第7話 武器屋の息子

「恐竜どこ!?」


叫んだ瞬間、自分でも驚いた。


父さんに会うために来たはずなのに。


俺は恐竜を探していた。


どれぐらい寝ていたんだろう。



「恐竜ならここにあるでしょ~」

振り返ると、ゆうなちゃんが恐竜のぬいぐるみを差し出している。


見慣れた天井。


現実世界だった。


安心するはずなのに、なぜか怖かった。


夢じゃない。戻ってきたんだ。


あっちでは、まだ最初の日の途中だったはずなのに。


時計を見る。

十時を過ぎていた。


十三時間も眠っていた。


十時間眠れば十日過ごせるはずだ。


……なのに、戻ってきた。


しかも、向こうではまだ一日目の途中だった。


時間が合わない。


今まで信じていたルールが、通用しない。



混乱する頭を抱えながらリビングへ行く。


身体は休んでいる。


でも頭だけは、まだあの森に置いてきたような感覚があった。


不思議なくらい食欲があった。今日はパンも普通に食べられた。


「はるま君、恐竜は~?」

リビングに入ってきたゆうなちゃんが恐竜のぬいぐるみを渡してきた。


受け取り、じっと見つめる。


恐竜のぬいぐるみを強く抱きしめた。


昔は、これを抱いて寝ていた。


何度も怖い夢から守ってくれた。


……でも今は違う。


抱きしめたいのは、このぬいぐるみじゃない。


あの世界にいる、あいつだ。



パンを食べていると母さんが入ってきた。

「明日はおねえさんが来るから部屋汚くしないでね。

日曜日で休みだからパパを見に来るんだって」


「そっか~久しぶりだね。

パパにおはよう言ってくる。」

ドタバタと走るゆうなちゃん。


そうか。


おねえさんが来るのか。


聞きたいことはたくさんある。


でも、何を聞けばいいのかわからなかった。



あの女性は何者なんだろう。


魔王の仲間なのか。


配下、それとも同等の存在かもしれない。


もし、あの人が魔王側だったら。


頑張ったところでどうにかなる相手じゃないだろ。


伝説の剣や勇者の魔法でなんとかなるとは思えない。


それぐらい鮮烈な恐怖が張り付いて消えない。



現実から逃げたかったのか、不安を紛らわせたかったのか、

今日は父さんの書斎で漫画を読むことにした。


父さんが好きだった漫画。


俺たちが父さんの状態を「凍れる時の秘宝」と呼ぶようになった理由でもある。


実は読んだことがなかった。


父さんの好きな漫画だったから、動画サイトで解説を見ただけだったんだ。


しばらく読んでいると母さんが入ってきた。

「それね、パパは主人公じゃなくて魔法使いが好きだったのよ。」


「なんで?」


「誰にも期待されなかった武器屋の息子が、

意地だけで魔王を圧倒する大魔導士になるのよ。」


「この逃げてばっかりいる魔法使いが?すごい魔法使いになるんだね。」


「パパってね、才能がある人より、諦めない人が好きだったのよ。」



あの力を前に、諦めないで勝てるんだろうか。

「圧倒的な力…」

森で見たあの女性は、まさしく別格だった。


あれは強いなんて言葉じゃない。


存在そのものが違った。


強いとか弱いとか、そういう概念では測れない存在だった。


俺たちが命をかけて戦う場所で、あの人はティータイムを楽しむ。



勇者が初めて魔王を見て絶望するシーンになった。


勇者の顔から血の気が引いていく。


あの森での俺と同じだった。


この勇者も、俺も。


魔王という存在を、本当に見てしまったような気がした。


勝てる未来なんて想像できなかった。



俺はそのまま夜まで漫画を読みつくした。


久しぶりに、何も起こらない一日だった。



夜、布団に入りながら考えた。


あの漫画の勇者も、初めて魔王と対峙した時は何もできず、軽くあしらわれた。


でも最後には勇者の剣が魔王を倒す。


俺も彼女に勝てるようになるんだろうか。


起きたら、またあの世界だ。


またあの女性と会うかもしれない。


……逃げるしかないのか。


それとも、立ち向かうのか。


怖さと不安を抱えたまま眠りについた。



目を開けた瞬間、嫌な予感がした。


見慣れた天井。


また現実だった。



あれ?精神世界に行ってない?


なんでだ?もしかしていけなくなったのか?


考えれば考えるほど、わからない。


何が起こってるんだ。



考えていると家のチャイムが鳴る。


「はーい」


母さんに案内されておねえさんがやってきた。


「久しぶり~」

ゆうなちゃんが出迎えてくれた。


挨拶をして、おねえさんと一緒に父さんの部屋に行く。



父さんの身体を見ると、何か違和感があった。

なんだろう。


ふと線香を見る。

「こんなに濃い煙、出てたっけ?」

線香の煙が、いつもより太く揺れている気がした。


煙は上へ昇るものだと思っていた。

でもその日は違った。


まるで、何かを探しているようだった。


「気のせいじゃない?」

一番気にして見ているゆうなちゃんが言うんだったら、そうなのかもしれない。

少し強引に納得した。


みんなで線香に手を合わせる。



母さんがコーヒーを入れてくると部屋を出ると、おねえさんが口を開く。

「最近学校どう?大変なことない?」


「順調です~楽しくやってるよ!」

ゆうなちゃんが元気に答える。


「大丈夫。問題ないよ。」

俺も慌てて続けるように答えた。


「ミルクたっぷりでよかったよね?」

母さんが入ってきてテーブルにコーヒーとコーラを置いた。


ゆうなちゃんは一気にコーラを飲み干す。


俺は、コーラをちびちび飲む。

一気に飲むと喉が痛くなるんだ。



おねえさんは再び緊張した面持ちで、コーヒーを流し込んだ。

「外では、彼を特別な存在として扱おうとする動きも出ています。

ご家族にも接触してくる可能性があるので、気を付けてくださいね。」


「前に言ってた、神って話だね。」

俺はふーとため息をつきながらそう言った。


「今日はご報告なのですが、彼の身体のことである仮説が有力になってきました。」


三人とも次の言葉を緊張した面持ちで待つ。


「彼の身体は確かにここに存在しているが、

世界との関係が切れているような状態なんです。」


ゆうなちゃんは線香から目を離さない。


あの日からずっとそうだ。


あの煙が父さんをつなぎとめているとでも思っているみたいに。


おねえさんは一度、父さんを見た。


「……信じてもらえないかもしれませんが、

検査のために血液を採取しました。でも……すぐに以前と同じ状態になるんです。」


その言葉に、思わず父さんを見る。


そんなことまで調べられていたのか。


「食事も点滴も必要としていないのに、栄養状態は正常なんです。」

そうだ、寝たきりなのに点滴が付いてないのは気になっていた。


「動いていないのに肉体が衰えていないんです。」

俺は父さんを見ながら、確かに寝たきりなのに変化が無さすぎると思っていた。


「私たちも最初は信じませんでしたが、

どこかで食事をして、適切な運動をしていると考えれば自然なんです。」


「そう考えると、この世界から切れているのではなく、

他の世界とつながっていると考える方が自然なんです。」


「他の世界って?」

ゆうなちゃんが口をはさむ。


「それはわからないの。

でもパパはここにいなくて、体だけがここに見えているって考えたら自然なのよ。」


精神世界……なのかもしれない。


そう呼んでいいものなのかもわからない。

どうしてそうなるのかなんて、俺には理解できなかった。


でも、そう直感してた。


父さんとあの世界はつながっている。


それだけが今は希望になった。



それから母さんとおねえさんが二人で話をしていた。


小学生には聞かせたくない話もあるんだろう。



なぜ昨日の夜は戻れなかったのかわからない。


俺は線香の前で、父さんのもとへ戻れますようにと手を合わせて寝室に向かった。


今日こそ、あの世界へ行く。


あの女性が何者なのかなんて、今はどうでもいい。

本当は怖い。

もう一度会ったら、今度こそ何もできないかもしれない。

怖くても行く。


誰かに選ばれた勇者じゃない。

誰にも期待されなかった武器屋の息子でいいじゃないか。

俺は父さんの息子だ。

俺だって、大魔導士になれるさ。



父さんに会いたい。


それが一番だった。


でも、もう一つだけ確かめたいことがある。


あの森で俺を置いて消えた恐竜に、もう一度会いたかった。


俺はそう決めて、眠りについた。

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