3. 不調和な一人と一柱

 心地の良いそよ風が春の香りを運んできてくれる、そんな週末の昼下がり。


 巳津岐みつきレイカは街道沿いにある喫茶店のテラス席で読書をたしなんでいた。

 一週間の学生生活、昨日の飲み会、そしてその後の特別なイベントで疲れが残っていたのだろう。遅く起きて活動レベルもなかなか上がらず、結局この時間に自宅近くの店で食事を済ませることにしたのだ。


「何を読んでるの?」

「……『神化論』」


 向かい側の席からの声に顔を上げず億劫おっくうそうに返答するレイカ。


「あー、ボクも昔読んだなソレ。確か人類学者の渡来わたらい教授著で副題は『真核生物から神格生物へのパラダイムシフト』だっけ。予言書みたいな扱いを受けて一時ブームになったんだよね」


 そんな風にコメントする向かいの席の相手をチラと目だけ上げて観察する。

 クールそうな見た目の年上女性が笑みを称えながら両頬杖をついてこちらを見つめてくる。


「さては大学の課題図書でしょ。レポート書くの手伝ってあげよっか?」

「……結構です」


 レイカはそう一蹴して、パタンと本を閉じながらため息をついた。


「というか、なんで今日も万江嶋まえじま先輩の格好しているんですか?」


 レイカの問いに女性はクスッと微笑みを重ねた。

 昨日知り合った万江嶋涼はニセモノであり、本物とは会話すらしたことがない。目の前の相手は万江嶋の姿を借りた赤の他人、いや赤の他神格なのだ。


「この方が話しやすいと思って。それにホラ、ボクって本来の姿は稲荷いなり系だしお店に迷惑になるから」


 その言い分には同意する。昨晩のようなサイズ感でいられるのは大いに困る。


「レイカちゃんのお友達かい?」


 店奥から喫茶店の主人が注文の品を運んで来てくれた。髪も口ひげも白く染まった老紳士でどうやらレイカとの付き合いも長そうだ。


「あ、マスター。そういうわけじゃ――」

「東経大学二年の万江嶋といいます。レイカさんとはサークルの飲み会で知り合いまして、そこで意気投合したんですよ」


 レイカが訂正する間もなく、ニセ万江嶋は自己紹介を始めてしまった。気さくな雰囲気がやけにこなれていてどうにも憎たらしい。


「ああ、先輩なんだね。レイカちゃんって、いい子でしょ。ただ少しばかり引っ込み思案なところがあるから、これからの大学生活が心配だったんだ。是非色々と教えてあげて欲しいな」


「ええ、それはモチロン!」


「……」


 店の主人がごゆっくり、と言って立ち去る。


「そうやって勝手なことを言ってたら、万江嶋先輩本人に迷惑が掛かるんじゃないですか?」


「別に君が本物とも仲良くなれば、何の問題もないでしょ。部活の先輩なんだし」


「それが勝手だって言ってるんですよ」


 ニセ万江嶋が事も無げにそう言うのに対して、自然とジト目になってしまう。


「そうだ。一つ不思議に思っているんだけど」


 ニセ万江嶋の一言にレイカは首を傾げた。


「万江嶋さんからの依頼の紙をボクが処分した後、君は広いキャンパス内からそれを見事に見つけ出したわけだけど、一体どうやったのかなと思って」


 自力で探したと言うのはかなり無理筋であり真っ当な疑問ではある。

 レイカはその質問を受けて、どうしたものかとちょっと思案した。


「……公園で後から来た神格鑑定士を覚えてますか?」


「ああ、あの話の分かる人」


 あなたと違って、と枕詞まくらことばを付け足されそうなのは無視する。


「神格鑑定局勤務の九頭龍一二三くずりゅうひふみ、あの人の異能の助けを借りました。神格絡みの物品であれば手がかりを追ったりできるんです」


「へえ、探索系の力なのかな。便利そう」


 ニセ万江嶋が感心するのを横目に注文のサンドイッチに手をつけ始める。


「ね、その九頭龍さんとはどういう関係なの?」


 聞いてどうするのかと問い返そうとして、


「いや、お姉さんといい鑑定士と縁が深いんだなって思っただけなんだけどね」


 先回りして説明を足された。


「子供の頃から家族ぐるみで付き合いがあっただけです。お姉ちゃんに関しては一二三兄の後を追う形で神格鑑定局に就職したわけですし」


「へー、どうりで馴染んでると思った。一二三兄かあ」


 いかにも面白そうに相槌を打たれた。


「まあ、ボクらもしばしの付き合いになるんだからさ。ここは一つよろしく頼むよ、レイカ」


「……言っておきますが、私はこうなったこと納得いってませんし、あなたのことも信用していませんから」


 気さくに声をかける相手とは真逆に、レイカは見るからに迷惑そうな表情で言葉を返した。




▶ ▷ ▶ ▷




「お願いします! 鑑定に回すのだけは勘弁してください。このとーりです!!」


 人っ気のない公園内の街灯の一つに照らされて、土下座姿勢を崩さずにいる人物。  

 今現在、書店でアルバイトをしているはずの万江嶋涼……のニセモノだ。


「……と言ってるよ」


「さっきあんな図体で暴れてたじゃないですか。私も危うく潰されるところだったわけですし、キチンと神格鑑定を行って安全性を確認すべきじゃないですか?」


 かつて遠い異郷の地からやってきた人とは異なる存在。世間では便宜上、それらを神格と総称している。

 神格がどういった力を持つのか、果たして安全なのか――神格鑑定を行わなければとんと分からない。神格鑑定士とはそういったものを見極めることを生業なりわいとする、現代において要ともいえる職業だ。


 そして今まさに、目の前の神格に対して鑑定を行うべきかどうかの問答が行われているところであった。


「レイカに危害が及ぶとは思えなかったけど……参ったな。鑑定に消極的な神格に無理強いするのはあまり好ましくない。こういうのは人同士と一緒で相互理解から始まるんだよ」


 レイカが強硬姿勢を貫こうとするのを困り顔で見つめるのは神格鑑定士の九頭龍一二三という人物。彼の手元には煙草の煙が静かに燻っている。


「それに俺の見立てだと、さっきのでっかいナリは本来の姿ともまた違うように思うんだよな。なあ、そうだろ?」


 ニセ万江嶋は土下座姿勢のまま肩をビクつかせた。


「お、おっしゃる通りです。ミツキさんが安易に首突っ込もうとするから、ちょこぉっとビビらせてお帰りいただこうと虚勢を張っただけなんです。そもそもボクには戦う力なんてこれっぽっちも備わっていません」


「だそうだ。仮に妖狐の系譜だったにせよ、大学内での影響力をかんがみてもせいぜいが5級、脅威度はドベかな?」


 九頭龍はそう言って煙草を口に咥え、天に向かって盛大に煙を吐いた。


「そうやって……」「うん?」


「そうやって、神格を適当に野放しにしているから、神格事件が一向に減らないんじゃないですか! 神格鑑定局は大きな案件にしか目を向けない。民間の鑑定士は鑑定料と称して法外な金銭を要求する。こんなんじゃ、いつまで経ってもお父さんが浮かばれない……!」


 語調を強めて九頭龍のことを睨むレイカ。


「親父さんが浮かばれない、か……それを言われると弱いな」


 レイカに食ってかかられて、九頭龍は煙草を口に咥えたまま少し遠い目をした。


「まあ、鑑定士業界の構造問題についてはここで議論していても仕方ない。アンタ名前はあるのかい?」


「いえ最近はとんと……ああ、そういえばノウメンと呼ばれていた時期がありましたかね」


「よし、じゃあノウメン。早速で悪いが今から一時的にレイカの“監視対象”になってやってくれ」


「は……はあぁ!!?」


 この発言にレイカは思わず叫び声を上げてしまった。地べたの神格も目を丸くして九頭龍を見上げている。


「な、何で私が神格の監視役を!?」


「まあ、聞きなさい。現状で被害をこうむっているのは代返された大学側だけなんだよ――学生も学びの機会を搾取されたといえばそうだが。ただし大学が被害届を出したとしても立証は難しい。どの授業で代返されたかなんて証拠残って無いだろうし、仮にあっても学生側は単位取得に必死だから、関与を否定するだろう?」


「被害届って、そんなに大切なの?」


「そりゃあ大切さ。通りすがりの神格がいたので鑑定しときましただなんて、やられた方からしてみれば辻斬りにあったようなもんじゃないか。何事も手順が必要なんだよ」


「なら私が届出するから、受理して!」


「いやいや、具体的な被害出てないじゃん」


 巨体を使って脅されたのは被害にあたらないのだろうかと強く思う。


「レイカは鑑定送りを望む、かたやノウメンは鑑定に対して消極的。今すぐに折り合いはつかないだろう。とすると、一般人でもできることとなれば、『神格監視報告制度』でも使うしかないだろ。俺がレイカに依頼した形を取るから、しばらく一緒に行動してみて実害があれば報告書にあげてくれ。ヨロシクッ」


「そんな勝手なッ! 第一知ってるでしょ、私は神格とは――」


 話を強引にまとめようとする九頭龍に、レイカは慌てた表情で物申そうとするのだが、


「もしかして彼女と一緒にいれば、大学の講義にも出られたりします?」


「制度上は『対象は監視可能な範囲にいること』なんだよな。よし、俺が大学に掛け合ってみよう」


「やった! いやあ、神格学の授業って出る機会あまりなかったから楽しみだなぁ」


 かたやノウメンとやらはお気楽さと喜びを全面に出す始末。


「ちょっと二人で話を進めないでください! うう……お姉ちゃんが帰ってきたら絶対に言いつけてやるんだから!」


「おう、やってみろ。この前、俺の力を貸したけど、あれな……実は結構グレーなんだわ。だから、お互いバレた時は一緒に怒られよう。いやぁ、カレンが海外出張中のタイミングで良かった」


「コノッ、不良鑑定士ぃ……!」


 親指を立ててにこやかに笑う馴染みの神格鑑定士に対して、ついつい声を荒らげてしまうレイカであった。



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