題名の『海に溺れる』とは、“とても広い不条理な世界に漂い息ができないほど苦しい”と言った様な比喩でしょうか。
この作品が、作者さんの実話であれば、とても息苦しいのでしょうね。
食べるや、寝るなどは、生き物として満たされているか最低限のことです。
人は複雑な知性を持ってしまったので、肯定されて初めて幸福を感じる生き物です。
(他の動物でも同じじゃんって意見があるかもですが、ここで言う肯定は、傾聴や容認といった類です )
私が感じたのは、
『彼は今、個人的に不幸』かもしれませんが、
形のない心を文章で表現し、
しっかり自分の意見が有り、
彼自身の生活や感情そして周囲の人々との関係を、言葉で輪郭が作れているところです。
偏った偏見は誰しも有るとして、
彼が、彼を取り巻く環境に居たからこそ『積み重なり生まれてきた“モノ”』なのじゃないかと思いました。
サブタイトルに、『麻痺した感情』とありますが、研ぎ澄まされた感情が描かれていました。
私には、『海に漂う』様に見え、『人生の先端が、今好みの色じゃない』様に思えます。
色を重ねる油絵のように、いつの日か彼が彼自身を俯瞰して見た時に、何色なのか………。
きっと、『深海より深い青』なんじゃないでしょうか………。
「児童養護施設」という場所は、僕にとって馴染みのない場所です。
近所にあって、時たま子供たちが出てくるな、くらいにしか思いませんでした。
きっと、僕のような方々は少なくないと思います。
この文章は、そんな人たちにこそ薦めたいです。
この文章を読んでも、恐らくは施設に暮らす子供たちの待遇が改善されるわけではないでしょう。悲しい思いをしている人、辛い目に会っている人の声は、きっと世界には届きにくい。そういう現実を、僕たちも嫌というほど知っているはずです。
でも、だからこそ、知ること、理解しようとすることは大きな意味を持つでしょう。
たぶんこの文章を読んで、「よし、今日もぐっすり寝られるな!」と思う人は少ないはずです。僕も今日は寝つきが悪くなると思います。僕はその感情を大切にしたい。
一人でも多くの人がこの優しい祈りを一緒に唱えてくれたらいいな、と切に願います。