第7話 はるまと絶望の一槌

「死ぬ。水をくれ。これ以上歩けない」


「泣き言言うなし!あんたが魔王様に会いたいって言うから案内してんだろ」


シンシアはなんであんなに元気なんだ。


砂漠を、寝ては歩き、歩いては眠りながら進み続けている。


そもそもなんで歩きなんだよ。


「プテラノドンに乗せて欲しかった」


「何言ってんだ。もうちょっとだから頑張れ」


「昨日も聞いたよそれ…」



考えれば考えるほど、

魔王は倒せるのか。

倒していいのか。

倒す意味があるのか。

わからなくなる。


でも恐竜は「パパに会いたければ魔王を倒す必要がある」と教えてくれた。


恐竜は嘘をつかない。


全然わからない。



正直怖い。


あれだけ圧倒的な力を持つ彼女が、デコピンで倒される存在がいる。


それよりもさらに強い魔王とは、戦いにもならないだろう。


とにかく会ってみないと始まらない。


「シンシア!魔王に会いたい!どうすれば会える?」


俺がそう言うと、シンシアは「連れて行ってやる」と言ってすぐ出発し、今これだ。



喉が渇いた。焼けるように痛い。



もうだめだ倒れる…



バシャッ。

水だ!顔に水がかかって起きる。


砂漠を超え湖のほとりで寝ていた。


「シンシア、運んでくれたの?」


「そうだよ。置いといたら死ぬだろうから」


軽く言ってくれる。

水浴びをするシンシアがパシャパシャと水をかけてくる。


こうして見ると本当に普通の少女だ。

ここが現実で、シンシアが同じ学校の女の子だと言われても信じてしまいそうだ。



「そういえば魔王様になんで会いたいの?食う?」


「食わないよ。というより絶対俺じゃ魔王に勝てないでしょ」


「わかんないよ~?魔王様やさしいから」


「やさしいから負けてくれるってこと?」


「理由によってはね」


なんだ?どういうことだ?理由によっては魔王は倒されてくれるのか?


優しいとかいう話なのかそれ。


未だ魔王という存在が全然つかめない。



「あとどれぐらいかかるの?」


もうちょっとあの丘を越えれば、魔王様がいる国が見えるよ。


「魔王の国ってこと?」


「違う違う。なんか交渉?わかんないけどお願いしてるんだって」


やっぱりイメージが違う。


侵略するとかじゃなくて、お願いなんだ。



手渡された干し肉をかじりながら丘の上を眺めた。

「カッラ!水、水」


湖に顔を入れて口をゆすぐ、父さんはからいの好きだったんだよな~


好奇心から食べちゃって、泣いたことあったな。


父さんの膝に座って頭撫でられながら、

「こんなところにおいてごめんね」

って父さんが必死であやまってくれたっけ。


少し涙がこぼれる。



「さて」

シンシアが立ち上がり

「そろそろいこっか」


俺も立ち上がる。


だいぶ体力も回復したし、もうひとふんばり頑張れそうだ。



丘を登り切った所で異変に気が付く。


崖が平地を囲み、そこに壮大な城が立っている。

その崖にびっしりと万を超えるだろう人影、

いや人ではないなにかが並ぶ。


魔人というより魔神、シンシアのお姉さんと同等かそれ以上の物ばかり。

全部が魔王だと言われても納得する存在感、世界が震えていた。


完全に臨戦態勢のそれだとわかる。

「交渉じゃなかったのか?」


シンシアが首をかしげながら答える。

「けつれつ……だったっけ?」


やっぱり戦うんじゃないか。

と思った瞬間すさまじい怒号が上がった。


宮殿から雪崩のように、四方八方に兵士が飛び出す。


宮殿から数万の矢が一斉に放たれる。

常識では届かない距離だ。

それでも矢は一直線に魔神達へ向かって飛んでいく。


届くと思われた瞬間、矢が空中に刺さった。

止まったと言うより何かに刺さったんだ。

全ての矢が空中に刺さって停止する。


あざ笑うかのように、魔神からの集中砲火、

十万に届くとも思われた兵士がなすすべなく焼き尽くされていく。


宮殿からも炎や氷の刃が飛び出す。が、全て届く前にチリとなって消えていく。


相手になっていない。

数で言えば十倍はあるであろう軍勢が、まったく届かない。


そう、大人が子供と相撲を取る時の感覚。

本当は一撃で倒せる相手なのに、わざと矢を放たせて魔法を打たせている。

そんな気持ちにさせられた。


次の瞬間すさまじい気迫が襲い掛かる。


天が割れる。

息が詰まる。


ローブをまとった異質な何かが下りてくる。

人の形をしていてもあれは人じゃない。

魔王級の存在の中にいてもひときわ異彩を放つ存在。


はるか遠くからでもわかる。

あれが魔王だ。


魔王が手を広げ空を仰ぎ見る。


空に模様が浮かび上がる。

円を描きたくさんの線が、魔法陣のような形になっていく。


魔王が手を振り下ろした瞬間、大きな光の柱が城めがけて落ちる。


衝撃が止み光が離散する。


だんだん見えてくるが、

城があったそこには文字通り何もない。


本当に何も残っていなかった。


跡形もなく消えていた。


俺はパニックになってシンシアに詰め寄った。


「なんだあれ!話が違う!お前らなんなんだよ!」


シンシアは困惑したように

「何怒ってんだよ。何が違うんだよ」


これは怒りなのか、悲しみなのか。

なんなんだこの感情、あれはどう考えても倒すべき悪の親玉だろう。


でも倒せるわけね~なんだあれ



気が付いたら一心不乱に走っていた。


魔王が立っているあの場所に向かって。


がむしゃらに走る。


足が悲鳴を上げる。


でも走り続けた。


怖いとか勝てないとか、そんなことじゃなかった。

ただ、知りたかった。



魔王の立っているふもとまでたどり着いたころ、魔王が腕を振り上げた。


その瞬間、魔王は城跡を取り囲んでいた人々と共に消え去った。


空気が一気に軽くなる。


「なんなんだよ。お前は!」


俺は怒りに任せて叫んだ。



とぼとぼと魔王のいた場所まで上がった。


理由はわからない。


魔王に近づきたかったのかも知れない。


意味なんてないのかもしれない。


いや、確かめなきゃいけないんだ。



魔王がいたであろう場所に立ってみた。


城だった場所が見える。


何もない。


今は何もなくなっている。



風に飛ばされた紙が、足元に引っかかった。


力なく拾い上げる。

紙の感触が、やけに現実だった。


広げて見て愕然とした。


「何をしているかわからないけど、頑張って下さい。


まりさんもゆうなちゃんもはるま君も、待ってるよ」


なんだこれ?


母さんの名前?ゆうなちゃん?はるま君?


偶然か?誰が書いたんだ?なんで精神世界に落ちてる?



意味のわからない紙をどう理解したらいいのか。


正直魔王についてのことで頭がいっぱいで全然追いつかなかった。


後ろでシンシアが

「帰るか?」

って笑ってる。


後ろで笑うシンシアが、今は少女にすら見えない。



父さん、頼むから出てきてくれよ。

助けてよ。父さん。


俺はその場に崩れ込んだ。



―― 第一章 完 ――


はるまはまだ知らない。


魔王が生んだ絶望こそが、

父の生んだ奇跡の片鱗だったことを。

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