第三章「16階―赤の庭園」

第14話 一人依頼

 ファイフォンの手伝いを始めてから一週間が経った。


風移屋フォンイーウーは徐々にではあるが、片付き始めていた。輝が毎日場所を決めて、少しずつ物の整理をしているからだ。


「いやあ、ほんと助かるよ。依頼の手伝いもしてもらってるのに」


 風はそう言いながらも、自分で片付ける気はちっともなさそうだ。輝は「はあ」と返事をしながら片付けを進める。

 そんな彼の態度にも彼女は慣れ始めていた。

 期待しても無駄だと学習した、とも言えるのだが。


 昨日の依頼で貰った謎のオブジェの置き場所に迷いながら、考える。


 この数日で色々な依頼に同行したが、風はその度に、この世界の金銭である橄欖紙ガンランジーに加えて何かしら一つ物を貰う。店の中にあるものを、別の誰かに渡す依頼もあるのだが、依頼の全てがそうというわけではない。

 つまり、店に存在する物の数はどんどん増えていく。


 その仕組みに気付ける程度には、輝は風の助手という『役割』に慣れ始めていた。

 もう一つ気付いたことがある。

 彼はどうやらお金に全く興味が無い。片付けをすればするほど、物の隙間からくしゃくしゃになった紙幣が出てくる。


 貰ってしまってもきっと気付かないんだろうと思いながら、拾い集めて適当に束にして分かりやすい場所に置く。自分にもお金の使い道は正直そんなにない。


 自分が膝の怪我に使ったガーゼとテープ、生活用品一式として貰った鞄や服の費用を、彼が断るのを押し切って無理やり自分の報酬から出しただけだ。それ以外に、報酬には手を付けていなかった。


 彼は一体何の目的があってこの風移屋をやっているのだろう、とふと疑問に思う。


 ――僕はこの世界の方が性に合ってるんだ。


 彼はそう言っていた。何か理由があると思うのだが、彼はそれを話さないし、輝も深く追求する気はなかった。


 せっせと片付けをしていると、風の電脳手机デンナオチョウジーが鳴る。輝はこの音にも段々と慣れてきていた。

 ホテルの依頼の日にあの謎のアプリが現れたとき以降、自分の端末はまだ一度も鳴っていないけれど。

 謎のアプリとカード。あのアプリは消えることなく、バグったような表示のまま自分の端末に残っている。


 風は端末を操作して連絡内容を確認しているようだが、斜め後ろから見える顔が何やらしかめられている気配がする。

 彼は一度溜め息を吐いた後、ソファに片手を掛けてこちらを振り向く。


「ねえ、君一人に依頼をお願いしたいって言ったら、まだ不安?」

「えっ……」


 いきなりの話に戸惑い、掃除をしていた手を止める。

 とりあえず、いま手に持っているものを棚に半ば無理矢理押し込んで、風の方に向き直る。


「この間、時計屋が何かまた頼みたい仕事があるって言ってたでしょ?」


 その言葉に、兎頭の時計屋の言葉を思い返す。


 ――このくらいの女の子なら……しかも迷路人。


 私にしか出来ない依頼。緊張しながらも、詳細を聞いてみる。


「えっと……ものによると思うんですけど、どんな依頼なんですか?」

「時計屋によると、完成させた時計を届けて欲しいってことなんだけど、その相手がちょっとややこしいみたいでさ。自分のお眼鏡に叶った人間しか自分の領域に通さないクセに、自分はその領域から出てこないんだ」

「それで、私なら入れてもらえるかもっていうことですか……?」


 風は頷く。一体どんな人物なのだろう。

 彼の言い方を聞く限りでは、相当気難しそうな気がする。

 上がった心拍数の不安と期待の天秤が、不安に傾き始める。自分で大丈夫なのだろうか。


「まあ、何か困ったら連絡してくれていいし、そこまで急ぎの依頼でもないみたいなんだけどね。ちょっと詳細送るから見てみてくれないかな」


 すると輝の端末の方から音がした。

 慌てて取り出すと、最初に端末を貰った時に入れてもらった連絡アプリのアイコンの左上に1、と数字が表示されていた。視界に謎のアプリが映るが考えないようにする。


 数字のバッチが付いたアプリを見て、本当にスマートフォンそっくりだな……と思いながらアイコンをタップする。


「そういえば、このアプリの名前、何て読むんですか……?」


 聞きそびれていた、と思いメッセージを開きながら風に訊ねる。


「ああそれ、会話通信フイフアトンシンって言うんだけど、いま時計屋の依頼のメッセージを転送したから確認してみて」


 そう言われ、開かれたアプリを見ると風からの転送メッセージが表示された。

 そこには要約すると「可愛い少女なら、彼女の領域に入れてもらえるかもしれない。催促がうるさい」ということが書かれていた。

 輝は自分が「可愛い」かは分からなかった。


「確かに、風さんは無理そうですね」


 メッセージの内容を見る限り、時計屋も風も条件外だろう。そして自分で外に出てこないのに催促とは、一体どういうことなのだろう。


「届けるのが女の子じゃないとダメってことですよね……」


 「可愛い」の部分は、口に出してしまうと何だか自分のことを可愛いと思っていると思われそうで、思わず伏せてしまった。


「オッケー、ちゃんと届いているね……どうやらそうらしいんだよ。だから僕も会ったことは無いんだよね。彼女が居ることは知ってはいるんだけど」


 自分の領域、というのが何かも分からないが、そこから出てこないのに有名な人物なのだろうか。そういった面倒くささで有名なのかもしれない。


「あと、そのアプリ、メッセージだけじゃなくて音声通話もできるから、何かあったら連絡して。男の声すら嫌がるかもしれないけどね」


 そんなに男嫌いなのだろうか。少し緊張してくる。自分が男っぽいとは思わないが、気分を損ねないように気を遣わなければいけないかもしれない。

 それでも輝は、話を聞けば聞くほど「自分にしかできない仕事」という響きに期待している自分を自覚していた。


 それとは反対に、「自分にしかできない仕事」だからこそ失敗したら……? という不安も過る。伏せた端末と一緒にソファの布をぎゅっと握る。


 助手を辞めさせられるかもしれない。時計屋からの信頼もなくなるかもしれない。二人からの冷たい視線を想像して、身体の奥が冷える。

 輝は端末を胸元に抱えて、深く息を吐いて気持ちを抑える。


「それで、どうかな? 行けそう?」


 言わないと。

 絞り出すように答える。そうでないと、いつまで経っても信頼されないままだ。


「……正直不安はあります。でも……行きます」

「本当? 大丈夫?」


 それが何だか疑うような目を向けられているような気がして、輝はほんの少しだけ、対抗心が芽生える。

 息を吸ってもう一度強く言う。


「大丈夫です。行きます」

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