第11話 正体

 西日が差してきた。札幌駅周辺は日中と変わらず、人でごった返していた。老若男女問わず受け入れていた街が、ネオンが光る夜の街に姿を変わっていく


 それをビルの屋上から見下ろす影が一つ。


 美知(よしと)だった。


 透けるような白い肌と伏せられた睫毛が夕日で反射するその様を、天使と称する者もいるだろう。しかし屋上の淵で胡坐(あぐら)をかき、頬杖をついて街を見下ろすその姿は、人間を見定める悪魔そのものだ。


「ジジッ!」


「来たか」


 風に乗って聞こえた鳴き声に、美知は立ち上がった。街から白い毛玉が飛んできて、美知の指に止まる。


「見つけたか?」


「ジジッ! ジジッ!」


 それは沢木が十紀(とき)に作ったシマエナガ姿の式神だった。シマエナガは美知の問いに力強く返事をした。


 鬼と戦闘中、振り下ろされたのか自らそうしたのか、シマエナガは十紀の元から離れていた。そのため十紀が攫われたあと、残されてしまったらしい。美知のもとに飛んできたシマエナガに、美知はある可能性に気づいた。


 妖人(あやかしひと)は街中にいるため、いくら沢木が作ったとはいえ式神ひとつで見つけるのは難しい。群れるような低級の妖の妖力など、似たり寄ったりだ。知里や沢木なら見分けられるんだろうが、美知にはさっぱりだ。まして人間なんて以ての外。外見だけで出自を当てろと言われているようなものだ。


 だが、十紀は別だ。


 普通の人間を自称しているが、あれは違う。美知でもわかる。


 十紀は――。


「君、危ないじゃないか。そんなところに立って。早く降りなさい」


 ふと後ろから声をかけられた。


 振り向くと、壮年の警備員が顔を顰めてこちらを見ていた。


「……あぁ、すぐ降りる」


 美知はそう返して、警備員のほうに体を向けた。


 その時、突風が吹いた。黄昏の空に、美知の黒いキャップが舞う。


 夕日の元に顕になった美貌に、警備員は息をのむことも、目を瞠ることもできず、ただ立ち尽くす。


 その凡庸な反応に薄く笑みを浮かべ、美知は風に煽られるままにその華奢な体を黄昏の空に投げた。



□





 おかしい。


 十紀は違和感を感じていた。


 街中で襲われた時より、鬼が強くなっている。攻撃の重さはもちろん、速さも体の動きも段違いだ。


 数が多いからだけではない。


 ――これも力を貸している妖人の術なのか?


 妖術や陰陽術について詳しくない十紀だが、これが術の類(たぐい)であることは容易に理解できた。


 鬼が次々と仕掛けてくる攻撃を避けながら、十紀は次の手を考えていた。


「ぐっ……!」


 腕で受け止めた蹴りの重さに、思わず呻く。


 それに気を取られ、横からの突きに反応が遅れる。


「っ」


 脇腹にもろに攻撃を食らい、顔を顰めながら、相手を殴って昏倒させる。


 視線で取り囲む鬼たちを牽制しながら、十紀は脇腹を擦った。


「はぁっ、はぁっ……」


 妙に息が切れる。普段ならこの程度の戦闘で疲れることなどないのに、体が重たい。


「そろそろ呪いが効いてきたか? 動きに切れがなくなってきてるぞ」


 自称酒呑童子(しゅてんどうじ)の男の言葉にはっと窓のほうを見る。窓の外が橙に染まっていた。


 確か沢木は、呪いが効いてくるのは日の入りくらいだと言っていた。


 この体の重さは呪いのせいか。


 袖を捲ってみると、手首にあった痣が、腕全体に広がっていた。胴体や顔にまで広がっているかもしれない。


 昔から呪いの類に色々かかってきたからわかるが、これは質が悪い。時間が経つにつれ徐々に体に不調が現れ、体力が奪われていく。一般人であれば体調不良かと思っている間に呪いに犯され死んでしまう。


 だからといって、呪いだとわかったとしても、自身で解くことはできない。


「はっ、闘神(とうじん)の狛(こまいぬ)も、呪いには勝てないか」


 男は十紀の様子を見て鼻で笑うと、手を振りかざした。


 ごぽごぽ、ごぽ。


 すると、男の周りに鬼の怪異が無数に現れた。


「せっかくだ。俺たちの真の姿で相手をしてやろう」


 男の言葉とともに、怪異が黒い煙に変わり、男の体を覆う。


 男だけじゃない。他の鬼たちも黒い煙に覆われていた。


 一体、何をするつもりだ?


 男の腕が煙を払うように振り下ろされた。


「なっ……!」


 十紀は絶句した。


 煙の中から現れた男の額には、大きな角が生えていた。


 その姿は人間ではない。 


「鬼……」


 十紀は妖(あやかし)を見たことがない。


 当たり前だ。


 現代にはもう、妖は存在しない。


 妖は人間に転生したのだから。


 だが、今目の前にいる男は、到底人間ではない姿をしていた。


「なんだ、鬼を見るのは初めてか? ちょうどいい。見せてやる。鬼本来の力をなあ!」


 鬼が一斉に十紀に襲いかかってくる。


「ぐっ、あ」


 いなそうとした攻撃に耐えられず、十紀は吹き飛んで柱にぶつかった。


 これが、鬼本来の力なのか。さっきとは比べものにならない。


 勝ち目はない。この状況を一人で打破する力も知恵も、十紀には持ち合わせていない。


 十紀はすぐに悟った。


 しかし逃げることも駄目だ。脅しが本当なら一般人に被害が出る可能性がある。


 一つだけ。


 この状況をひっくり返す策がある。十紀が勝てなくても、彼らを止める策が。


 十紀の中で、呪いの解呪は二の次になっていた。優先するは鬼の捕縛。彼らの目的を突き止め、被害が出る前に阻止しなければいけない。


「もうちょい時間稼ぎしたかったんだけど……ここまでか」


 諦めの言葉を呟きながらも、十紀は腰を落とした。一分一秒でも長く、立っていられるように。


 あいつに繋げるために。


 すかさず鬼たちが襲いかかってくる。


 ぐらりと視界が揺れた。平衡感覚を失い、足がもつれる。


 一瞬だった。 


 床に体を叩きつけられ組み敷かれる。


 これでいい。


 遠のく意識の中で、何かが崩れる音が聞こえたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る