花の咲くまで
TroTro
第1話 死角
裕一の日常は、出張と残業の繰り返しだった。広告代理店に勤める彼は、取引先との調整や企画書の作成に追われ、帰宅は毎晩のように深夜を超える。結婚して三年。彼はそれが「普通」だと思っていた。仕事を頑張ることが、家庭を支えることだと信じていた。
「おやすみ。」
毎晩、優奈に送るその一言が、彼の愛情のすべてだった。返信はスタンプだけ。それでも、彼は気にしなかった。気にしようとしなかった。
ある夜、出張先のホテルで、彼はふとスマホのアルバムを開いた。結婚式の写真が出てくる。優奈は白いドレスを着て、満面の笑顔を浮かべていた。その笑顔を、彼は久しぶりに見た気がした。
「……元気にしてるか?」
彼は独り言を呟いた。それに対して、優奈は何も答えない。ただ、彼の腕の中にいたあの日の温もりが、ぼんやりと蘇るだけだった。
彼は、知らなかった。優奈が毎晩、リビングのソファで一人、テレビをつけたまま眠っていることを。彼女が、彼の帰りを待ちながら、「誰かと話したい」という寂しさを抱えていることを。彼は、仕事に追われることに精一杯で、妻の心の隙間を埋めることができなかった。
その隙間が、誰かの手によって開けられることを、彼はまだ知らない。
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