71『母は強し』(チームを作る)

「子は、親を選べない。けれど」


 キトン宅の玄関ドアを前で、ブンがつぶやいた。


「親から自立することはできる」


 キトンがハラハラと見守る中、ブンがドアを開いた。

 とたん、鬼の形相をしたブンの母が、リビングから飛び出してきた。

 ブンの母が腕を振り上げた。

 キトンはとっさにブンを守ろうとしたが、間に合わなかった。


 ブンの母が、ブンをぶった。


「アナタ、自殺しようとしたって本当⁉ あの人もアナタも、どうして私を置いて行こうとするの⁉ 嫌い嫌い嫌いっ、こんな世界、大っ嫌い!」


 キトンは薄ら寒い恐怖に囚われる。

 自殺未遂をした我が子を、親がぶつ。

 そこまでは分かる。

 だが、その理由が説教ではなく自分勝手なヒステリーの発露だというのは、どういうことだ。


「ママ、ごめん」


 ブンが真っすぐに、母親の目を見据えた。


「私は■■さんの代わりじゃないんだよ」


 子を諭すかのように、あやすように。


「私はお父さんとママの娘であり、自我を持った一人の人間なんだ。そして、私は――僕は、『猫又ブン』という名前のラノベ作家でもある」


「こんな……こんな失敗作っ」


 ブンの母が、ブンの首に手をかけた。


「アンタなんか、生むんじゃなかった!」


 場が凍りつく――


「お前ぇえええええっ!」


 ――前に、怒声が家中に響き渡った。

 母だ。

 キトンの母がリビングから飛び出してきて、ものすごい力でブンの母を羽交い締めにした。

 ブンの母がジタバタともがくが、母はママさんバレーをゴリゴリにやっている現役のスポーツウーマンなので、びくともしない。


「アナタ、実の子になんてことを!」


 母が、ブンの母の頬をぶん殴った。


「そりゃ生きてりゃつらいこともあるでしょうけどね。どれだけつらくても、子供にだけは絶対に見せちゃいけない顔ってもんがあるでしょ! ちょっとこっち来なさい」


 母がブンの母を引きずって、リビングに消えた。


「はーーーーっ、怖かった」


 ブンがしりもちをついた。

 彼女の全身が震えている。


「生まれて初めて、母に反抗したよ。ふふっ、僕は親不孝ものだね」


「ブンちゃん!」


 号泣しながら、ヒカルがブンを抱きしめた。

 抱きしめ合うブンとヒカルを、さらにキトンが包み込む。

 そうやってしばし、三人で泣いた。





 数十分後。


「好きにしなさい」


 リビングに集合した一同の前で、ブンの母がそう言った。


「ただし、専業作家だけは駄目よ。平均的な作家業の年収くらいは、ママも調べたんですからね。生んだ以上は、野垂れ死にさせるわけにはいかないという責任があります。そのためにも、ちゃんと大学を出て、就職しなさい。それ以上のことは、ママ、もう何も言わないから」


「ママ……」


 ブンが涙ぐむ。


「ブンちゃんママと私、お友達になったのよ」


 母がブンの母の肩に腕を回す。

 キトンにサムズアップしてみせて、


「これから、一緒にバレーしに行くんだから」


 ブンの母が顔を真っ赤にさせて、目を泳がせている。


(さすがお母さん)


 キトンは舌を巻く。


(コミュ力お化け)


「いいお母さんだね」


 ブンがまぶしそうに、言った。


 ――こくり


「さて、じゃあ僕は帰って原稿を――」


「ちょぉっと待ったぁ!」


 ハンナが遮った。

 壁掛け時計を指さして、


「病院、行くっスよ。もう開いてる時間っスから」


「そんな大げさな。吊った直後にキトンに助けてもらったので、全然平気ですよ。このとおり――」


「わーーーーっ」


 不用意に回そうとしたブンの首を、ハンナがガッチリと固定した。


「本当なら救急車レベルなんスからね⁉」

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