一夜を共にした相手を《最強育成》できる俺、外れ職の美女たちを伝説級へ導きます ~俺だけに見えるスキルツリーで、隠し職も選び放題~
月瀬リュカ
第1話 裏切り
結婚式が始まるはずだった時刻を、もう三十分も過ぎていた。
けれど、花嫁は現れなかった。
「新婦様とは、まだ連絡がつきませんか?」
式場のスタッフが、何度目か分からない質問をしてくる。
「……はい」
俺はスマートフォンを握ったまま答えた。
画面には、何度かけても応答のない通話履歴が並んでいる。
メッセージも既読にならない。
控室の鏡には、白い礼服を着た三十一歳の男が映っていた。
今日のために仕立てた服だ。
これを着て彼女の隣に立ち、新しい人生を始めるはずだった。
両親には先に事情を説明し、招待客にも別室で待ってもらっている。
まだ何かの間違いだと思いたかった。
寝坊したのかもしれない。
事故に遭ったのかもしれない。
急に怖くなって、どこかで動けなくなっているのかもしれない。
理由はいくらでも考えられた。
ただ、彼女が俺を裏切ったという可能性だけは、考えたくなかった。
「マコトさん」
控室の扉が開いた。
入ってきたのは式場のスタッフではなかった。
暗い色のスーツを着た二人の男女。
一目で、祝いに来た人間ではないと分かった。
「警察の者です。少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか」
「警察……?」
胸の奥が冷たくなった。
「彼女に何かあったんですか?」
二人はすぐには答えなかった。
互いに目を合わせたあと、男性のほうが静かに告げた。
「あなたが結婚する予定だった女性について、確認したいことがあります」
「確認?」
「その女性は、あなたに本名を名乗っていなかった可能性があります」
言葉の意味を理解するまで、少し時間がかかった。
「……本名ではない?」
「現在、複数の男性を狙った詐欺事件への関与が疑われています」
何を言われているのか分からなかった。
いや。
言葉の意味は分かる。
ただ、それが自分の人生と結びつかなかった。
「詐欺って……何の話ですか。今日は俺たちの結婚式ですよ」
「非常に申し上げにくいのですが、結婚の意思があったとは考えにくい状況です」
「そんなはずはありません」
考えるより先に否定していた。
「俺たちは二年も付き合っていたんです。両親にも会わせました。新居だって、一緒に探して……」
「新居の契約費用は、彼女が管理していた口座へ振り込みましたか?」
喉が詰まった。
結婚資金と新居の費用。
彼女は、自分がまとめて支払うと言っていた。
俺は疑わなかった。
これから家族になる相手へ、大金を預けることに抵抗を覚えるほうがおかしいと思っていた。
「確認したところ、その口座からは、すでにほぼ全額が引き出されています」
「……嘘だ」
「単独ではなく、協力者の男性がいる可能性もあります。現在、二人の行方を――」
「待ってください」
それ以上、聞きたくなかった。
けれど、耳を塞ぐこともできなかった。
「協力者って、誰ですか」
「まだ断定はできません」
「彼女とは、どういう関係なんですか」
二人は答えなかった。
その沈黙だけで十分だった。
俺ではない男がいた。
彼女はその男と一緒に、俺から金を奪った。
二年間の思い出も。
将来について語り合った時間も。
俺の両親へ向けてくれた笑顔も。
すべて、今日のために用意された嘘だった。
「……彼女は、一度でも俺と結婚するつもりがあったんでしょうか」
「現時点では、何とも申し上げられません」
否定されなかった。
けれど、それは肯定よりも残酷だった。
俺は、何かを間違えたのだろうか。
高価な贈り物を求められたわけではない。
派手な生活をしていたわけでもない。
彼女はいつも、将来のために節約しようと言っていた。
俺の仕事が忙しいときには、身体を心配してくれた。
俺は、その言葉を信じた。
疑う理由など、一つもなかった。
だからこそ、最初から最後まで何も見抜けなかった。
気がつくと、俺は白い礼服のまま式場を出ていた。
誰かに呼び止められた気もする。
両親に何か言われたかもしれない。
何一つ、覚えていなかった。
空は晴れていた。
結婚式を挙げるには、これ以上ないほどの天気だった。
繁華街には多くの人が行き交っている。
休日を楽しむ家族。
腕を組んで歩く恋人たち。
笑い合う若者。
俺だけが、違う世界に取り残されたようだった。
スマートフォンが震える。
母親からの着信だった。
出なければならない。
心配をかけてはいけない。
そう思っているのに、指が動かなかった。
着信が途切れる。
少しして、今度は父親から電話がかかってきた。
俺は電源を切った。
もう誰の声も聞きたくなかった。
自分が騙されたことより、彼女を信じていた自分が恥ずかしかった。
何か兆候があったはずだ。
俺が見ようとしなかっただけだ。
彼女が好きだったから。
これからも一緒にいたかったから。
信じたいものだけを信じた。
その結果が、これだ。
「……馬鹿だな、俺」
誰にも聞こえない声で呟く。
足元を見たまま歩き続けた。
信号が何色だったのかも覚えていない。
靴の下から、歩道とは違う硬い感触が伝わってきた。
次の瞬間、耳をつんざくようなクラクションが鳴った。
「危ない!」
誰かが俺の腕をつかんだ。
強い力で身体を引かれ、後ろへよろめく。
目の前を車が走り抜けた。
少しでも遅れていたら、まともに轢かれていた。
「何やってるんですか!」
肩を抱くようにして支えてくれた男が、鋭い声を上げた。
俺より若い。
二十代半ばくらいだろう。
整った顔立ちに、明るく染めた髪。派手ではあるが、清潔感のある服を着ている。
「すみません……」
「すみませんじゃないでしょう。怪我は?」
「大丈夫です」
「本当に?」
男は俺の顔を覗き込んだあと、白い礼服へ目を落とした。
さすがに事情を察したらしい。
怒っていた表情が、わずかに曇る。
「結婚式……ですよね、その格好」
「はい」
「新郎が一人で、こんなところを歩いてるんですか?」
「……来なかったんです」
「え?」
「花嫁が」
自分で口にして、ようやく実感した。
俺は今日、結婚できなかった。
愛した女性は、最初から存在しなかった。
「結婚詐欺だったそうです。金を持って、別の男と逃げました」
「……それは」
男は言葉を失った。
同情されたくなかった。
けれど、今は馬鹿にされても怒る気力さえなかった。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「待ってください。その状態で一人にできませんよ」
「大丈夫です」
「さっき車道へ出てた人の言葉は、信用できないです」
信用。
今、一番聞きたくない言葉だった。
それでも、男は俺の腕を離さなかった。
俺がまた倒れたり、車道へ出たりしないように支えている。
「俺、ノアっていいます。これから仕事なんですけど、少しくらいなら遅れても平気なんで」
「仕事に行ってください。俺は本当に――」
言葉を最後まで続けることはできなかった。
足元に、白い光が浮かび上がったからだ。
「何だ、これ……?」
ノアが驚いて周囲を見回す。
光は細い線となり、複雑な紋様を描いていく。
円。
文字。
見たことのない記号。
俺たち二人を中心として、巨大な魔法陣のようなものが完成していた。
通行人たちが足を止める。
悲鳴が聞こえた。
「離れたほうがいい!」
ノアが俺の腕を引く。
だが、もう遅かった。
足が地面から離れない。
白い光が一気に強くなり、視界が塗り潰される。
身体が落ちるような、浮かび上がるような、不思議な感覚に襲われた。
「くっ……!」
ノアが俺の腕をつかんだまま、反対の手で俺の身体を支える。
直後、足元の感触が消えた。
何も見えない。
何も聞こえない。
自分が立っているのかさえ分からなかった。
時間にすれば、ほんの数秒だったのかもしれない。
けれど、永遠のように感じられた。
やがて光が弱まり、ぼんやりと周囲が見えてくる。
最初に視界へ入ったのは、巨大な石柱だった。
その向こうには、見上げるほど高い天井がある。
床には先ほどと同じ魔法陣が描かれ、俺たちを囲むように大勢の人間が立っていた。
金属鎧を身に着けた騎士。
白い法衣をまとった神官。
豪華な衣装を着た男女。
正面には、一段高くなった場所がある。
そこに立つ初老の男は、頭に王冠を載せていた。
映画の撮影ではない。
そう思わせるだけの重苦しい空気が、その場にはあった。
「成功した……」
神官の一人が、震える声を漏らした。
「勇者召喚が成功したぞ!」
召喚の間に歓声が広がった。
「勇者様!」
「アルフレア王国に、ついに勇者様が!」
何人もの人間が歓喜している。
俺たちには意味の分からない言葉のはずだった。
少なくとも、聞いたことのない言語だった。
それなのに、なぜか内容を理解できる。
「……勇者?」
隣にいたノアが呟いた。
「俺たち、本当に異世界へ召喚されたのか?」
王冠をかぶった男が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「突然の召喚、さぞ驚かれたことでしょう」
穏やかな声だった。
「私はアルフレア王国を治める者。まずは、我らの呼びかけに応じてくださったことへ感謝を――」
言葉の途中で、王が動きを止めた。
俺とノアを交互に見ている。
周囲の神官たちにも、困惑が広がっていた。
「……二人?」
誰かが呟いた。
「召喚される勇者は、一人だったはずでは?」
「しかし、魔法陣の中に現れたのは二人です」
「どちらかが勇者なのか?」
歓迎の空気が、少しずつ戸惑いへ変わっていく。
ノアが俺の腕から手を離した。
「二人とも呼ばれた、ということじゃないんですか?」
「その可能性はございます。しかし、召喚の儀式は勇者一名を対象としたものでした」
神官の一人が、床の魔法陣を調べ始めた。
俺は周囲を見回した。
理解が追いつかない。
ほんの少し前まで、日本の繁華街にいた。
結婚式が失敗し、すべてを失ったと思っていた。
今度は、異世界だという場所へ連れてこられた。
「マコトさん」
ノアが俺を見て、眉を寄せた。
「何ですか」
「いや……その顔」
「顔?」
「さっきと違いませんか?」
何を言っているのか分からなかった。
ノアは近くにいた騎士へ声をかけた。
「鏡、ありますか?」
言葉が通じたことに驚きながらも、騎士は神官へ視線を向けた。
許可を得たあと、部屋の端から姿見が運ばれてくる。
「これを見てください」
促されるまま、鏡の前へ立つ。
そこに映った自分の顔を見て、息を呑んだ。
「……誰だ?」
白い礼服を着ている。
髪形も、自分のものだ。
目元や鼻筋にも、確かに元の面影がある。
それでも、三十一歳だった俺の顔ではない。
肌から疲れが消えている。
目元のわずかなしわもない。
頬の輪郭も若い。
まるで十一年前――二十歳頃の自分へ戻ったようだった。
「若返ってる……」
頬へ触れる。
鏡の中の男も、同じ動きをした。
「マコトさん、何歳だったんですか?」
「三十一です」
「三十一?」
ノアは驚いたあと、改めて俺の顔を見た。
「どう見ても、俺より年下ですよ」
「ノアさんは?」
「二十四です。俺のほうは、ほとんど変わってないと思います」
ノアも鏡を確認する。
確かに、彼の姿に大きな変化はないようだった。
なぜ俺だけが若返ったのか。
神官たちにも分からないらしい。
ただ、勇者召喚によって異世界人の肉体が、この世界へ適応した可能性があるという。
説明を受けても、現実感はなかった。
「まずは、どちらが勇者様なのか確認させていただきたい」
王の傍らにいた神官が、一歩前へ出た。
騎士たちが、台座に載せられた透明な水晶を運んでくる。
人間の頭ほどもある大きさだった。
「こちらは、職業と戦闘能力を確認するための鑑定水晶です。手を触れていただければ、結果が表示されます」
ノアが俺を見る。
「どっちからやります?」
「助けられたのは俺です。ノアさんからどうぞ」
「それ、関係あります?」
ノアは困ったように笑った。
その笑顔には、今まで知らなかった場所へ放り出された不安が見えた。
それでも俺を安心させようとしているのだろう。
命を助けてくれたうえ、召喚に巻き込まれた俺を気遣ってくれている。
信頼していい人間なのかもしれない。
そう思いかけて、すぐに打ち消した。
今日まで、彼女のこともそう思っていた。
ノアが水晶の前へ立つ。
「触るだけでいいんですよね?」
「はい」
右手が水晶に触れた。
次の瞬間、まばゆい金色の光が部屋中へ広がった。
水晶の上に、光の文字が浮かび上がる。
【名前:ノア】
【職業:《勇者》】
【戦闘適性:極めて高い】
【剣術適性:極めて高い】
【魔法適性:光】
【固有技能:《勇者の加護》】
一瞬の静寂。
それを打ち破るように、歓声が上がった。
「勇者様だ!」
「間違いない!」
「アルフレア王国が待ち望んだ勇者様だ!」
騎士たちが次々と膝をつく。
神官たちも頭を下げた。
王の顔にも安堵が浮かんでいる。
「ノア様。あなたこそ、我々が召喚した勇者様です」
「俺が……勇者?」
ノア自身も、まだ信じられないようだった。
当然だろう。
さっきまで、日本で仕事へ向かっていた普通の男だ。
それが突然、異世界で勇者と呼ばれている。
「では、もう一人の方も」
神官の声で、歓声が少し静まった。
全員の視線が俺へ集まる。
ノアが勇者なら、俺は何なのか。
同じ場所に召喚され、若返りまでした。
俺にも、何か特別な力が与えられているのかもしれない。
ほんの少しだけ、期待した。
結婚詐欺に遭い、人生を失った。
けれど、若い肉体を与えられ、異世界でやり直す機会を得た。
これまでのすべてを忘れ、新しい人生を始められるかもしれない。
俺は水晶の前へ立った。
表面に右手を触れる。
淡い光が灯った。
ノアのときとは比べものにならないほど弱い光だった。
【名前:マコト】
【職業:《同行者》】
【戦闘適性:低い】
【剣術適性:低い】
【魔法適性:なし】
【戦闘技能:なし】
それだけだった。
勇者のときのような歓声は起きない。
誰も、何も言わなかった。
「《同行者》……?」
神官が困惑した声を漏らす。
「そのような職業は、聞いたことがありません」
「戦闘技能もないようだ」
「では、この方は勇者ではないのか?」
「おそらく、召喚に巻き込まれただけかと……」
悪意のある言葉ではなかった。
ただ事実を確認しているだけだった。
だからこそ、胸へ突き刺さった。
ノアが《勇者》で。
俺は《同行者》。
まるで、ノアについてきただけの人間だと言われているようだった。
「待ってください」
ノアが声を上げる。
「マコトさんは、俺が巻き込んだんです。車道から助けたとき、腕をつかんでいました。たぶん、それで一緒に……」
神官たちが顔を見合わせる。
「身体が接触していたため、召喚術が同一の対象だと誤認した可能性があります」
「では、やはり勇者様はノア様お一人」
「この方は、本来の召喚対象ではなかったのでしょう」
俺は水晶から手を離した。
期待するべきではなかった。
昨日まで普通の会社員だった人間が、異世界へ来ただけで特別になれるはずがない。
若返っただけでも、十分すぎる奇跡なのだろう。
「マコトさん」
ノアが心配そうに声をかけてくる。
「俺は大丈夫です」
「でも――」
「あなたのせいじゃありません。助けてもらわなければ、俺は車に轢かれていました」
巻き込まれたとはいえ、命を救われたことに変わりはない。
それでも、周囲の視線が痛かった。
つい先ほどまで、二人の勇者が現れたのではないかと期待されていた。
だが、結果は違った。
一人は、国中が待ち望んだ《勇者》。
もう一人は、戦闘の才能すら持たない《同行者》。
結婚式では、花嫁に選ばれなかった。
異世界では、勇者に選ばれなかった。
結局、俺はどこへ行っても同じらしい。
水晶に浮かんだ文字を見つめる。
【職業:《同行者》】
それが、この世界で俺に与えられた最初の職業だった。
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