第4話 私はもう死にます

 紅亜くれあはスマホの中に映るその光景に、コップを取り落とした。

 飲み干して空っぽになっていたコップは、コロコロとちゃぶ台の上を転がって畳の上に落ちる。


『ふふふ、みなさん。これからどうやって剥製にするか見せてあげるわね。まず、このモンスターを使います』


 ミエスタが指をパチンと鳴らすと、茎を切られた植物のモンスターが再び動き始める。

 そして、切り口から新たな茎とツタが生えてきて、そのツタが倒れている澄見歌すみかへと伸びて行った。

 ツタは澄見歌すみかの腹部に空いた穴からぬるりと体内へと侵入していく。


〈え、待てこれどうなるんだ〉

〈スミー死んじゃった〉

〈まじかスミーは死なないと思ってたのに〉

〈モンスターにスミーの死体を喰わせてるのか〉


 ミエスタは澄見歌すみかの血で汚れた自分の腕をペロペロと舐めながら笑った。


『まだ死んでないってば。これから生きた剥製にするんだから』


〈ミエスタってあれか、人間の剥製を作って変態の金持ちに売って回ってるあの犯罪者か〉


『せいかーい。ふふふ。心配しなくても身体は修復するわ。このモンスターの名前はヴォブローノ。こうやって人間の身体に寄生する植物よ。寄生主が死んじゃうと困るから、綺麗に直してくれるわよ。ただし……』


 ミエスタは倒れている澄見歌すみかの顔を血で濡れた指で撫でる。

 頬に血の跡がついた。


『お化粧してあげようかしら』


 床にこぼれた澄見歌すみか自身の血液を指の先につけると、それを澄見歌すみかの唇に塗っていく。

 そしてその指を今度は自分の口に持ってきてペロリと舐めた。


『ふふ。身体は治るんだけど、精神は十日ほどであの世行き。ただし、身体は生き続ける。命令をよく聞く生きた人形になるの。高く売れるのよね、これが。若くて美人なら特に。今回は日本人のオーダーだったの。ふふ、運が悪かったわね、たまたまここにいただけなのにね』



 紅亜くれあと一緒にスマホを見ていた小梅がふひひ、と笑った。


「おもろー。なんやこれ。人間っちゅうのはほんま、変態がいっぱいおるからなー。な、紅亜くれあ?」

「アアアアアアアアアアア」


 紅亜くれあはスマホを指さすと、おかしな声を発した。


「なんや紅亜くれあ、どうしたんや?」


「アアアアアアアアアアアアアアアア!

 イイイイイイイイイアアアアアアアアアアアア!!

 ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 カカカカカカココココココケキャキャキャキャ」


「おい、しっかりせえや」


「ごぼぼっぼぼぼぼっぼぼぼ

                    ばぶぶぶぶぶっぶ

   ぴああああああ

         ほあっほあぁぁぁぁぁぁ

 ぱぴぴぴli~~~~~~~~

 ぴゃあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!」


 紅亜くれあの目からドバッと涙があふれ出した。


澄見歌すみかちゃんがああああああああああああああああ

 ひゃあああああああああああああああああ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」

「おいおい、紅亜くれあ、頼むでしかし。まずこれ飲めや、頭をすっきりさせな」


 小梅が畳の上のコップを拾い上げると、そこに一升瓶から酒を注いで紅亜くれあに渡す。

 紅亜くれあはそれをグビグビグビと飲みほした。

 なんの味もしなかった。

 胸がぎゅうぎゅうと痛い。

 視界がグラグラと揺れる。

 推しが……。

 推しが…………!

 私の推しが…………!


「おい……?」


 小梅が心配そうに紅亜くれあの顔を覗き込んでくる。

 その小梅が持っていた一升瓶をひったくると、紅亜くれあは直接口をつけてラッパ飲みした。

 味のしなくなった液体をゴクンゴクンと喉を鳴らして胃袋に流しこむ。

 八分目まで残っていた一升瓶の酒を一息で飲み切った。

 でも、全然酔わない。

 酔いではなく衝撃と悲しさが紅亜くれあの頭の中をぐるぐるまわっている。


「アアアアアアアアアアアアアアアアア」

「またかいな! おいおい、気をしっかり持て!」

「まだ死んでないって言ってた! 言ってた! 警察! 警察ぅぅぅ」


 紅亜くれあはちゃぶ台の上のスマホを手に取ると、震える手でタップする。

 110、と押すだけなのに、指の狙いが外れてしまう。


『ポーン。ただいまから、午後6時14分ちょうどをお知らせします。ポ、ポ、ポ、ポーン』


「ちがうううう」


 もう一度スマホをタップ。

 今度はちゃんとつながった。


「はい、警察です。事件ですか、事故ですか」


「事故ですすすいや事件事件事件事件」

「落ち着いて。場所はどこですか」

「し、し、新宿のダンジョンで」


 スマホの向こうで、警察官がため息を吐いた。


「あの、お気の毒ですが、ダンジョンの中は国際条約で人類の共有地となっておりまして、日本の法律が適用されません」

「ああああああでもでもでもでも澄見歌すみかちゃんが悪い人に襲われれれれてててててててぇぇぇぇ」

「申し訳ございません。お力になれません。個人で救助隊を要請するなら、日本探索者協会、もしくは日本探索者互助連盟にお電話されては?」


 ピ、ポ、パ。


「はい、日本探索者協会です」

「あのあのあの、知り合いがダンジョンで遭難して」

「そうですか! わかりました。では早速救助隊を結成して救助に行きます!」


 それを聞いて紅亜くれあはやっと「はふう」と息を吐いた。


「あの、場所は新宿のダンジョンで」

「はい、その前に、費用の説明があります。まず、協会への前金で1000万円必要です。そして救助隊一人につき、これも前金500万円。成功報酬も500万円。最低5人のパーティを組みますから全部合わせて6000万円。キャッシュでお支払いいただけますか?」

「はわ?」


 紅亜くれあは無職でニートである。

 小梅に毎月お小遣いで一万円もらっているが全部鬼ころしに変わっているから、一円もない。


「あのあのあの、今から頑張って働くので、35年ローンできますか?」

「前金ですので、前金分だけでも最低3500万円は現金でいただかないと」

「リボは?」

「駄目です」

「あのあのあの、今から風俗で働くので」

「……資産をお持ちのご家族はいらっしゃらないのですか?」


 それを聞いた紅亜くれあはすがるような目で小梅に尋ねる。


「あの、小梅ちゃん、3500万円ある?」

「あんた、モンスターに何言っとるんや」

「でも小梅ちゃん家賃収入あるでしょ」

「あの風呂トイレなしのボロアパート、月に2万円で貸してるんやで。しかも死んだお前のじいさんの弟名義で金取ってるから実は違法や。家賃収入なんて微々たるもんだし、あのアパートが倒壊したらあたしはともかくお前が餓死するくらいの状況や。貯金なんてない!」


 その会話が聞こえていたのか、電話はいつの間にか切れていた。


 ピ、ポ、パ。


「はい、日本探索者互助連盟です」

「あの、推しの……いや、友だちがダンジョンで遭難して……!」

「すみません、先日、救助に失敗してうちの探索者チーム、壊滅状態なんですよ。立て直すのに数年かかりそうです」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ! フガシ! フガシ! フガシ!」

「え、あの、大丈夫ですか?」

「やだああああああああああああああああああたすけてええええええええええええええ」

「あの、お大事に……失礼します」


 通話が切れると、スマホの画面が配信に戻った。

 その中ではミエスタが嬉しそうに話している。

 

『実はまだこの子、意識はあるの。意識を持ったまま、ジワジワと剥製になっていくのよ。ふふふ、苦しませてじっくりと時間をかけるほどいい剥製になるのよね。しっかり十日間熟成させるわよ』


 澄見歌すみかちゃんが死んだら、私も死のう。

 死ぬしかない。

 生きてる望みなんて、もうない。

 いや、もう今死んじゃおう。


 紅亜くれあは衝動的にそう思って、自分で自分の首を絞め始めた。

 そんなんで死ねるわけがないのに、もう頭の中がぐちゃぐちゃになってなにもわからない。

 そんな錯乱した紅亜くれあを見て、小梅が慌てた声を出した。


「待て待て待て待て! なにやっとんのや、あたしの子孫はもうお前しかいないんや死ぬなんて許さへんで」

「ごめん小梅ちゃん、私はもう死にます。お墓にはお酒を供えてね。じゃあ、さようなら」

「待て待て待て! なんや、新宿なら電車ですぐやろ! 自分で助けに行けばええ! お前にはその力があるんや!」

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