第10話 穏やかな時間
五十分間の確認テストが終わった。
「そこまで。」
担任の声と同時に、一斉に鉛筆を置く音が響く。
問題自体は難しくなかった。
今日一日で復習した範囲から、そのまま出題された内容がほとんどだった。
答案を回収した担任は、生徒たちを見渡して言う。
「この確認テストの順位はクラス内だけのものだ。」
教室が少しざわつく。
「順位は掲示しない。一人ひとりに個別で伝える。」
その言葉を聞いて、俺は心の中で安堵した。
(助かる。)
もし順位が教室に張り出されれば、また余計な注目を集める。
個別に伝えられるなら、その心配はない。
俺にとっては、それが一番ありがたかった。
放課後。
荷物をまとめた俺は、そのまま寮へ戻ろうと教室を出る。
「ねぇ。」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、紡希が小走りで近づいてくる。
「今日は一緒にカフェに行かない?」
「カフェ?」
「うん。学校の中にあるところ。」
神宮高校は、一つの街のような学校だ。
広大な敷地の中には、授業を受ける校舎だけではない。
図書館。
トレーニング施設。
コンビニ。
売店。
医務室。
そして、生徒用のカフェまである。
学校の外へ出なくても生活できるほど、設備が充実していた。
さらに、学生寮も完備されている。
五組と四組の生徒は基本的に寮生活となるが、それ以外の生徒や学校関係者も申請すれば利用できるらしい。
「どう?」
紡希が首をかしげる。
俺は少し考えたあと、小さく頷いた。
「いいよ。」
「やった。」
紡希は嬉しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
カフェは校舎から少し離れた場所にあった。
木目調の落ち着いた内装で、学校内とは思えないほど静かな空間だ。
二人で飲み物を注文し、窓際の席へ座る。
「こうして話すの、初めてだね。」
「教室以外ではな。」
紡希はストローをくるくる回しながら笑う。
「学校生活、少し慣れてきた?」
「ああ。」
「私はまだ慣れないかな。」
それから二人は、取り留めのない話を続けた。
授業のこと。
先生のこと。
クラスメイトのこと。
そして、神宮高校で行われる学校行事について。
「文化祭、かなり大規模らしいよ。」
「体育祭も順位に関係するって聞いた。」
「本当かな?」
「さあ。」
そんな何気ない会話が二十分ほど続いた。
戦うこともない。
順位を競うこともない。
神宮高校では珍しい、穏やかな時間だった。
やがて店内の時計が夕方を告げる。
「そろそろ帰ろうか。」
「ああ。」
二人は席を立ち、それぞれ飲み物を片付ける。
寮へ向かう途中、分かれ道で足を止めた。
「また明日。」
紡希は手を軽く振る。
「ああ。また明日。」
短く返事をすると、俺は自分の寮へ歩き出した。
夕日に照らされた校舎を眺めながら、ふと思う。
神宮高校に来てから、毎日が試験と競争ばかりだった。
そんな学校でも、こうして誰かと他愛もない話をする時間はある。
その小さな時間が、少しだけこの学校を「高校らしい場所」に感じさせてくれた。
しかし、その穏やかな日々も長くは続かない。
数日後に迫る一学期中間テストが、再び生徒たちを実力主義の世界へ引き戻そうとしていた。
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