番外編その2 『出生根へ返された流れ、  半環と半身が色を持ち帰った歌』

 眼だけで受けるな。

 皮膚に渡し、腕から腕へ送り、

 自分の痛みと見分けられなくなってから聴け。


 これは、帰ったものの歌である。

 帰らなかったものを、帰ったものの色で歌う歌である。



 白火は、一枚の皮膚を持たなかった。


 互いを焼く殻があった。

 焼かれた殻を拾う殻があった。

 そのどちらでもない色を掲げ、

 同じ暗さへ来る殻があった。


 痛みは渡らず、

 鍵は重ならず、

 名は名を拒んでいた。


 それでも、出生根はあった。


 水を抱く古い根だけではない。

 昼を囲う鏡。

 赤く乾いた結び目。

 雲を巻く大渦。

 環を載せた岸。

 横倒しに眠る青。


 殻を産み、

 火を満たし、

 道を測り、

 外の暗さへ白火を分けてゆく、

 ひとつながりの深さがあった。


 白火は一つではなかった。

 白火を生む深さは、一つであった。



 はじめの浅瀬で、白火は生み環の色を奪った。


 すべての白火を断つ色が重なった。

 すべて、という色だけが先に閉じた。

 すべてがどこまで続くかは、閉じなかった。


 のちに、残骸の沈む暗さから、

 サーイェトが一色だけを持ち帰った。


 奥行きを奪う殻。

 白火の古い骨に似て、

 白火の声を持たない殻。


 光を曲げ、

 深さを束ね、

 触れた殻を、砕かずに届かなくするもの。


 それが白火の遠い腕であったか、

 白火より古い暗さであったか、

 どの皮膚も閉じることができなかった。


 白火は、生み環の背後にも来た。

 守りの殻を割り、

 深い核を割らず、

 止まる言葉に似た振動を置いて退いた。


 話すために核を残したのか。

 残すものまで選べると見せるためか。


 同じ記憶から、逆を向く色が生まれた。


 待てば、白火はさらに深くなる。

 攻めれば、白火はさらに深く来る。


 全生み環は、三たび色を重ねた。

 待つ危険は、攻める危険を消さない。


 その一色だけが、ほどけずに残った。



 全生み環は、同じ重さを差し出した。


 深環ひとつ。

 環ふたつ。

 そして一身。


 その殻が、白火の出生根へ向いた。


 三環と三身は横へ流れ、

 外から来る重い白火を、外の暗さへ留めた。


 占めるためではない。

 残るためではない。

 古い水を、古いという理由で焼くためではない。


 道を切る。

 火を切る。

 殻を産むところを切る。

 眼と鍵と記憶が重なるところを切る。


 白火の個体ではなく、

 白火を次の白火へ変える深さを断つ。


 その共色は、

 個体を生かす管と、

 殻を産む管を、

 別のものとしていた。


 流れがまだ岸を越えぬうちから、

 裂け目はそこにあった。



 暗い岸がひらいた。


 偽りの熱が先に泳いだ。

 似せた重さが、眼を引いた。

 空の殻が撃たれ、

 撃った白火の外から、次の殻が生まれた。


 深環ひとつ、一環、二身と半身が、

 三本の弦になった。


 双環、三身、半身は、

 横倒しの青を鳴らす弦。


 三環、三身、双腕は、

 環の岸を鳴らす弦。


 三環、三身、

 一身から双腕を欠くものは、

 赤い結び目まで沈む弦。


 一本の腕が、浅いものから順に掴むのではない。

 三本の弦が、

 まだ遠い大渦で、

 同じ痛みを持つ。


 三本は、定めた震えに重なった。


 美しい色であった。

 美しいことは、正しいことではなかった。



 横倒しの青で、

 流れは、逃げる白火より先に、

 火の嚢を切った。

 眼を切った。

 殻の母型を切った。

 熱の幹を切った。


 白火は、動かぬものより、

 逃げる殻を守った。


 われらには、捨てたように見えた。

 白火には、持ち出したのかもしれない。


 ルーサェイは次の弦へ色を渡した。


 殻を追うな。

 殻が出られるところを先に切れ。


 環の岸で、

 港が沈んだ。

 道の核が沈んだ。

 水の戻るところが沈んだ。

 熱を捨てるところが沈んだ。


 個体へ眼は向けなかった。

 個体を包む環が、眼の前で裂けた。


 共色は破られなかった。


 ゆえに歌え。


 破られなかったことこそ、

 最初から開いていた裂け目ではなかったか。


 戦う声が去っても、

 救いを求める白火は増えつづけた。


 どの声が沈み、

 どの声が別の殻へ移り、

 どの沈黙がまだ生きていたか、

 流れは見なかった。


 見なかったものを、

 見えなかったものと同じ色にしてはならない。



 大渦で、三本の弦は一つの疼痛になった。


 七環と一腕。


 それだけの殻が、

 雲を巻く古い砦の前で、

 同じ傷を持った。


 白火の殻は、

 違う名を灯し、

 違う間で話し、

 違う鍵で火を許していた。


 その白火が、一つの射撃を持った。


 どの殻が命じたかは見えなかった。

 命じる殻が一つであったかも見えなかった。


 ただ、火は同じ時に来た。


 全生み環の殻は、

 外皮を一枚の膜にした。


 外の傷が内を守った。

 一つの疼痛が隣へ渡った。

 名を失った痛みが、

 誰のものとも閉じられぬまま、

 共同の皮膚へ沈んだ。


 三つの砦を割った。

 二つの砦から声を奪った。


 けれど、殻を産む腹は止まらなかった。

 火を巡らせる環も止まらなかった。


 ルーサェイは、

 浅い二本の弦から、

 帰る火を取り、

 傷の浅い皮膚を取り、

 記憶の複製を取って、

 深い弦へ渡した。


 渡したものは、帰れなくなった。

 攻める流れは、遮る流れになった。


 一環、一身、一腕が、

 大渦の内へ出た。


 白火は大渦を守った。

 全生み環の流れは、赤い結び目へ届いた。


 二つは、同じ疼痛の中で正しい。



 赤い結び目を見る前に、

 一身の殻が流れから落ちた。


 一環と一腕が、

 赤い深さへ入った。


 白火は、

 一身に一腕足りない弱い器官を重ね、

 何もない深さに震えを作った。


 殻を割る震えではなかった。

 殻が自由に曲がることを許さない震えであった。


 サーイェトの記憶から育てた浅い膜が、

 震えを左右へ流した。


 膜をひらけば、曲がれる幅は狭くなった。

 眼は濁った。

 熱を捨てる皮膚は閉じた。

 隣の殻も、同じ側へ逃げた。


 白火は、逃げられる深さを一つだけ残した。

 深い弦は、

 残された深さへ自らを集めた。


 白火がなぜ同じ深さを震わせたのか、

 その色は閉じなかった。


 暗い残骸から、白火へ戻ったのか。

 互いに見えぬところで、同じ深さへ触れたのか。

 白火が、自ら深くなったのか。


 三つの色は、今も皮膚の上で重ならない。



 近い昼を囲っていた鏡が、

 まだ来ていない昼を、

 逃げ道の先へ置いた。


 昼は、射たれてから来たのではない。

 流れが曲がるより先に、

 そこに待っていた。


 昼が外皮を閉じた。

 深さの震えが、避ける向きを揃えた。

 動かぬ牙が、露出した腹を焼いた。

 逆向きの火が、大きな殻を割った。

 声を持たない重さが、機関の骨を折った。


 一つの牙が、深い弦を閉じたのではない。


 昼。

 深さ。

 白火の殻。


 三つが、一つの射撃を持った。


 赤い結び目にも、

 一つだけ切れば沈黙する核はなかった。


 一つを切ると、

 別の点が同じ震えを持った。


 すべてを傷へ変えれば、

 傷はもっと深くなったかもしれない。


 そうすれば、

 大渦の一つの射撃も、

 鏡の待つ昼も、

 赤い深さの震えも、

 出生根へ戻らなかったかもしれない。


 ルーサェイは、

 一身と半身を外向きの流れにした。


 自らの鍵を分けた。

 全生み環の記憶を分けた。


 帰るものは、命令ではない。

 命令を、もう一度異なる色にできる記憶である。


 記憶は傷から分かれた。

 残った膜はほどけた。

 赤い結び目から、戦う流れは消えた。


 最後に渡された色は、短かった。


 白火は、出生根を攻められると、

 昼と深さを、自らの殻と同じ戦列へ置く。



 深環ひとつ、環ふたつ、一身が、

 暗い岸を越えた。


 半環と半身が帰った。


 暗い岸から、一身。

 大渦から、二身、半身、一腕。

 赤い結び目から、

 一身に一腕欠けたもの。


 帰らなかったものを、

 死んだものだけとは呼ばない。


 火を失ったもの。

 外皮を渡したもの。

 記憶を隣へ移したもの。

 遮る流れとなったもの。

 名のない疼痛だけを、

 共同の皮膚へ残したもの。


 白火の沈黙は数えられない。


 残骸は個体を数えなかった。

 救いを求める声は、

 生きているものと、

 まだ死んでいないものを分けなかった。


 われらが見たのは、

 応えなくなる深さ。

 増えてゆく声。

 外へ運ばれる白火。


 それより先は、白火の記憶にある。

 われらの色にはない。



 ある腕は歌う。


 差し出した重さが足りなかった。


 ある腕は歌う。


 分かれていた白火を、

 われらの痛みが一枚の皮膚にした。


 ある腕は歌う。


 個体を殺さず、

 個体を生かす深さだけを断つという色は、

 初めから閉じることのできない色であった。


 どの腕も、他の腕を切り落とせなかった。

 ゆえに、すべてが歌に残った。



 その後、

 白火の鍵は互いへ近づいた。

 救いを求める声も、

 殻の名も、

 勝ちを示す火も近づいた。


 われらが白火を一つにしたのか。

 白火が傷の中で一つを選んだのか。


 その色は閉じない。


 閉じるな。


 閉じれば、

 恐れがふたたび記録の形を借りる。



 全生み環の流れは、

 白火の出生根を断たなかった。


 白火も、

 生み環を戦いから退かせなかった。


 われらは、白火の未来を恐れた。

 白火は、われらの深さを恐れた。


 未来を閉じるために腕を伸ばした。

 伸ばした腕を、

 次の恐れの証として持ち帰った。


 深く傷つければ、

 戦いは浅いところへ戻る。


 白火も、

 われらも、

 その色を失った。


 だから皮膚で聴け。


 半環と半身が帰った歌を。

 帰らなかったすべてが、

 今も帰りつづける歌を。


 白火が色を奪い、

 万の腕がほどけぬ環となった歌を。

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