【第10話】サイエンス・フロントライン
「それでは
「自己紹介は、もうよろしいですか?」
「あーはい、なんでもう進めましょ」
「⋯⋯ん? 先輩らも聞かされてないんか?」
「そぉなのよ。お昼過ぎに急に招集かかったもんだから、なーんも聞けずじまい」
「正式隊員になればこんな事ザラらしいので、今の内に慣れた方がいいですよ」
「聞いただけじゃ真っ黒なんだが⋯⋯」
苦笑いで茶化す
「本作戦の詳細をお伝え⋯⋯する前に、皆様に任務の根幹となる、量子力学についてお話できればと」
「⋯⋯急になんスか」
「ご存知————存じ上げませーん。ので、ご教授くださーい」
オレの対面に立つ少女が、言い直しながら手を挙げる。
「はい。簡単に言いますと、極端にミクロな現象を研究する分野です。原子、分子、電子、素粒子⋯⋯我々の目では到底見えない小さな粒子を細かに観察することで、電子の波の動きを観測できます」
(電子⋯⋯? 化学の授業ででたような、覚えてないような⋯⋯)
学校の授業はどんなに熟睡効果があろうと、自分ではしっかり聴いているつもりだが、実らない努力だってこの世にはある。
「現代科学の最先端ですね、僕達が所有している基板の半導体にも使われています」
「流石です、
「うん。なーーーんも分かんないですっ!」
静かに話を聞いてそうだった少女が、きっぱりそう言い張る。
「ぶっちゃけたな⋯⋯」
「これは暗記必須ではないので、それで大丈夫ですよ。
「はい」
堂々としている少女は、はっきりと肯定した。
「
将来はゲーマーになるから勉強しないと駄々を捏ねる我が子を見て呆れた様な、動物園に収容されている動物達を見て可哀想と思った様な、青年はそんな目をしていた。
「⋯⋯脳みそまで筋肉なんか?」
「な〜にか言ったかしらぁ?」
「脳も体もしわっしわなんだなーって」
「
「うーんこりゃピッチピチになりそう」
(よくそんなに返せるなぁ⋯⋯二人共)
「⋯⋯それで⋯⋯今回の任務にその⋯⋯リョーシリキガク? が、関係すると?」
全てを把握したわけではないが、オレは続きを聞く姿勢を見せる。
「道徳の次は理科の実験か? 授業参観で無難に道徳選んで他とダダ被りして次回からオリジナリティ出そうとした理科担じゃねんだから」
妙に具体的な悪口には誰も一切触れず、男はつらつらと話し始める。
「量子力学の発展により、過去のデータから今後の波を予測することで、我々は擬似的な未来視が可能となりました。まぁこれだけなら従来の天気予報や株価チャートと変わりませんが⋯⋯」
白い男は人差し指を立てる。
「我々はこうも考えました。この量子波に別の地点から、性質の違う波をぶつけたらどうなるのか、と」
「⋯⋯えーっと?」
「⋯⋯⋯⋯」
上手く理解できずにいると、男は青年にアイコンタクトを図っている。
「⋯⋯未来はある程度予測できますが、そこに外部から不確定要素が加わるとどうなるのか⋯⋯という話ですね。例えば友人達と旅行の計画を立てて、何事もなければ予定通りに進みますが、電車が止まったとか、ホテルが臨時休業になったとか、全く関係ない知人が急遽参加したいと言ったとか。そういうトラブルにより未来を曲げてしまうとこがあるので、結果的に未来は予測不可能⋯⋯でしょうか?」
男を見るとヘドバンのごとく首を縦にブンブン振っている。それで正解のようだ。
物事を
「予測できていた未来に外部から別の波が干渉すると、その先の波形そのものが変化してしまいます。今から旅行自体をキャンセルする事もできますが、それは個人的なイベントだからできる事。選手不在で大会は中止、ボーカル寝坊でライブは中止。そんな個人的な理由で、大規模なイベントをさっさと切ることはできません」
男は青年の例えに合わせた話をする。
「うーん⋯⋯きっと運営の公式は、その後に記者会見を開くだろうなー」
「わかんねぇぞ? SNSに謝罪文出すだけかもしんねぇ」
ネットが普及して間もない頃の10年代ならともかく、今の時代にまだそんな事をする人はいるのだろうか。
「会場は混乱し信頼もガタ落ち。予定していた全国ツアーや世界大会もパー。これは時間⋯⋯ないし歴史も同様です」
「⋯⋯そこをテコレが未来視して対処するってわけか?」
「⋯⋯えっ? どうゆうことだ?」
「おそらく
「⋯⋯はいっ⋯⋯」
説明と言うか語りを披露していた男が、
「すっごいわね
多分何も聞いてなかっただろう少女が、若干引き気味に
「ただなんとなく思ったやつが当たっただけだ。あとあんま名前で呼ぶな」
「ふーん⋯⋯私は分からな過ぎて柵を越える羊がそろそろ3桁行きそうだったわよ」
少女が腕を上げ体を伸ばす。本当に今まで話を聞いていなかったのだろう。
「⋯⋯もうおまえは素数でも数えてろ」
「えっと⋯⋯1、2、3、5⋯⋯」
「1は素数じゃねーぞ」
少女は眉をひそめる。
「⋯⋯
「それは嫌だから続きを聞かせてください
「はいはい、
「⋯⋯これが通常なのはいかがなものか
ねぇ⋯⋯」
「⋯⋯
「⋯⋯一本道ゲームでも、道中のやれる事全部消化してから行った方がいいと」
「いや⋯⋯はぃ⋯⋯デス、ネ⋯⋯」
もうほぼ虫の息に到達してしまった男を、オレらはただ次の言葉を待つ。
「⋯⋯⋯⋯先程の未来予測の話に戻りますが、テコレは多くの事業にこの技術を使っています。株もそうですが、常にモニターに張り付いていなければなりません。勿論他社も挑戦していますが、現時点では我が社のみが実現できています。天気予報で言えば、他は一週間ほどまでですが、テコレは10年先まで分かります」
「⋯⋯すごい、な⋯⋯」
「どんだけ先見据えてんだか……」
今自分がいるこの世界は本当に現実なのか、それすら疑ってしまうほど今までの話は現実味が無い。
それでも置いて行かれないよう、自分なりの解釈を述べてみる。
「つまり⋯⋯未来が見えるって事ですよね?マンガの続きが先取りできたり、次のテスト用紙を見れたり⋯⋯」
「おぃおぃいくらおまえが万年赤点補習ボーイだからって、流石にカンニングは見過ごせねぇぞ?」
「⋯⋯冗談だって⋯⋯ほんとに、ふと、思っただけで⋯⋯」
少し目を逸らしたが、後頭部に降り注ぐ
「我々はこの技術を独占せず、他社へ研究結果を提供しています。役割分担のようにテコレが予測した事象を提携先に報告し、各企業に必要な物資を発注してもらう」
「⋯⋯実際、テコレがスポンサー務めてるニュース番組の天気予報は百発百中。速報より速い、独自の地震予報。物資調達もインフラ整備もぜーんぶテコレ。こりゃ未来視と言われて当然だな」
誰も成し得ない未来視ができる、それがテコレが大企業たる所以か。
「⋯⋯と、ほぼ確実な未来予測を実現したところで、我々は次のステップに行きます。この波は未来にも続きますが、過去の波も勿論あります。と言ってもただの事実が積み重なっているだけですので、未来の波のように変化はしません」
「そりゃそうだわな。いくらジジィが飯まだかって言おうが、食ったって事実は変わらねぇからな」
「⋯⋯おまえのとこのお祖父さん、まだボケる程高齢じゃないだろ⋯⋯」
こいつは呼吸するように師範への悪口が出てくるな。
「⋯⋯ですが、この過去が変わる異常事態が発生しました」
「「⋯⋯⋯⋯はぃい?」」
オレと
「いぃや⋯⋯過去は変わらないって、あんたが今さっき言ったんだろ? それがすぐ変わったって⋯⋯自分の発言ちゃんと覚えてっか? 小学生の読書感想文じゃねーんだぞ?」
「あの⋯⋯本当なんですか? 過去って⋯⋯変えられるものなんですか?」
「本来なら不可能なはずです。なんせ過去自体には行けないんですから。元来タイムスリップや時間旅行といった物は、創作の設定に過ぎませんでした」
(⋯⋯? 何か引っかかる言い方だ⋯⋯)
「でした⋯⋯って、過去形なのは⋯⋯?」
「はい! タイムスリップする方法、我々すでに確立しました!」
(ヒェェェ⋯⋯)
もう怖いどころじゃない。
身体が宙ぶらりんになった様な浮遊感だ。
足元がおぼつかない。
話も唾も半分くらいしか飲み込めていない。
「未来の量子波を予測、さらに過去の量子波を観測し、それに人間の遺伝子情報を乗せることで、異なる地点・時間帯に転送する。我々はこれを⋯⋯
「いちいち横文字使いたがるなぁ」
「コラっ⋯⋯シッ!」
自身の手で
「もがもが⋯⋯ぎぎぐいっであいがばいぃ(事実言って何が悪ぃ)」
「そうゆうのは心の中だけにしないと」
「その語彙でよく分かるわね⋯⋯」
「名称を付けた方が分かりやすいですし。なによりかっこいいですし」
「⋯⋯ごえあごうが(それはそうか)」
オレはするっと手を離す。
「⋯⋯豪勢な名付けはいいんスけど、中身すっからかんのハリボテ企画じゃないっスよねぇ?」
「仕組みは演算装置や量子操作システムをフル稼働して成せる技なんですが、皆様にとってはそこまで重要ではありませんよね。今回の任務は現地での調査⋯⋯異変が起きている過去に赴いていただきます」
「調査⋯⋯って、何を⋯⋯?」
「この異常の原因が何なのか、自然に発生したのか、あるいは⋯⋯」
男は少し言い淀んだが、すぐに続きを口にする。
「⋯⋯──第三者の介入」
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