースが、ここに? 同姓同名ではなく、彼自身が有名人 だったの?


『朝比奈結人』


 茉子は検索エンジンを開き、そう入力した。すると、彼の情報がたくさん表示されてしまった。高校時代からJリーグのクラブに所属していたことや、日本代表歴、そしてフランスのクラブにいる現在まで。特に、十九歳でワールドカップの初ゴールを決めたことは有名らしい。


 こんな有名人を、私は知らなかったのか。


 茉子はブッフェ台にいる彼を目で追った。有名人には、見えなかった。


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