13. 笑顔でお別れを
日の出前の時間帯にも関わらず、
神格鑑定士の九頭龍一二三だ。
「現着しました」
そこに九頭龍同様にスーツを着た三名の人物が姿を現した。
「ああ……悪いな、こんな早朝に」
「緊急事態ですから。しかし、我々だけで対処できるものでしょうか。五四式改の存在が事実ならば、起動イコール即人類滅亡ですよ」
眼鏡をかけた理知的な女性が落ち着きを払った物言いをする。
「分かってるさ……渉外課がほとんど出払っていて頼れなかったのが痛かったな」
「他でもヤバ目の事件が起きているみたいですしね。ハア、せめてカレンさんが戻ってきていればなあ。あの人、ハチャメチャに強いし」
「いないものは仕方ないでしょう。我々が優先すべきは封印解除を目論む何者かを取り押さえ、例の剣を押収することです」
最年少と思われる青年がため息混じりに言うのを最初の女性がたしなめる。
「クズ坊、何か懸念があるんじゃないか?」
九頭龍より一回り年上の貫禄ある男性が尋ねてきた。
「失踪前の畑中ですが、ある時から何かに怯えた風だったと聞きました。その後の捜索メンバーに局外の人間が紛れていたなんて話もありましたし……この件どうにもきな臭くて」
「いつもの勘か?」
「勘、ですね」
「出た。班長のそれ当たるからイヤなんすよお。『神格サッカーの国際親善試合、超絶荒れる』とか適当な感じで言ったの忘れてないですからねー」
若手職員の軽口に場が少しだけ和んだ。
夜明けを迎え空が白み始める。それを合図に全員が気を引き締めて西新宿グラウンド・ゼロへの潜入を試みようとした。
……その時だった。
「うわッ!?」「なんだ!!?」
突如、大穴の下から何かが飛び出してきて、同時に猛烈な突風が巻き起こった。
「く、上だッ!!」
風に押し負けないように踏ん張りを効かせながら、九頭龍が上空を仰ぎ見る。そこには大蛇を模した異形が炎をまといながら、空中を
一同がその場から動けずにいると、異形がこちらに気付き巨体をしならせて降り立ってきた。
「これはこれは神格鑑定局の皆さーん。朝早くから揃ってどーしたんです?」
大蛇の背に乗ったブロンド髪の少女・アメノがその場に不釣り合いな満面の笑みを称えながら、四人を見下ろしてきた。
「……。その持ってる剣に用があったんだが、どうやら手遅れだったらしい。そいつが五四式、ホアカリの改良型なのか」
九頭龍が努めて冷静さを保ちながらアメノに声を掛けた。
「そうね。あなた達人間の天敵として作られた存在にして最悪の終末兵器、だっけ?」
「それが動き出してるってことはオレ達……もう終わり?」
九頭龍の後ろにいる若手職員がブルッと震えた。
「そうしたいところだけど残念。今、生体データを再定義中なのよ。消滅まであと少しだけ待ってちょうだいね」
その話に女性職員と年配職員の二人が反応した。
「まだ猶予が残されていると聞いて安心しました。その再定義とやらが完了する前にこの場で封印を施してしまえばいいわけですね」
「そちらから来てくれたのなら、それはそれで手間が省けたわい」
そう告げて、互いに荷から呪符の大量についたしめ縄のようなものを引っ張り出した。
「あなた達って調査課の人間でしょ? 武闘派でもないのに、そう簡単に行くと思ってるの?」
大蛇の背から軽快に飛び降りながらアメノは
「よくご存知で。だが、俺らもいっぱしの神格鑑定士なんでな。要鑑定の危ない神格を放置なぞしてたら、善良な一般市民に顔向けできないんだわ」
九頭龍もまた手に大振りの虫眼鏡を携えて前のめりになる。
「難儀なものね。ちなみに相手するのは私だけじゃないから。ほら、ニニギもいつまで勝負の邪魔したこと
その声掛けに応じるように、ホアカリの背からまた一つ影が降り立った。
巨体の着地によって土埃が高く舞い上がり、その中から筋骨隆々の神格が姿を現した。
「最早、放っておいても滅びる定め……この期に及んで、敢えて関わる必要もあるまい」
はじめはいかにも関心薄そうな様子だったのだが、
「そう言わないでよ。これが終わったら、遊び相手も減っちゃうんだからさ」
「……それもそうだな。もう
アメノの言い分にニニギは寂しそうに同意し、相手を見据えた。
「ムジナッ、いつまでビビっとる!? そろそろ気張らんかい!」
「もうとっくに腹ァ括りましたって! ゲンサイのおっさんこそ、腰気をつけて下さいよ! また面倒見るの勘弁ですからね」
「二人ともお喋りはそこまでです。来ますよ!」
謎の神格らを退け、改造ホアカリが本領を発揮する前に再封印を行う。途切れた街道の
▶ ▷ ▶ ▷
頬に温かいものが当たって、ノウメンは重たい
霞む視界に見覚えのある緋色髪が映り込む。
「レイカ? どうしたの、目
涙が零れ落ちて頬に当たったことは分かるのだが、そもそもレイカがどうして泣いているのか今ひとつ見当がつかない。
「どうして……どうして私のことを助けたんです!?」
「え?」
絞り出すような声で問い詰められ、ノウメンは直近に起きたことをどうにか思い出そうとする。
(そうだ。レイカがホアカリに食べられそうになったから、それを止めようとしたんだっけ)
痛む体を必死に動かして、レイカを突き飛ばした瞬間が蘇った。
「どうしてと言われても、考えてる暇なんて無かったからなあ。
「その判断のせいで、貴方は……うぅ」
レイカの様子になおも困惑するノウメン。
(あれ……?)
右腕を動かそうとして違和感を覚えた。その正体を確かめようと、動く左側を使って上体を少し起こしてみる。
「ああ、そっか。そういうことね」
体の違和感もレイカが涙する理由も一瞬で理解した。
あるべきはずの右腕は二の腕の先端で、それと下半身もヘソより下でごっそり抜け落ちてしまっていた。改造ホアカリに喰いちぎられてしまったのだ。
見た目の酷さに反して、意外と冷静にいられるものだなと思いながら、
「レイカは無事?」
そう言って相手の体を順に確認していく。
左半身に視線を移して目を見張った。
左前腕から先がノウメン同様に失われてしまっていた。
「ゴメンよ……もっと早く動けていたら良かった」
ノウメンが自分の失態のように唯一動かせる左手を自らの額に当てた。それをレイカは頭を振って否定しようとする。
「止めてください、貴方の方が明らかに重症なんですから!」
「ボクはほら、一応神格だからさ。時間さえかければこのくらい元通り。でも人はそうもいかないじゃないか」
そう強がってみせるが、さっきから眠気が強く押し寄せてくる。多分体が保たないレベルのダメージなのだろう。
それはレイカも感づいているようで、
「こんなことになるなら、もっとちゃんと話をしておけば良かった」
「レイカ……」
後悔の念を乗せたつぶやき声が弱々しく耳に届く。
「貴方はちゃんと語りかけてくれていた。歩み寄ろうとしてくれていた。それなのに私が
「レイカだってボクと向き合おうとしていた。ちゃんと理解しようとしてくれていたよ。だからこそ、一緒に西新宿を巡っていて楽しかったわけで――」
「全ては貴方を早く鑑定送りにするために無理に合わせていたこと。どうしてそういう風には思わないんですか?」
「そんなことは……!」
断じてない。
当初がそうであったにせよ、レイカの態度や言葉には常に血が通っていた。書面上の項目を埋めるだけの関係性ではなかったと確信している。
言い返そうとしたところで、体全体が
どうやら本格的に終わりが近づいているようだ。
ノウメンは口にしかけていた言葉をしまい、
「ね、レイカ。笑ってお別れしよ?」
そんな提案をして、レイカの垂れ下がる髪にそっと触れた。
「……そんなの、無理に決まってるじゃない」
泣き顔はついぞ晴らすことができそうにない。
――へえ、少しはマシな顔できるようになったんだな。その調子、その調子。
以前に聴いた幻聴がまた頭に響いた。神格にも走馬灯のようなものがあるのかと不思議に思う。
――娘が二人いるんだ。どっちも俺に似なくて正直ホッとしてる。きっと姉妹で美人に育つわ……ただ、妹の方はまだこんな小っこいけど仏頂面でさ、変に頑固なところがアイツに似そうなんだよなぁ。
これはいつ頃の記憶だったろうか。相手の大男は苦笑しながら快活に話す。
――なあ、ノウメン。いつか妹の方に会ったらさ、笑い方を教えてやってくれよ。……父親がなんとかしろってか。そりゃごもっともだが、お前さんの方が人間よりもよっぽど人間やれそうな気がするんだよ。そんなわけで俺の代わりによろしくな!
顔は判別できないのだが、鮮やかな緋色の髪が印象的だった。
「ゴメン、レイジュさん……その代理はボクには勤まらなかったみたいだ」
「え……なんでお父さんの名前を!? ま、待って! 行かないでッ!!」
驚きと必死の表情を浮かべる相方に、せめてもの笑顔を向けてみせるノウメン。
(なんだろう、すっごく温かいや)
「ボク、お稲荷様が憧れで実はずっと見栄張っててさ。本当の姿見てもがっかりしないでくれると嬉しいな」
光の粒が抜けきり、視界が白い霧に覆われていく。
緋色髪の少女の叫ぶ声も次第に遠くなっていき、やがてそれも聞こえなくなっていった。
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