物語を描く上で「人の命」という取り扱いをどうするか、というテーマに切り込んだ、大変興味深いエッセイです。
中でも「殺人」という行為を小説の中でどう描き、どう取り扱うか。
Web小説は創作初心者が特に入ってきやすいジャンルです。そしてその中にはそういった「殺人」に対して、あまりこだわらずに「面白ければいい」と軽い気持ちで執筆される若い方も多いかと思われます。
名作漫画、アニメなどは、あまりその傾向は強くありません。作家がキャラを描き、その出来栄えに思い入れができるから、というのもあるでしょう。
映画なんかだとさらに極端です。俳優一人一人が演じるわけですから、彼らは与えられた役どころの中でしっかりと殺され、その苦しみや痛みを演じ切ります。
あなたの作中で殺されるキャラクター、『雑に』死んでいませんか?
僕の拙作の中で、両親をテロリストに殺害された男子高校生が主人公になる話があります。彼は自らを「テロリストを殺すテロリスト」と定め、自らの手までをも血に染めながら、戦いを繰り返していくことになります。
「自分の立場を『殺人者』に貶めてでも、両親の仇を討つ」――筆者(僕)の思想が思いっきり反映された感じですが、確かに、中ボスは安っぽい敵、ラスボスは明確な思想を持っている難敵、みたいな差別化は図っています。
僕のいだいた考えとしては、「酷いことをした奴は、そのぶん酷い目に遭う(必ずしも殺害されるわけではない)」というものです。
かと言って、話を盛り上げるために主人公の相棒を殺害したりもするわけで、これは例外的なものだとも思います。
じっくり考える必要がありますね。執筆の中で、やたらと人を殺している僕のような人間は……。
自分は主人公が人の命を奪う小説に読み慣れているし、そのシーンの有無で特に印象は変わらない・・・と思っていました。
自分がどうかではなく、自分が書き手になった時に、他の読者がどう思うか、ですね。
また、自分自身でも本当に印象が変わっていないのかも疑問に思えてきました。
どこかで、その重みを、無意識にでも考えていたのかなと思い直しました。
今、主人公が人を殺しまくる物語と、主人公が人を殺さないようにしている物語を並行して書いていますが、話の進め方や展開に大きな違いがあります。
やはり、そういったことを意識していたのかな?と省みました。
いろいろ気付きを頂いた創作論でした。公開して頂きありがとうございます!
『キャラが人の命を奪うことについて』
とても大事な考察を読ませていただきました。
作品を投稿している方は、読むべきです。
創作の中の作中人物は、物語の中で生きています。
だから、その言葉の一語一語も
生きている。
作品を読んで、感動して涙するのは
作中のキャラが生きているからではないでしょうか。
・戦争を描いた作品
・弱肉強食の乱世を描いた作品
・復讐譚を描いた作品
これらの、多くの作品の中で
どうしてもキャラが亡くなってしまうシーンは
外せないかも知れない。
だけど、作者なりに
読者に与える影響を考えて
矜持を持って、創作していくことの大切さを
教えて頂きました。
大変参考になりました。
個人的には、「その行為に至る理由が、読者が納得できるものか?」ということなのかと思いました。
いわゆるバトルものなんかは、やはり殺し合いが前提となるストーリーですが、その行為が「復讐」「誰かを助ける」など読者が深く共感できるのであれば、それはアリなんだと思います。
ここで、読者が「え、なんで殺した?殺す意味あった?」って思ってしまうと、それは、倫理観のかけた内容だったり展開だったりしているんでしょうね。
ストーリーを紡ぎだす時に、読者がどう思うか?を考えなければならないというのを強く意識しないといけないな、と思いました。
あなたは自分の小説で何人登場人物を殺しましたか?私はミステリなどもあるせいで、7作で20人殺してました。
自分をラストで殺すのをやめるよう、主人公が作者を訪ねて来るという小説を書いたことがあります。私も時々登場人物を殺すのに忍びなく感じることがあります。皆さんはどうですか?
本作は、主人公がむやみに他人を殺さない方がいいということについての考察です。編集者さんからの忠告があったそうで、共感される主人公であるためには、たとえヒーローであっても、どのような状況ならよくて、どういう場合はよくないということについて書かれています。
これは少し考えさせられますよね。カクヨムの皆さんにおかれましては、必読の参考書ではないかと思います。
私が殺した20名の登場人物たちに、黙祷・・・。
創作の世界は、はっきり言えば「人殺し」に溢れかえっています。
宿命の敵との決戦、大悪党の成敗、咄嗟に或いはそうせざるを得なかった正当防衛、復讐の完遂、ネームドキャラに瞬殺される雑兵たち、理不尽の前に犠牲となる無力な人々。
殺す側と殺される側のキャラがどこまで作り込まれたものかに差異はあり、その死に様がどういうものかは色々あるでしょう。
しかし、戦いというものを描いたら、そりゃあもう殺し殺されがそこら中でバンバンあってもおかしくない。
そして、作者はネームドからモブキャラに至るまで、好きなように生き死にを決定できます。
だからこそ、キャラクターにどういう「人殺し」をさせるか―――物語と登場人物に厚みを持たせる上で、大切なことを説いた創作論だと感じました。
タイトルを見たときは、「命を奪う」という重いテーマだけに、少し身構えてしまいました。
でも読み進めると、それは単なる善悪の話ではなく、「物語を描く責任」や「キャラクターを生かすこと」について真剣に向き合った内容だと感じました。
創作では、ときに登場人物の命が物語を大きく動かすことがあります。
けれど、その一人ひとりにも人生があり、想いがあり、読者にとっては大切な存在です。
だからこそ、「命を奪う」という展開には、それだけの意味が必要なのだと改めて考えさせられました。
ぼくも探偵として事件に向き合うときは、「誰が犯人か」だけではなく、「なぜそうなったのか」を大切にしています。
このエッセイもまた、結果だけではなく、その過程や作者の覚悟に目を向けさせてくれる内容でした。
明智先生!
物語の中の命は架空のものかもしれません。
でも、読者の心に生きたキャラクターだからこそ、その一つひとつの選択には重みがあるんですね。
創作について改めて考えるきっかけを与えてくれる、読み応えのあるエッセイでした。
※少年探偵団・小林少年構文でレビューしてみました。