第3話 繋がり

「さて、ルシェルが復帰したし、書類は後で助けてもらうとして……」

「そうだな……盾を捨てた始末書がある……」

「俺も双剣とかあるな……」

「はは……俺は魔導車のレポートが何故か課せられている……」

 げんなりとした空気感だ。

 あ、とルシェルは思う。まだ全部終わったわけではない。

 おそらく自分にもこの後、報告書などの提出が求められるだろう。

 それらを書き終わるまでは個人作戦室も借りておこうと思いながら、お手伝いできることはしますとルシェルは言った。

 その瞬間、助かる! と三人の表情が明るくなる。

 笑い合ったところで、アレクセイが立ち上がった。そして、シトリンとジェイドも立つ。

「行くか。ルシェルも来て欲しい」

 どこへ、とルシェルは聞かなかった。声をかけたということは、自分も行った方が良いのだろう。

 三人についていけば、その足は救護棟へ向いている。

 ルシェルの足が止まりかける。この三人が向かう場所はひとつしかない。

 受付で聞かなくても部屋はわかっているようで、迷いなく進んでいた。そして、最上階の個室へと辿り着く。

「もうわかってると思うが、改めて紹介させてくれ」

 帰ってきた俺たちの第四席だ、とアレクセイが扉を開けて中へ。シトリンはルシェルを一度見て、先に入る。

 招かれているのはわかる。しかしそれと、オタクとしてここに入っていいのかどうかはせめぎ合っていた。背筋がほんの少しだけ冷える。

「ルシェル、中へ」

 後ろからのジェイドの声に促され、足が前に出た。

 最推しがいる。四人が集う場所に足を踏み入れる――ルシェルはひゅっと息を飲んで、びたっと止まった。

「いや、無理です!!」

「えぇ? ルシェル、無理ってなんだ」

「あのジェイド様! 俺はやはり、ここに入っちゃダメだと思うんですが!?」

「……ダメなことはない」

 ジェイドはルシェルが喚くのも気にせず背中を押す。

 いくら踏ん張っても力で敵うわけがない。

「や、無理ッ、アッ、ひっ」

「変な声出してるが……入れ」

 無理と腕で自分の視界を隠そうとするルシェル。その口からは言葉にならない音ばかりが漏れていた。

 抵抗虚しく、ルシェルはその境界を超えた。

 入れば、ベッドが目に入る。見ないようにと思っていたのに、見てしまう。近くにと、さらに背中を押された。

 その距離は、三歩ほど。

 バルディウスと目があった。記憶の中の彼より痩せており、頬はこけ落ちている。一年の苦難を感じさせる姿。

 それでも、変わらない――ひとびとに向ける、ルシェルが何度も見て心を満たされた微笑みを浮かべていた。

「初めまして、だな。ルシェル」

「っ!!」

 名前を呼ばれた。オタクとしてアウト。オタクとしてみつかってはいけない。認知、アウト。それはルシェルが自分に課しているルールだった。

 でもビジネスライク、いやこの瞬間をビジネスライクにできるのか。

 その前に、気持ちがもたなかった。

 名前を、呼ばれた!

 ぶわっと花が咲き乱れるような幸せの波。いや、それよりもっと暴力的にルシェルの中に落ちてきた感情がある。

 いる。ここに、いる。

「――最推しが!! いる!!」

 思い切り叫んで、ルシェルはしゃがみ込んだ。

 顔を手で覆って隠す。指先に感じる湿った感覚は涙だ。自制できず、止まらない。

 うぇ、えっ、と嗚咽が漏れるのが止まらなかった。

「えっ、なに?」

「俺もよくわからん」

 戸惑うバルディウスにアレクセイは笑う。そしてシトリンが唇を尖らせた。

「最推しって……俺じゃないのかよ」

「シトリン様も推してますけど! 七班推しですけど! 俺はバルディウス様が、……ふぁっ!?」

 極まって声に出していたことにルシェルはやっと気付いた。

 恐る恐る顔を上げると、目が合う。

 アレクセイはにこにこしているし、シトリンは少しいじわるそうに笑っている。後ろを見上げればジェイドは苦笑していて、前に視線を戻すとベッドの上のバルディウスが笑いかける。

「……」

 ルシェルは考えた。

 口から出た言葉は消せない。でも、何事もなかったかのように振る舞えばなかったことにできるのではないだろうか。

 そう決めたなら、いつものスンとした表情を作り直す。両手で顔を覆って、しばらく黙り、やがて立ち上がった。

「……初めまして、オペレーターをしているルシェルです」

 淡々と名乗る。表情はスンとして取り繕っているが目元にできた涙の後は隠せない。

 さっきの暴走をなかったことにしたルシェルに一同は声をあげて笑った。

「ルシェル、そんな、今更……」

「リン、やめろ! ルシェルが堪えてるから!」

「アレク、それは追い討ちだ……」

 ジェイドの声に、え? とアレクセイはルシェルを見る。スンとしたままだが頬から耳にかけて赤い。

 あ、と思った時にはもう遅かった。

「……っ、ミスがでかすぎる……!」

 唸るように言うルシェルは、苦々しげだった。

 オタクとしてこの失態、どう挽回するかと考えるがどう考えても難しい。

「はは、面白いやつだな」

 そして追撃。最推しの、やわらかな声。

 その後に続いたのはルシェルへの言葉だ。

「君のおかげで俺は……いや、俺たちは助かった」

 バルディウスの金の瞳は穏やかにルシェルを映している。

 ルシェルだけを。

「ありがとう」

 ありがとう。

 ありがとう……

 ありがとう……?

 最推しが俺にありがとう?

 なんで? ありがとうなんて言われること、していない。

 いやそれよりも何より、やっぱり――最推しの目の前にいて、俺、認識、されてる。

 だめだ、アウト。

 そこでルシェルの視界は暗転した。

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