第19話 都久夫須麻神社 後半
市杵島姫命は穏やかに微笑んだ。
「姫乃。お前へ加護を授けます。」
姫乃は静かに頭を下げた。
「……ありがとうございます。でも一つだけ教えてください。」
「申してみよ。」
「私は。どうして選ばれたのでしょう。」
市杵島姫命は少しだけ困ったように笑う。
「今は。まだ話せません。」
姫乃は少し首を傾げた。
「全部じゃなくても構いません。少しだけでも教えていただけませんか。」
市杵島姫命はしばらく黙っていた。そして優しく答えた。
「一つだけ。お前は幼い頃からずっと我ら神々に見守られてきました。」
「……。」
姫乃は驚いたように目を見開く。
「そうなのですか。」
「ええ。その理由も今はまだ話せません。」
「やっぱりですか。」
姫乃は苦笑した。
「でも理由があると分かっただけで十分です。」
市杵島姫命は満足そうに頷く。
「素直な子ですね。」
「ありがとうございます。」
「では目を閉じなさい。」
姫乃は静かに目を閉じた。市杵島姫命が右手を差し出す。湖のように澄んだ青い光。それが姫乃の胸へ吸い込まれていく。
温かい。
優しい。
まるで琵琶湖に包まれているようだった。
◇
目を開ける。市杵島姫命が微笑んでいた。
「今日より。お前は。水霊術を扱えます。試してごらんなさい。」
姫乃は恐る恐る右手を前へ出す。
「えっと……。水。」
ぽちゃん。
小さな水玉が一つだけ浮かんだ。
「えっ。できた。」
目を丸くする。
「すごい。本当に浮いてる。」
指でつつく。
ぷるん。
「かわいい。」
今度はもう一度。
「水。」
ぽちゃん。ぽちゃん。二つ。三つ。四つ。
「わぁ!」
姫乃の目が輝く。
「増えた!」
右へ動かしてみる。ふわっ。
「動いた!」
左。前。後ろ。上。自由自在に動く。
「面白い!」
市杵島姫命は笑いながら見守っている。
「飲み物にもできますか?」
「できます。」
「雨みたいにも?」
「できます。」
「大きくも?」
「修行すれば。」
「すごい!」
姫乃は完全に夢中だった。
「じゃあ。前へ!」
水玉が一直線に飛ぶ。
ピシュッ!
木の葉を一枚、きれいに貫いた。
「えっ。今の私?」
もう一回。ピシュッ!今度は少し速い。
「すごい!」「もう一回!」「もう一回!」
市杵島姫命は思わず笑った。
「気に入ったようですね。」
「はい!」
「すっごく面白いです!」
姫乃は子供のように笑っていた。
「あと、おまけに少しだけお守りの加護をつけておきました。困ったことがあったらまたいらっしゃい。」
「ありがとうございます!」
◇
帰り道。フェリーの甲板。
琵琶湖を眺めながら、姫乃は誰にも見えないように右手を前へ出す。
ぽちゃん。小さな水玉。
「えへへ。」
前へ飛ばす。ピシュッ!また出す。今度は二つ。三つ。
「これ、どうやったら速く飛ぶんだろう。曲げられるかな?」
「回転したら?」
完全に遊び始めていた。その姿を見ながら、市杵島姫命は空の上で優しく微笑む。
「ふふ。良い子ですね。」
夕日に照らされた琵琶湖の上を、小さな水玉が楽しそうに飛び跳ねていた。
**次回 立木神社**
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