第19話 都久夫須麻神社 後半

 市杵島姫命は穏やかに微笑んだ。


「姫乃。お前へ加護を授けます。」


 姫乃は静かに頭を下げた。


「……ありがとうございます。でも一つだけ教えてください。」


「申してみよ。」


「私は。どうして選ばれたのでしょう。」


 市杵島姫命は少しだけ困ったように笑う。


「今は。まだ話せません。」


 姫乃は少し首を傾げた。


「全部じゃなくても構いません。少しだけでも教えていただけませんか。」


 市杵島姫命はしばらく黙っていた。そして優しく答えた。


「一つだけ。お前は幼い頃からずっと我ら神々に見守られてきました。」


「……。」


 姫乃は驚いたように目を見開く。


「そうなのですか。」


「ええ。その理由も今はまだ話せません。」


「やっぱりですか。」


 姫乃は苦笑した。


「でも理由があると分かっただけで十分です。」


 市杵島姫命は満足そうに頷く。


「素直な子ですね。」


「ありがとうございます。」


「では目を閉じなさい。」


 姫乃は静かに目を閉じた。市杵島姫命が右手を差し出す。湖のように澄んだ青い光。それが姫乃の胸へ吸い込まれていく。


 温かい。


 優しい。


 まるで琵琶湖に包まれているようだった。



 目を開ける。市杵島姫命が微笑んでいた。


「今日より。お前は。水霊術を扱えます。試してごらんなさい。」


 姫乃は恐る恐る右手を前へ出す。


「えっと……。水。」


 ぽちゃん。


 小さな水玉が一つだけ浮かんだ。


「えっ。できた。」


 目を丸くする。


「すごい。本当に浮いてる。」


 指でつつく。


 ぷるん。


「かわいい。」


 今度はもう一度。


「水。」


 ぽちゃん。ぽちゃん。二つ。三つ。四つ。


「わぁ!」


 姫乃の目が輝く。


「増えた!」


 右へ動かしてみる。ふわっ。


「動いた!」


 左。前。後ろ。上。自由自在に動く。


「面白い!」


 市杵島姫命は笑いながら見守っている。


「飲み物にもできますか?」


「できます。」


「雨みたいにも?」


「できます。」


「大きくも?」


「修行すれば。」


「すごい!」


 姫乃は完全に夢中だった。


「じゃあ。前へ!」


 水玉が一直線に飛ぶ。


 ピシュッ!


 木の葉を一枚、きれいに貫いた。


「えっ。今の私?」


 もう一回。ピシュッ!今度は少し速い。


「すごい!」「もう一回!」「もう一回!」


 市杵島姫命は思わず笑った。


「気に入ったようですね。」


「はい!」


「すっごく面白いです!」


 姫乃は子供のように笑っていた。


「あと、おまけに少しだけお守りの加護をつけておきました。困ったことがあったらまたいらっしゃい。」


「ありがとうございます!」



 帰り道。フェリーの甲板。


 琵琶湖を眺めながら、姫乃は誰にも見えないように右手を前へ出す。


 ぽちゃん。小さな水玉。


「えへへ。」


 前へ飛ばす。ピシュッ!また出す。今度は二つ。三つ。


「これ、どうやったら速く飛ぶんだろう。曲げられるかな?」


「回転したら?」


 完全に遊び始めていた。その姿を見ながら、市杵島姫命は空の上で優しく微笑む。


「ふふ。良い子ですね。」


 夕日に照らされた琵琶湖の上を、小さな水玉が楽しそうに飛び跳ねていた。


**次回 立木神社**

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