シャロン

安東 亮

第1話 揉んで、舐めて、チュー

 執拗に揉みしだいていた指が、ミミズが這うように乳房の上を動き、乳首に至る。


「硬くなってきたね」


 頬に息がかかるような至近距離で、おっさんがてらてらと額を光らせながら嬉しそうに言う。

 ムードも何もありゃしない。

 鏡を見せたくなるような間の抜けた赤ら顔だが、下腹に力を込めて笑いをこらえる。


 乳首が勃起するのは何もこのおっさんの触り方が気持ちいいからではない。

 単なる生理的反応だ。

 事実、先ほどから全く感じていない。

 強いて言えばごつごつした硬い指が柔い肌に痛い。


 仕切りのカーテン一枚を隔てた隣のボックスから、微かに女の子の「ねぇねぇ。カクテル飲んでもいい?」という甘い声が聞こえてくる。

 この声はみゆちゃんだ。

 さすがはこのセクキャバ「シャロン」のナンバーワン嬢。

 女の私が聞いても耳に心地良く響く。

 顔も抜群に可愛いし、おっぱいは大きいのに腰はしっかりくびれている。

 あんな子に耳元でねだられて嫌と言える男はいないだろう。


「何か飲む?」


 みゆちゃんの声に触発されたのか、明らかに下心満載のいやらしい顔でおっさんが私の乳首をこねくり回しながら訊ねてくる。


 何が言いたいのかは分かってはいるが、断らない。


「いいの?じゃあ、カシオレね」

「いいよ」


 高々千五百円なのだが、自分の度量の大きさを誇示するように鷹揚に頷くおっさん。


 注文票にカシオレと書き込み、テーブル上のベルを鳴らしてボーイを呼ぶ。


 音もなく現れた黒服がボックス席の周囲に張り巡らせた薄いカーテンの隙間を必要最低限度に開き、膝立ちで私に向かって手を伸ばす。


 注文票を渡す瞬間に目配せを交わす。


 彼は一つ頷いてサッとカーテンを戻した。


 間もなく、見た目はオレンジジュースで、中身も正真正銘オレンジジュースのカシスオレンジが席に届く。

 だけど、限界まで照明を落としている店内で酔っぱらいの節穴では十分カシオレに見えるようだ。

 事実、これまで一度も「それ、ジュースだろ」と指摘されたことはない。


 陽気に「かんぱーい」とグラスを持ち上げると、おっさんは慌てたように私の胸から手を抜き、自分のビールを掲げる。


 私はアルコールを摂取できない。

 ボーイもそのことを承知してくれているから、目配せ一つでソフトドリンクを持ってきてくれる。

 こんなの二リットルでも三百円あれば買える。

 だけどここで飲むとグラス一杯千五百円なり。


 コチンとグラスをぶつけてごくごくと飲めば、おっさんは眉尻を下げて満足そうに口角を歪める。

 それで店は売上げがアップし、私の手取りも増える。

 みんな喜ぶのだから、こういう小銭を持っているおっさんから何か飲むかと訊ねられたら断る理由がない。


「ねぇ」


 おっさんが気持ち悪いぐらいに耳に絡みつく声で囁いてくるから本当にまいる。

 露出の多いドレスなのに全身に鳥肌が立ちそうで怖い。


「なーに?」

「舐めてもいい?」


 クスッと笑って「どうぞ」と言ってあげる。

 こうなることは何か飲むかと訊ねられたときから分かっていた。

 私のおっぱいは一舐め千二百円なり。

 高いと思うか、安いと思うかは人それぞれ。

 私は何も思わない。

 何も考えない。


 ドレスをくつろげ乳房を露わにすると、おっさんは猛然と私の胸に顔を突進させてきた。


 私は気付かれないようにグッと息を止める。

 これが遅れるとおっさんの後頭部から立ち上るオヤジ臭をまともに吸い込むことになるのだ。


 揉んで、舐めて、チュー。


 この三つがうちの店の売りだ。

 だから、そこまでは受け入れる。

 それ以上求められたら、すぐにボーイを呼んでお引き取り願う。

 何だかんだ言って、おっぱいを触らせるだけで時間切れを狙う嬢もいるみたいだけど、契約の時に店長から「この三つはありの店だから、そのつもりでね」と言われているから私は断らない。

 給料をもらっている以上、せこい真似はしたくない。


 おっさんに乳首をべろべろ舐められ、チュバチュバ吸われる。

 お芝居で少し息を乱し、微かに「あっ」と声を出してあげる。

 ビクッ、ビクッと小刻みに身体を震わせてみせる。

 だけど、実際は何も感じてはいない。

 猥褻な行為をされているという羞恥も、親ほど年齢が離れている臭いおじさんに舐めまわされているという嫌悪でさえも。

 人間は便利にできている。

 慣れれば、身体も心も何も感じなくなる。

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