「そこの、寂しそうな足音のあなた!」
この一行で、もう逃げられなくなりました。
主人公・風見真白は、地元の大病院の娘。模試は一位、完璧な笑顔、生まれる前から敷かれたレール。何ひとつ不足のない毎日のはずなのに、肺が広がりきらないような息苦しさだけが消えない。そんな彼女を夜の寂れた商店街で呼び止めたのが、盲目のシンガー・音羽奏でした。
顔も表情も見ていない。ただ足音ひとつで、真白が必死に隠していた寂しさを言い当て、その場で即興の歌にして突きつけてくる。第1話のこの掴みが、とにかく強い。
この作品の何がすごいって、「盲目の少女を助けてあげる健常者の物語」に絶対ならないところです。
「私の目に、なってよ」と請われたはずなのに、実際に道を案内しているのは奏のほう。自販機の唸り、パン屋の匂い、橋を渡るときに変わる風。奏は目を使わずに、真白よりずっと解像度の高い世界を歩いている。見えてると、逆に見えなくなるものがいっぱいある――この台詞に殴られました。
やがて奏がねだる「今日見たもの、全部教えて」。真白が言葉にした夕焼けを、奏が歌に変えて返す。ふたりの間で世界がやりとりされていく第4話は、何度読み返しても泣いてしまう。目を開けたまま何も見ていなかった女の子が、世界の色を取り戻していく過程が、こんなにも眩しい。
そして中盤、その眩しさをまるごと踏みにじる展開が来ます。悪意ですらない、ごく当たり前の顔をした大人たちの無理解。ここは本当につらい。つらいけれど、ここを通らないとあの叫びには辿り着けないんです。
「医者になれば、いつかその子の目を治してやれるかもしれん」
善意でしかないこの提案に対して真白が返す答えが、この作品のすべてです。私はあの場面でスマホを持つ手が震えました。奏の世界を「治すべき欠損」として扱うことへの、全身全霊の否定。あそこで彼女が何を守ろうとしたのかを、どうか読んで確かめてほしい。
そして最終話。タイトルの「あなたの目になる」が、まったく想像していなかった形で回収されます。目になるって、そういうことだったのか、と。読み終えたあと、しばらく画面から目を離せませんでした。
文章も本当に上手い。真白の一人称が、音と匂いに開かれていくにつれて地の文そのものの温度が変わっていく。読者もいつのまにか、奏と同じ聴き方で世界を読まされている。
約8万字、一気に読めます。
やさしくて、まっすぐで、悔しくて、最後にちゃんと報われる。
誰かに「見つけてもらう」ことの尊さを描いた、最高の百合小説です。