第5話 婚約しました

「いずれ最高権力者となる僕に並び立つのであれば美しくなければなりません。2枚貝は大きさが不揃いでは成立しないでしょう?」


 そんな第一王子の鶴の一声で、婚約者として選ばれたのが、アイラでした。


「公爵家の秘する花、完璧なご令嬢ですか……。女なんてものは美しくさえあればいいから楽ですよね。隣でただ美しく微笑んでいればいい」


「彼女は学力や家柄も申し分ないでしょう」


 宰相や大臣たちも後押ししました。


「学力は必要ありませんが、家柄は大事ですね。彼女ならば、この僕が結婚してあげるぐらいの値打ちがあるでしょう」


 第一王子はアイラの写真を見て満足そうに唇を釣り上げて笑いました。


「公爵家であれば貞淑さは殆ど担保されたようなもの。清らかで美しい花ほど手に入れた時の幸せは勝りますから」


 公爵家の意思は全く反映されないまま、国内最高権力達によってそれは決定されました。彼らからすれば、公爵家も少し力の強い国家の駒にすぎません。


「アイラ、昨日の会議であなたが第一王子の婚約者に選ばれたと通達がありました」


 アイラの母親は眉を下げました。


 (アイラは公爵様に似てあまりにも美しいですものね……アイラがどう頑張っても政略結婚の駒にされてしまいますわ……)


 アイラの母親は、彼女が産まれた時から薄々分かっていました。アイラの意思で結婚相手を選べないことを。


「第一王子は、ありがたくも正妻としてアイラをお望みだそうですよ。我が国の法律に則り、それ以外の妻は娶らないとの言質をいただいております」


 父親は苦々しい顔をしながら言いました。


 (十数年ほど前に一夫一妻となったのは、一夫多妻では法の下、全ての妻を平等に遇さなくてはならず、金品や手間の問題からそれを煩わしく思った貴族が多かったからでしたが……。あの頃、複数人いる妻達の序列争いによって幼い令息や令嬢の暗殺が立て続けに起こり、それを機に法改正の動きが活発化したこともありますけれど)


 何を隠そう、その法改正に尽力したのが彼でした。


 (法改正後の問題は、結婚契約により平等に扱わなければならない煩わしさから解放された貴族達の一部がそれを悪用し、ここぞとばかりに若い女や男を誑かして妾にしていることでしょうか)


 父親は深いため息をつきました。


 (その中で、王家の調査により我が公爵家が他家と比べきちんとした教育を行えていると判断されたならば、これはきっと良いことなのでしょうね)


「ありがたいことですわね。謹んでお受けいたします」


 美しく微笑んだアイラは、(つまりは誰よりも自慢できるトロフィーワイフが欲しいってことですわね。分かりやすい方ですこと)その若さゆえ、実に不敬なことを考えていました。


「おめでとうございます!」


 (アイラ様はどう見ても綺麗だよな!魚の鱗並みだし。そりゃ王家に嫁ぐことになってもおかしくない)ユアンだけは、アイラの美貌が正しく国内一であったことに感心していましたが。


 アイラはユアンに向かって微笑みました。


「婚約が成立しましたから、近日中に、親睦を深めるためのお茶会が行われるそうです。支度しておいてください」


「承知いたしました」


 そうして招待されたお茶会に、アイラとユアンは出かけたのです。アイラは第一王子の婚約者として、ユアンはその専属侍女として。




 婚約後初のお茶会は和かに話が進みました。


 (知識は豊富で社交にも長けていらっしゃる……第一王子としてきちんと王家の教育は受けておられるようですね。あの噂の信憑性が増してきましたわ。教育が失敗となったわけではなく、自身の持つ能力で後ろ暗い欲望を叶える方向に快楽を見出していらっしゃるのかしら)


 アイラは美しい微笑みを絶やさぬまま、ずっと第一王子を観察していました。


 (品行方正を本当の意味で実践できる者は多くありませんが、アイラ公爵令嬢の経歴や噂を洗ってもどうやら間違いではない様子。そんな彼女の本性が知りたいものですねえ)


 第一王子もまた、そつがない笑顔でアイラを観察していたのです。


「ところでアイラ公爵令嬢、あなたが欲しいものを教えていただけませんか?美しい婚約者にお近付きの印として、この機会に何か差し上げたいのです」


 (さて、鬼が出るか蛇が出るか)


 アイラはまるで花咲くような笑顔を浮かべました。


「まあ!それでは……!私の専属侍女にユアンという者がおりますの。王家に嫁いでからも、是非、彼女を私の専属侍女として側に置かせていただきたいのです」


 頬は火照り、目は興奮で潤んでいます。


 (へえ……予想とは違った答えですが、これは彼女の本心のようですね)


 アイラは止めとばかりに、胸の前で手を組みました。


「どうかお願いいたします」


 (欲しいものが高価な宝石や装飾品、ドレスではないどころか、本格的な結婚準備段階で必要な過程において必ず王家の精査が入る侍女の人事問題への要求ですか。悪くはありませんね。公爵家の令嬢は賢いとも聞いていましたが、素直で知識だけ多いタイプの才女でしたか。僕の邪魔になりそうにはありませんね)


 王子は満足しました。


 (僕の婚約者は、少なくとも、すぐにはボロを出さない程度に品行方正に見せかけるだけの知性はあるようですし、このまま結婚の話を進めてもいいでしょう。やはり女は見た目と家柄ですね)


 大体昔から、金と女は家長の財産として扱われてきたのです。


 (趣味嗜好など、本人が着ているドレスや髪飾りを見れば分かりますから、わざわざ要求を聞くということは、私の性格や人格を見るための試練に他なりません。私のことは散々お調べになったでしょうに、本当に疑り深いお方ですわね)


 和かながら気は抜けない、それが王宮です。


 (それに……。過去の事例をいくつか調べましたけれど、男爵令嬢では、王家の婚約者が希望しても、王家からは専属侍女としての許可が出ない事が多いようですから。念には念を入れないと)


「それがあなたの希望であるならば、勿論」


 王子は涼しい顔で答えました。


 (それぐらいであれば、大臣を何人か説得し、王宮内の侍女長に下級貴族への理解も深い者を推薦すれば叶うでしょう。初めての婚約者の希望にすら応えられないのは不名誉ですから)


 意外にも、王家の名誉に関わる問題でした。


 そう考えると、この希望は、普通の花やアクセサリーより、よほど高額なおねだりとも言えました。将来のユアンの給金を、王家が払うことになるからです。


 お茶会の帰り、アイラは終始ご機嫌でした。


「ユアン。私が結婚しても、あなたを王宮に連れて行けることが決まりましてよ」


 (これで、ユアン様を王宮内でも堂々とお側に置くことができますわ……!)


「アイラ様、まだ決定はしてませんよ。落ち着いてください」


 (なんか、いつもに増してキラキラしてるな?)


「いいえ、ユアン。王家が要求を聞くという事はね、この希望は必ず叶えられるのです。王家にとっても無理ない範囲の希望なはずですし、王子様の沽券にかけても許可してくださるはずだわ」


 (まさか、それすらも理解していない無能ではないでしょう。お茶会の印象だとそれなりでしたから)


「そうでしょうか……」


 (狼の群れでも、ボスの子がボスになるとは決まってないけどな?)


 ユアンは少し首を傾げました。


 (それに、さっきの茶会はキラキラした2人がお菓子挟みながらキャッキャウフフしてただけにしか見えなかったし、大したこと考えてないだろ)


「今日は絶対にああいうことを聞かれる機会があると思っておりましたから、私、その時のために、ずっとあのセリフを用意しておいたのです」


 テーブルの真ん中に積まれていたお菓子のことを考えていたユアンは驚きました。


「えぇ……。男爵令嬢の私が王宮勤めにまでなったら異例の昇進ですから、周りの上級貴族様方が煩そうですけど」


 (飯さえ食えれば昇進しなくていいんだよなー)ユアンはもう十分にご飯が食べられるので。


「だから今回のタイミングでお願いしたのです。もう私たちの勝ちは確定したも同然と言えますわね」


 (私たち……?あっ!確かに!アイラ様が結婚していなくなったら給金をくれる人がいなくなる!そしたら飯が食えない!そういうことかー!!!)


 ユアンは第一王子が頑張ってくれることを祈りました。


「王宮の決定が出てから喜ぶことにいたします」


 (ボスの子なら遺伝子は似てるだろ!頑張れ!やれば出来る!私の飯のために!)


 ユアンは現実的でした。アイラがこうは言っていても、王宮内の会議では、ユアンの身分や能力、若さなどを理由にそれなりに反対されることは目に見えていましたから。

 ついでに容姿も。


 ユアンも流石に10歳にもなれば、多少ふくよかであるがゆえに周囲から揶揄されることや、それがアイラの評価にまで関わり始めてきていることを理解していました。


 顔はそれなりに整っていますし、それが化粧により更に引き上げられることは、もう教養の習得中に実践済みでしたが、体形はそろそろ自分で絞らなければなりません。


「ユアンは、男女どちらの装いにも合わせられるよう、男装用、女装用両方の化粧の仕方を学びましょうね」


 ユアンは、そう言いながら色々と仕込んでくれた教養の教師の顔を思い浮かべていました。


「ユアンは男装用の化粧を施すと、元々の凛々しさが引き立ちますからね」


 アイラもしたり顔で数々の化粧品を手配してくれているのです。今でも。


 (飯が食えなくなるのもマズいけど、私のせいでアイラ様の評価が下がったら申し訳なさすぎるな。うわー、明日から運動メニューを増やすしかない!食事も勿体無いけど少し減ら……すか……)ものすごく渋々ではありましたが、ユアンは固く決意しました。


 アイラが本気でそれを望むのであれば仕方ありません。


 ユアンはアイラの侍女ですから。


 (王宮に勤めても変じゃないぐらい……せめてアイラ様が恥ずかしくないぐらいには努力しなきゃな)


 ユアンは本当に努力家なのでした。

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