「今、不幸ですよね?」
引っ越してきたばかりのKさんのもとへ、笑顔の男が訪れる。
何かを売りつけるわけでも、声を荒らげて脅すわけでもありません。
ただ、「不幸ですよね?」と問いかけ、そうなる日を待っている――。
本作は、オカルト誌に掲載される予定だった取材音声の書き起こしという形式で描かれます。
Kさんと取材者の会話。繰り返し鳴るインターホン。そして、扉の向こうから届く穏やかな声。
見えているものはほとんどないはずなのに、男の笑顔も、閉ざされた部屋の息苦しさも、Kさんの心が奪われていくような様子も、恐ろしいほど鮮明に浮かび上がります。
この男の怖さは、力ずくだけで人を連れ去ることではありません。
「本当は不幸なのではないか」
誰の心にも生まれ得る小さな迷いへ入り込み、その人自身より先に、感情の名前を決めてしまうことです。
Kさんは、本当に不幸だったのでしょうか。
それとも、何度も「不幸だ」と告げられたことで、自分の感情を男へ委ねてしまったのでしょうか。
派手な惨劇も、怪異の正体についての説明もありません。
だからこそ、読み終えたあとも、あの穏やかな声が心の中に残り続けます。
――あなたが今感じていることは、本当に、あなた自身が選んだ感情ですか?