第6話 王宮の夜会
そういう訳で、わたくしとアンセルム殿下の婚約は白紙になった。わたくしはそのままクマ男ベルナール殿下の屋敷に引き取られた。そこは王宮に連なる王族たちが住まいする宮殿のような屋敷が並び建つ一角で、隣にはクマ男ベルナールの兄、第一王子殿下の宮殿があるという。兄弟仲は良いようで、その内引き合わせるという。
すぐにとはいかないのはわたくしの所為だ。しばらく離れに放置され、粗食に耐えて、手入れも何もされていない。着るドレスも手持ちを継ぎ接ぎで縫って、社交にも疎く浦島太郎状態だし。
「今度の夜会で発表しようか」
「夜会のドレスを何も持っておりませんが。それに母が亡くなる十歳までしか勉強も習い事もしておりませんの。ダンスもちょっとできるかどうか……」
「あの公爵め──」
わたくしには優しいばかりのクマ男だったが、怒ると非常に恐ろしい熊になるということを初めて知った。クマ男はわたくしの事情を詳しく聞いてキッチリ調べ上げた。ミラと同じで仕事が早い。
「メイドのミラを呼んでもよくて?」
「ああ、ソブール男爵家の令嬢だな。いいだろう」
メイドのミラはソブール男爵の三女、貴族令嬢だ。
「一生付いて行くと言っておいて良かったです、お嬢様」
ミラは余計な言葉を吐いたが、心底嬉しそうな顔をしていたので許してやろうと思う。
◇◇
それからは、私はクマ男の第二王子ベルナール殿下に家庭教師やら作法や習い事の教師を付けられて、みっちり勉強させられた。その合間にドレスメーカーは来るわ、宝石商は来るわ、侍女たちはわたくしを着せ替え人形にしたり、磨き上げることに夢中になるし、もう夜には指一本も動かせないほどクタクタになった。
「もう、エロを書く暇も元気もないわ」
わたくし付きになったミラに愚痴る。
「オディールお嬢様は、元がしっかりと躾けられていらっしゃいますから大丈夫でございますよ。私もこちらで勉強しておりますけど、なかなかでございます」
そう言って、ふとミラはクスリと笑う。
「でもやっぱり、私のお嬢様はエロ書きじゃないとですね」
「待っていてくれる?」
「もちろんでございますとも」
ああ、わたくしの一番目のファンは健在だわ。
◇◇
そして、夜会の日が来た。
すっかり磨き上げられたわたくしは、淡いラベンダーのシフォンのドレスにレースをふんわりと纏わせ、ベルナール殿下の瞳の色のイヤリングとネックレスを付け、ウエストに細いリボンを垂らした意匠が若さをアピールする申し分のない公爵令嬢になった。
わたくしを迎えに来たベルナール殿下は蒼い瞳を丸くする。
「やあ見違えたぞ」
「それはわたくしのセリフですわ」
殿下は黒の軍服にドレスとお揃いのラベンダー色のハンカチを胸にあしらっている。癖のある黒髪は後ろに撫でつけ非常にハンサムで、背の高さはクマの時と同じだが、ガッチリと引き締まった体躯はクマに見えない。
「今の今まで騙されていましたのね、わたくし」
恨みがましく見上げると、
「この姿は嫌いか? ん?」
わたくしを引き寄せて頬にキスする。
「くそう、夜会になんか行きたくない、今すぐ寝室に行こう」と駄々を捏ねた。
「何をおしゃっているの」
もちろん冗談だろうと思うわたくし。召使一同はその様子を生温い目で見守ってくれている。
◇◇
夜会に出席したわたくしたちは注目の的となった。帰国して初めての夜会に出席した第二王子ベルナール殿下は、黒髪の非常にハンサムな男性であった。おまけに美しい女性をエスコートしている。
「どなたでしょう、あの方は」
「第二王子殿下だそうですわ」
「お若い頃に隣国に行かれて、それ以来音沙汰のない──」
「まあ、ご立派になられて」
「それにしてもエスコートなさっているのはどなたでしょうか」
「とてもお似合いですが、見かけたことがありませんわね」
知り合いがいない所為でわたくしたちに声をかける者もいない。そこに王太子アンセルムがエミリーをエスコートして現れた。
「兄上、その方は」と気軽に聞く。
「お前がエスコートしているそのお嬢さんは、彼女と知り合いではないのか?」
クマ男もとい、ベルナール殿下はアンセルム殿下には答えず、彼がエスコートしている義妹に聞く。
「知らないわ」
義妹のエミリーはベルナール殿下の方が気になるようだ。私を一瞥した後、チラチラと殿下に熱っぽい視線を送っている。
ベルナール殿下はエミリーににっこり笑いかけた後、爆弾を投下した。
「この人はアンセルムの元婚約者で、お前が連れている令嬢の義理の姉君のオディール・ド・ローザン公爵令嬢だ」
「え」
「そんな」
アンセルム王太子殿下とエミリーは固まった。
「もっとも今は私の妻だ。これからは、第二王子妃オディール殿下と呼ぶように」
「皆さま、よろしくお願いいたしますわ」
「そんな、違いますわ! お義姉さまはもっとみすぼらしくて、教育も受けていない、何もお出来にならない、そのくせ夜な夜な夜会に出て男を漁るような、どうしようもない──」
義妹の口から、わたくしの悪口が止めどもなく転がり落ちる。
「ローザン公爵」
そこへ国王陛下の重々しい声が大広間に響いた。
「ははっ、ここに」
わたくしの父が汗を拭きながら国王陛下の御前に罷り越した。
「これはどういうことだ」
「これは何かの間違いで」
「わしの息子を間違い呼ばわりする気か」
「いえ、滅相もない」
しどろもどろの公爵。
「どうして」としか言わないエミリー。王太子アンセルムはあっけにとられたままだ。
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