幕間(第4.5話):楽屋裏の絶対王者
バタン、とテレビ局の重厚な楽屋のドアが閉まる。衣装を脱ぎ捨て、自身がグローバルアンバサダーを務めるハイブランドの黒いスウェット(約30万円)に身を包んだ俺――郁弥(ふみや・芸名:IKU)は、ソファに深く腰掛けるなり、愛車のキーをテーブルにバン!と叩きつけた。
「(前髪をクシャッと掻きむしり、テレビ局の天井が吹き飛ぶレベルの『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……』という特大のため息をつく)」
「お疲れ、郁弥。相変わらず、地球が滅亡する間際みたいなため息つくじゃん。初主演ドラマの撮影、そんなにキツかった?」
隣のメイク鏡の前で、のんびりとコーヒーをすすっているのは、小学生の時からの幼馴染であり、TWINSの相方であるYUKIだ。俺が「郁弥(ふみや)」という本名を上手く言えなかった小学生のあいつから「いく、いく」と呼ばれ続け、それがそのまま芸名『IKU』になった。
今日のシングルチャート1位〜5位独占だって、俺の作詞作曲と、あいつの天才的な編曲のバディ(絆)が叩き出した、当然の『数字(実績)』だ。だが、今の俺の頭の中を支配しているのは、前人未到のチャート独占の偉業でも、息をつく暇もないほどの殺人的スケジュールによる過労でもなかった。
「……なぁ、聞いてくれよ。さっき、大学の近くのカフェで、僕たちの限定トレカをお守りみたいに机に飾ってさ、最新のアイドル雑誌の僕のページを見て、目を完全にハートマークにしてニヤニヤ悶絶してる激マブな女の子(深雪)がいたんだよ」
「へえ、熱狂的な『GEMINI(ファン)』じゃん。いつものことだろ? サングラス外して、お得意の極上ファンサでもしてあげたわけ?」
相方が面白そうに肩をすくめる。
俺はソファのクッションに顔を埋め、赤くなった耳を隠しながら早口で捲し立てた。
「声をかけたよ! 変装して向かいの席に座ってさ、『もし本物のIKUが今ここに現れたらどうする?』ってちょっと意地悪く聞いてみたんだ。そしたらあの子、何て言ったと思う?真顔で一秒で『そんなの有り得ません。現実とファンタジーを混同しないで。あの画面の向こうのIKU様は無菌室の偶像(奇跡)です。スウェット姿の本物がハグして〜とか甘えてきたら、オタクの倫理(マナー)にかけて冷たいペットボトルの水をぶちまけて完全拒絶します!天狗になるな!神はテレビの中のひと(画面の向こう)です!』って、本物の僕の目の前で大熱弁して、そのままパニックになって走って逃げてったんだよ!!」
ブフーー!!!と相方は飲んでいたコーヒーを楽屋の床に大爆笑で吹き出す。
「ゲホッ、ごほっ……!! ギャハハハハ!!! 最高すぎるだろそれ!! お前、世界中の女を狂わせる絶対的センターのくせに、自分のガチオタクの目の前で『本物が来たら水をぶちまける』って直球でフラれたの!? IKU様の溺愛(ファンサ)の価値、冷水ぶちまけ対象以下じゃん(爆笑)」
「笑うな!!! 恥ずかし死にするわ!!!しかもあの子さ、僕が着てたこのアンバサダーのスウェットの生地の織りまで一瞬で見抜いてさ。『自腹で爆買いして数字で支えるのが義務!』とか言って、銀座の高級クラブで夜遅くまでドレス着て、他の男にお酒注いで必死に稼いだお給料で、毎月CD50枚も買ってくれてるんだよ!?僕の音楽への愛は10000%本物なのに、生身の僕(人間)のことは『ただの生活感のある皮膚』扱いして3メートル下がれってキレるんだよ!? 意味わかんなくない!?」
涙を流して笑いながら、相方はなにやら手元のタブレットを操作している。
「……なるほどね。でもさ、郁弥。お前、その深雪ちゃんって子の話をしてる時、いつもの『殺人的スケジュールでバーンアウトになりそう……全部放り出して辞めたい……』って死んだ魚の目、一ミリもしてないぞ(ニヤリ)」
「(ハッとして、顔面をトマトのように真っ赤にする)」
「その子、お前の音楽を数字で支えるために夜の街で戦って、本物の前でもオタクのプライド(美学)を守り抜いてるんだろ? ……お前をそこまで『一人の男』として狂わせるバケモノみたいな女の子、初めてじゃん。完全に恋に落ちてんじゃん、お前」
相方の指摘にサングラスのツバを指で弄りながら、瞳の奥に強烈な独占欲の炎をメラメラと燃え上がらせて、ふっと妖艶に、不敵に微笑んだ。
「……恋だろうがなんだろうが関係ない。あいつの脳内のオタク理論、僕の特権で全部ひっくり返して分からせてやる。……なぁ、来週のミス大学のコンテスト、僕たちの事務所が公式スポンサーとして審査員枠(利権)持ってるよね?」
「あはは、出たよ。絶対王者の職権乱用(笑)。……オッケー、チーフマネージャーに言って、僕たちの『サプライズゲスト出演』のスケジュール、今からねじ込んどくわ」
「サンキュ。……待ってろよ深雪。僕の目の前で『生身の郁弥くんが世界で一番かっこいい』って泣いて降参するまで許してやらないんだからね?」
楽屋のモニターから、他社のレーベルが引きつりまくっているチャート5位独占のニュースが流れる中、絶対的センターの俺は、まだ見ぬ彼女への独占欲で、初めてバーンアウトの闇を忘れて、心から獰猛(どうもう)に笑ったのだった。
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