第24話 カナリアは籠を出る
「ひひぃっ……来るな……来るな、欠陥品!」
ドクター・ミナミが、腰を抜かして後ずさる。
さっきまでの傲慢さはもう、どこにもない。あるのは純粋な恐怖だけだ。自分の作った“道具”が、理解できない理屈で牙を剥いてきたことへの根っこからの怯え。
「ねえドクター。教えてあげる」
私はドクターの前に、しゃがみ込んだ。マスク越しにそっと、息を吹きかける。
「あんたは私を、“環境に適応しすぎた失敗作”って言ったわよね。……でも違うのよ」
「ななにが……」
「適応したんじゃない。私が、環境を――“喰った”のよ」
彩気を吸って体を作り替える。毒みたいな清浄空気の中でも爪を立てて、はい上がる。
それは、設計図に書かれた“性能”じゃない。地上で笑われて地下であがいて、三鷹と一緒に勝ち取ってきた私の生き方だ。
適応じゃない。抵抗だ。この世界が私を毒だと言うならその毒を、まるごと飲み込んで力に変えてやる。……それが失敗作なりの、生き延び方だった。
「あんたの傑作はあんたの言うことを、よく聞くでしょうね。……でもあんたの失敗作はこうして、あんたを見下ろしてる」
ドクターは、何も言い返せなかった。
半分機械の顔がかたかたと震えて赤いレンズが、せわしなく明滅している。自分の理屈が自分の作った“結果”に、追い越された。その事実がこの男にはどうしても、受け入れられないらしい。
……ざまあと思う。少しだけ。
でもそれ以上に私の胸の中は、おだやかだった。捨てられた理由を知って、泣きわめくかと思っていたのに。たぶんもう、答えを知っているからだ。私が何者かなんてこの男の設計図じゃなくて隣で笑う相棒が、とっくに教えてくれていた。
私は立ち上がってドクターの懐からIDカードを抜き取り、三鷹へ放った。
「三鷹データは?」
「バッチリや。ケイが欲しがってた“カナリア”の資料、まるっと回収したで。……これで取引材料は揃たな」
三鷹が端末を掲げて、親指を立てた。任務完了だ。
「……殺さないのか」
ドクターが震える声で言った。私は振り返らずに答える。
「あんたを喰っても、美味しくなさそうだもの。……それに私は、立てなくなった相手を踏まないの」
「っ……」
「せいぜい、ひとりで“傑作”の夢でも見てなさい。私は行くわ。……ちゃんと、自分の名前を持って」
サーバールームを出ると、通信が繋がった。
『あらあら。第三層の頂点、おめでとうさんどす』
マリーののんびりした声。
『回収してくれた彩獣の核でマスク、うんと強うしときました。清浄区域でも、前よりずっと粘れますえ。……それと』
「それと?」
『“カナリア”の資料。……あんたの体の秘密。そのいちばん奥はこの街の中心――“セントラル”に、あるみたいどす』
セントラル。この街のいちばん深い場所。
私が何者なのか。なぜこんな体に作られたのか。その答えがそこにある。
こわくないと言ったら嘘になる。私の始まりはたぶん、優しい場所じゃない。それでも――知りたかった。自分の名前の意味を自分で、確かめたい。逃げるためじゃなく選ぶために。
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> 《探索ランキング――“霧読み”、第三層を制覇》
> 《次なる目標:中枢区画『セントラル』》
> ──────────────
ガラスの向こうに、光の海が広がっている。
そのはるか奥。街の中心でひときわ高く白い塔が、そびえていた。あの塔のいちばん上。無色のいちばん濃い場所に、私の“始まり”が眠っている。
こわくないと言えば嘘になる。けれど不思議と足は、すくまなかった。
「三鷹。……私行きたい場所が、できたわ」
「奇遇やな。ウチも行きたいとこが、できたとこや」
三鷹がにっと笑う。もうその目に迷いはない。
「あいつらの分まで、まだまだ暴れなあかんしな。……相棒次はどこまで潜る?」
「いちばん深いところ。――私の始まりの場所まで」
私は深く息を吸った。錆色の街の濃い彩気が胸の奥で、あたたかく燃える。
捨てられた“失敗作”の少女はもう、どこにもいない。
ここにいるのは斑鳩時子。相棒と名前と行き先を持った、ひとりの探索者だ。
――第三章 了。
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