第18話 初めての依頼

 翌朝。


 冒険都市アルトは朝から活気に満ちていた。


 宿を出たレオンは、腰に差した鉄の短剣へ軽く触れる。


「よし」


 隣ではリリアが大きく背伸びをした。


「今日は初依頼だね」


「ああ。やっと冒険者らしい仕事ができる」


 二人は並んで冒険者ギルドへ向かった。


 昨日までは緊張していた建物も、今日は少しだけ身近に感じる。


「おはようございます」


 受付へ近付くと、昨日対応してくれた受付嬢が笑顔で迎えてくれた。


「おはようございます。初依頼ですね」


「お願いします」


 受付嬢は依頼書を何枚か並べる。


「E級冒険者向けはこちらになります」


 配達。


 荷物運び。


 雑草除去。


 そして薬草採取。


 レオンは一枚を手に取った。


『回復草十本採取』


 依頼主 アルト診療所


 報酬 銀貨八枚


「回復草はベルン平原北部に群生しています。ホーンラビットが出るくらいなので、安全な依頼ですよ」


 レオンは頷いた。


「これにします」


「ありがとうございます。気を付けて行ってきてください」


 依頼書を受け取ったその時。


「新人」


 低い声が聞こえた。


 振り返ると、ガレスが腕を組んで立っている。


「初依頼ほど気を抜くな」


「はい」


「依頼は失敗してもやり直せる。だが命は戻らん」


 短い言葉だった。


 それでも十分伝わる。


「ありがとうございます」


 ガレスはそれだけ言うと、別の冒険者の方へ歩いて行った。


「怖そうだけど、本当に私たちのこと考えてくれてるよね」


 リリアが苦笑する。


「ああ。だからこそ、ちゃんと帰らないとな」


 二人は街の北門を抜け、ベルン平原へ向かった。


◇◇◇


 風が草を揺らす。


 青い空の下を歩いているだけで気分が軽くなる。


「その靴、どう?」


 リリアが足元を見る。


 昨日の無料十連で手に入れた《風走りの靴》。


「不思議だな」


 レオンは何歩か駆けてみせる。


「速くなったって感じじゃない。でも身体が軽い」


「歩き方が自然になってるね」


「長く歩いても疲れにくそうだ」


 探索にはちょうどいい。


 そんなことを話しながら歩いていると、地図に印が付けられていた場所へ到着した。


「あった」


 草むらの中に、青白い花を咲かせた植物が群生している。


 レオンは一本摘み取った。


 その瞬間。


────────────────


【植物図鑑】


No.002


《回復草》


傷薬の材料として広く利用される薬草。


乾燥させても薬効が落ちにくい。


【NEW】


運命ポイント +1


────────────────


「新しい植物!」


 リリアが嬉しそうに覗き込む。


「依頼も進むし、図鑑も増える。一石二鳥だな」


 二人は手分けして採取を始めた。


 一時間も掛からない仕事だろう。


 そう思っていた。


 五本目を採った頃だった。


 レオンの手が止まる。


「……?」


「どうしたの?」


「静かすぎる」


 風は吹いている。


 だが鳥の鳴き声がしない。


 虫の羽音もしない。


 辺りが不自然なほど静まり返っていた。


 リリアも辺りを見回す。


「本当だ……」


 その時。


 ガサッ!


 茂みからホーンラビットが飛び出した。


「敵!」


 思わず身構える。


 だが違った。


 ホーンラビットは二人を見向きもせず、全力で逃げていく。


 一匹だけじゃない。


 二匹。


 三匹。


 群れになって逃げていた。


「何かに追われてる……?」


 レオンの胸騒ぎが強くなる。


 さらに視線を巡らせると、回復草が一角だけ黒く枯れていた。


「こんなの、依頼書には書いてなかったよね……」


 リリアの声にも緊張が混じる。


 その瞬間だった。


 腰に付けた《幸運の羅針盤》が、小さく震えた。


「え?」


 針がゆっくりと森の奥を向く。


 今までにない反応だった。


 同時に。


 ズシン……


 ズシン……


 重い足音が近付いてくる。


 草木が左右へ割れ、大木のような影が姿を現した。


 黒い毛並み。


 血のように赤い瞳。


 口元から伸びた巨大な牙。


 その殺気だけで空気が凍り付く。


「……あれ、本当にホーンラビットしか出ない場所なの?」


 リリアが小さく呟く。


 レオンは短剣を抜いたまま答えた。


「違う。」


 目の前の魔物から、一瞬たりとも目を離さない。


 その時、視界に青白い文字が浮かぶ。


────────────────


【魔物図鑑】


No.005


《ブラッドファングウルフ》


危険度:D級


深い森に生息する肉食魔物。


鋭い牙と俊敏な脚を武器に獲物を追い詰める。


※警告


個体情報に異常を検知。


通常個体との魔力反応が一致しません。


【NEW】


────────────────


「異常……個体?」


 レオンが息を呑んだ。


 ブラッドファングウルフは低く唸る。


 その赤い瞳は、まるで獲物を品定めするように二人を見据えていた。


ブラッドファングウルフが地面を蹴った。


「来る!」


 一直線。


 その速さはホーンラビットとは比べものにならない。


 レオンは横へ飛ぶ。


 ガァンッ!


 牙が地面を抉り、土が舞い上がった。


「速い……!」


 着地と同時に短剣を振るう。


 ギィン!


 硬い。


 浅い傷しか付かない。


「《ライトアロー》!」


 リリアの放った光の矢が魔物の肩へ突き刺さる。


 しかし、ブラッドファングウルフは怯むどころか咆哮を上げた。


「グルォォォッ!」


 今度はリリアへ向かって跳ぶ。


「しまっ……!」


 レオンは地面を蹴った。


 風走りの靴が身体を軽く押し出す。


 間に合う。


 短剣で牙を受け流し、その勢いのまま体当たりをかました。


 ブラッドファングウルフは数歩よろめく。


「ありがとう!」


「距離を取れ!」


 二人は一度距離を開く。


 レオンは息を整えながら魔物を見据えた。


(正面からじゃ勝てない。)


(でも、試験でもそうだった。)


(勝つんじゃない。)


(勝てる形を作る。)


 視線を巡らせる。


 草原。


 大きな岩。


 一本だけ傾いた古木。


 その瞬間、頭の中で一つの作戦が形になった。


「リリア。」


「うん!」


「俺が引き付ける。」


「合図したら、あの木の根元へ一番強い魔法を撃って。」


 リリアは古木を見る。


 すぐに意図を理解した。


「任せて!」


 レオンは魔物の前へ飛び出す。


「こっちだ!」


 ブラッドファングウルフが牙を剥く。


 一直線に突っ込んできた。


 速い。


 だが。


 風走りの靴のおかげで、一歩だけ速く動ける。


 その一歩が大きかった。


 紙一重でかわす。


 またかわす。


 魔物は完全にレオンだけを狙い始めた。


「もう少し……!」


 古木まであと数歩。


 ブラッドファングウルフが大きく跳ぶ。


 その瞬間。


「今!」


「《ライトランス》!」


 眩い光の槍が古木の根元を撃ち抜いた。


 メキメキッ……


 嫌な音が響く。


 ブラッドファングウルフが空中で目を見開いた。


 ドォォン!!


 倒れた古木が魔物を押し潰す。


「グアアアアッ!!」


 もがく。


 まだ動ける。


「レオン!」


「ああ!」


 レオンは倒木を一気に駆け上がる。


 風走りの靴が足場の悪さを感じさせない。


 魔物の真上へ飛び上がると、短剣を握る手に力を込めた。


「これで終わりだ!」


 首元へ深く突き刺す。


 ブラッドファングウルフは最後に大きく身体を震わせ、そのまま動かなくなった。


────────────────


ブラッドファングウルフを討伐しました。


運命ポイント +5


異常個体討伐ボーナス


運命ポイント +5


現在の運命ポイント


27Pt


────────────────


「はぁ……」


 レオンはその場に座り込む。


 リリアも肩で息をしていた。


「本当に勝っちゃった……」


「ギリギリだったけどな。」


 しばらく呼吸を整えてから、二人は討伐した魔物を調べ始める。


 牙。


 毛皮。


 魔石。


 どれも依頼書に載っている普通の素材だった。


 だが。


「……これ。」


 リリアが首元を指差す。


 毛をかき分けると、小指の先ほどの黒い結晶が肉へ深く食い込んでいた。


「魔石じゃない。」


 レオンは慎重に短剣で取り外す。


 黒い結晶を手に乗せた瞬間だった。


 腰の《幸運の羅針盤》が、カタリと震える。


 針がゆっくり回転し、黒い結晶を真っ直ぐ指した。


「羅針盤が……反応してる?」


 さらに、《星詠みの片眼鏡》も淡く光を放つ。


 今まで一度も見たことのない反応だった。


 レオンは結晶を見つめる。


「この結晶……何かある。」


 リリアも静かに頷いた。


「ギルドへ持って行こう。ガレスさんなら何か知ってるかもしれない。」


「そうだな。」


 依頼の回復草は十本揃っている。


 それでも二人の頭の中は、報酬のことなどすっかり消えていた。


 初めての依頼。


 そのはずだった。


 だが二人はまだ知らない。


 この黒い結晶が、世界中で起こり始めている異変の始まりだということを。


◇◆◇


【あとがき】


第18話を読んでいただき、ありがとうございました!


初依頼のはずが、まさかの異常個体との戦闘。

レオンらしく真正面からではなく、状況を観察し、地形と仲間を活かして勝利する形にしてみました。


そして最後に現れた黒い結晶。

これが今後の物語にどう関わってくるのか。


次回、第19話もぜひお楽しみください!

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