3オジサン、曲をつくる

「で、書くことにしたんですか?Aoさんに曲」


「……まだ考え中」


「考えてる時点で作る気があるってことでは?」


「……うるせぇ」


スピーカーからAoの歌声が流れている。

編集はされているだろうが、ほぼ生の歌声に近い。その声を聞きながら久世の視線はモニターに向かっている。

青葉の音域に合わせるならコードはこのあたりだろうか。あの声量ならこれくらい歌えるはず。いや、もっと……。


「って、なんで俺は書いてるんだ……」


「いい曲になりそうじゃないですか」


「久世誠司ともあろう作曲家がポッと出の新人にホイホイ提供するかよ」


「でも、Aoさん今人気急上昇してますよ?ほら」


日向がスマホの画面をみせる。

Aoのチャンネルだ。

登録者数は90万人。

それが歌い手としてどれほどの地位にあるのか、久世には判断しかねるが事務所に所属しない個人の歌い手としては上位にあたるのだろう。


「作曲家、久世誠司が楽曲提供するには十分『注目の新人』だと思いますけどね」


にんまりと口角を上げる音楽プロデューサー、日向は状況を楽しんでいるようだった。

日向からしたら久世が引きこもっているより外に出たほうがおもしろいのだろう。


日向はしゃがむと視線を久世より低い位置に視線を合わせた。

そしてキッと視線をまっすぐ久世にむけ真面目な顔をする。


「久世さん」


「……なんだよ」


「僕はあなたの音楽を信じています。作曲家、久世誠司は枯れてないって」


「…………考えておく」


愛想なくそう返して久世は再びモニターに向かう。日向はそれ以上は不要とでもいうように台所へ戻っていった。


その背中をみながら久世はメールを返す。

送り先はAo。突然押し掛けてきたふざけた女子大生。

そして、これから久世が曲を書く歌い手だ。



「ほんとに!?ほんとにいいの!?」


「いいって言ってるだろ……つーかおまえちゃんとチャイム鳴らせよ……」


「チャイムっておっさんくさ……呼び鈴じゃないの?」


「そっちのほうが古くさくないか……」


メールを返すとAoもとい青葉はすぐさま家に押し掛けてきた。

日向が帰ったあとだったことが幸いだろう。そうでなければ家のなかが煩くなる。


「おまえの将来性を見込んだ先行投資だ。俺についてこれないなら書くのはやめるからな」


「望むところ!期待しててよね」


ニッと挑戦的に笑う青葉はどこまでも青く、真っ直ぐだった。




◇◇◇



「ここでみんなにビックニュース!なんとあのkuzuPに曲を書いてもらえることになりました!楽しみに待っててね!最初の曲?まだ悩み中!スッゴい曲に仕上げるよ~」


Aoがライブ配信でそう告知すると、歌い手界隈は大いに盛り上がった。

注目の新人、Aoと謎多きボカロPであるkuzuが組むというのは予想外だったらしい。

告知の通り最初の曲に悩んでいるのは間違いなかった。

それ以上に久世は苦戦を強いられている。


「こんなもんだろ。これ以上歌っても喉痛めるぞ」


「まだダメ!もっとやれるから!」


「…………」


青葉の強いこだわりだった。

久世も自分の曲にはこだわるし、クオリティを妥協するつもりはない。

だがしかし、それ以上に青葉は納得がいかないと何度もリテイクを繰り返す。


拘りの強いアーティストは過去に何人もみてきたが青葉は若いゆえだろうか、焦りのようなものが垣間見える。


「久世さんだってまだやれるって思ってるでしょ」


「そりゃ……」


「こんなんじゃ……もっとできる……これじゃ届かない……」


呼吸は荒く肩で息をしているような状態だ。

録音室の密閉された空間に座り込んで、それでもなお立ち上がろうとする姿は健気というより痛々しい。

だがしかし、青葉の目は死んでいなかった。

油断すれば噛みつかれそうな、飢えた獣じみた目をしている。


「いや、やっぱりダメだ」


「なんで!?」


「おまえが潰れちゃ意味ねぇんだよ。ここで喉つぶしてみろ、次いつ歌えるんだよ」


「…………」


青葉がなぜこれほど焦っているのか、今の久世に踏み込めるほどの信頼や関係性はない。

おそらく歌を届けたい友人が関係しているのだろう。

しかし自分と青葉は知り合って1ヶ月も経っていない中年のおじさんと、20歳になったばかりの女子大生だ。

ふたりを繋ぐとすれば音楽くらい。

その音だけが久世が青葉の心情を察するための糸口だった。


「焦ったところで良い歌は歌えねぇんだぜ?調整しといてやるから今日は休め」


「わかった……でも調整は必要ないよ」


「あ?」


「明日、もっとクオリティ上げてあげるから」


「言うじゃねぇか。楽しみにしといてやる」


玄関から青葉を送りだし隣の部屋の玄関ドアが閉まる音を聞いてから久世はパソコンのモニターに向かう。


「なにを焦っているのかねぇ……」


青葉の歌は十分久世の基準に到達していた。クオリティを上げようと思えば底無しの世界だがどこかで線引きは必要なのだ。

その基準を久世はよくわかっていた。



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