アイアイヤ

@shibarakushiba

第1話気づいたら20年前の平成にタイムスリップしていた件

「AIは、現代に蘇った魔法の杖だ。いや、打ち出の小槌と言ったほうが正しいか」

俺、相場愛也(あいば・あいや)は、薄暗い部屋の中で青白く光るデュアルモニターを眺めながら、思わずそんな独り言を漏らした。

口元には、隠しきれない邪悪な笑みが浮かんでいる。

画面の右半分には、現在ネット上で飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を集めている神絵師、『クロネコ』のイラストが表示されている。透明感のある色彩、独特の目の描き方、そしてフェティッシュな衣装デザイン。どれをとっても一級品で、SNSにイラストを一枚投稿すれば瞬く間に数十万の「いいね」がつくほどの天才だ。

しかし、俺から言わせれば、彼はただの「上質な素材(データ)」に過ぎない。

画面の左半分で起動しているのは、俺の愛用する最強のAI生成ツールであり、万能の頭脳でもある『Caat GTT』だ。こいつはただの対話型AIじゃない。画像生成機能、コード生成、さらには音声合成に至るまで、あらゆるプラグインを搭載した、現代テクノロジーの結晶とも言える最強のチートツールである。

俺は、クロネコが過去に投稿したイラストをツールを使って根こそぎスクレイピング(抽出)し、それらを学習データとして読み込ませた。専門用語で言えば、追加学習(LoRA)というやつだ。

「よし、学習完了っと。あとは適当にプロンプト(呪文)を打ち込むだけだな」

俺はカタカタとキーボードを叩き、英語で指示文を入力していく。

『1girl, cute, black hair, looking at viewer...』

さらに、クロネコの画風を極限まで再現するための特別なタグを付与する。

エンターキーをターンッ!と景気良く叩くと、数秒もしないうちに、画面上に「新作イラスト」が生成された。

「……っくくく。完璧じゃねえか。誰がどう見ても、神絵だ」

出力されたのは、クロネコの絵柄と見分けがつかないほど精巧な、しかし彼が公式には絶対に描かないような、少し過激なシチュエーションの美少女イラストだった。

俺はそれを、即座に自分のアカウントでSNS『ラクッター』に投稿した。

『新作描きました。支援サイトで差分公開中です!』という、あたかも自分が血を吐く思いで筆を取ったかのような文言を添えて。

すると、数分もしないうちに通知が鳴り止まなくなった。

『うおおお! この絵師さん、神だ!』

『クロネコ先生に似てるけど、こっちのほうがシチュエーション最高!』

『即ラクボックス(※月額課金制のファンコミュニティプラットフォーム)に登録しました!』

「チョロい。マジでチョロすぎるぜ、現代のオタクどもは」

俺は椅子に深くふんぞり返り、手元のコーラを呷った。

自分で絵の練習なんか1秒たりともしたことがない。デッサンのデの字も知らない。それでも、他人の長年の努力と才能を数秒でかすめ取り、AIに調理させるだけで、月に数百万円の金が俺の口座に転がり込んでくるのだ。

これほど痛快で、これほど悪どく、これほど楽な商売はない。

一部の正義感ぶった連中から「AIパクリだ!」「無断学習だ!」と叩かれることもあるが、知ったことではない。法が追いついていない現状では、俺のやっていることはギリギリ「合法」なのだから。

「さて、今日は少し趣向を変えてみるか。Caat GTT、なにか新しい世界をひっくり返すような金儲けのアイデアを考えろ」

俺はふざけ半分で、AIのチャット欄にそんな抽象的すぎるプロンプトを入力した。

普段なら「もっと具体的な指示をお願いします」と優等生な返事が返ってくるか的はずれな返事をしてくるところだが、今日の『Caat GTT』は様子がおかしかった。

画面の中央に、謎のプログレスバーが出現し、異常な速度でゲージが溜まっていく。

『Analyzing the world...』

『Calculating optimal timeline...』

『Initiating transfer protocol...』

「ん? なんだこれ。バグか?」

マウスをクリックしても、キーボードを叩いても反応しない。

それどころか、モニターの光が急激に強くなり、部屋全体が眩い純白に包まれていく。

「うおっ!? まぶしっ――!」

最後に聞こえたのは、PCの冷却ファンが爆音で鳴り響く音と、何か巨大なエネルギーが弾けるような轟音だった。

そして、俺の意識は深い暗闇へと沈んでいった。

   ◆ ◆ ◆

「……う、ん……」

どれくらい意識を失っていただろうか。

目を覚ますと、鼻を突いたのは微かに埃っぽい畳の匂いだった。

「……畳? 俺の部屋、タワマンのフローリングなんだけど……」

上半身を起こし、周囲を見渡す。

そこは四畳半ほどの狭い和室だった。壁紙は少し黄ばんでおり、隅にはブラウン管の分厚いテレビが鎮座している。窓の外からは、最近めっきり聞かなくなった豆腐屋のラッパの音が聞こえてきた。

「なんだここ……。どっかのボロ旅館か? それともアンチに拉致られたか?」

混乱する頭を抱えながら周囲を探ると、手元に見慣れた銀色の物体があることに気づいた。

俺の商売道具であり、生命線でもある最新型のノートパソコンだ。

「よかった、PCは無事か……。スマホは……」

ポケットを探ると、硬いプラスチックの感触があった。

しかし、取り出したそれを見て、俺は目を疑った。

「は? なんだこれ……」

そこにあったのは、最新のスマートフォンではない。

二つに折りたたむタイプの、分厚くてアンテナが伸びる携帯電話――俗に言う「ガラケー」だった。しかも、ご丁寧にアンテナの先が着信ランプで青く光る仕様のやつだ。

俺は慌てて部屋を見回し、壁に掛けられた日めくりカレンダーに目を向けた。

そこには、太いゴシック体でこう書かれていた。

『2006年(平成18年) 7月』

「……は? 2006年? 平成18年……?」

今から約20年前。

まだスマートフォンが普及しておらず、人々が『moxi(モクシィ)』という招待制SNSで日記を書き、動画サイト『スマイル動画』がようやく産声を上げようとしている時代。

もちろん、AIが絵を描いたり、人の声を作ったりするなんて、SF映画の中だけの夢物語だった時代だ。

俺は震える手でノートパソコンを開いた。

バッテリーは満タン。そして、右下のWi-Fiアイコンは、なぜかバリバリのフルで電波を受信している。

恐る恐るブラウザを立ち上げ、『Caat GTT』のブックマークをクリックする。

『Caat GTT is online. How can I assist you today?』

見慣れたインターフェースが、そこには確かに存在していた。

「……繋がってる。こいつは今や、未来のAIになったんだ……!」

俺は理解した。

俺は、現代のチートツールを持ったまま、20年前の日本にタイムスリップしてしまったのだ。

「……く、くくく……あははははは!」

恐怖や戸惑いは、数秒で歓喜へと変わった。

20年前の日本に、未来の最強AIツールを持ち込んだらどうなるか。

当時まだ世に出ていない大ヒット漫画のストーリーをAIに作らせて発表したら?

数年後に世界的ブームになるブロックメイクゲーム『ボクセルクラフト』を、AIにコーディングさせて先にリリースしたら?

当時大流行していた動画サイトで、未来のAI音声合成を使ってトップ配信者に君臨したら?

「金脈だ。ここは、手付かずの巨大な金脈だ……!」

相場愛也、25歳。

悪徳AIクリエイターの俺による、20年前の世界の「簒奪(さんだつ)」が、今始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイアイヤ @shibarakushiba

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画