1-10 浄化作戦

「ダッッサいね。ウケるんだけど」


 兜(かぶと)を脱いだ女の騎士が口角(こうかく)を上げる。こぼれ出た金褐色(きんかっしょく)の髪が、ざあと、風になびいた。


「お、ま、ええぇ――ッ!」


 わたしは一瞬で涙(なみだ)が引っこみ、頭に血がのぼるのを感じた。

 この女は、さっき城壁の上にいた細身(ほそみ)の騎士だ。

 こいつだ。こいつがエリアを魔法で吹(ふ)き飛ばそうとしたんだ。


「――そういう言い方はないんじゃないかな、ヴァネッサ」


 文句を口走(くちばし)りそうになっていたわたしの代わりに、エリアが声を上げた。魔法の光を失(うしな)った鎧(よろい)で重たそうに立ち上がり、エリアは階段の女を仰(あお)ぎ見た。


「手違(てちが)いでバリケードが開いていなかったのを、魔法で援護してくれたことには感謝してる。だけど、僕ならあの状況を単独で突破できた。フルアーマーを黒焦(くろこ)げにしたりせずにね」


「えぇっ。そうなのか、エリア!?」


 驚(おどろ)くわたしを振り返らず、エリアはヴァネッサと呼ばれた女を睨(にら)んだまま答えた。


「僕は『パーフェクト』ですから」


 赤い鎧のヴァネッサの反応は、冷笑だ。……すごく、嫌(いや)みたらしい笑い方だった。


「ふうーん? ……あっ、じゃあさ! こっち上がって、あたしの仕事見ててよ。エリア疲(つか)れてるだろうけど、『パーフェクト』なら余裕(よゆう)でしょ?」


「おいエリアっ。あんなヤツの言うこときく必要ないぞ……って、ええ!? 行くのかよ?」


「騎士の仲間の、頼(たの)みですから」


 エリアはわたしに苦笑(にがわら)いを見せて、城壁の外階段をのぼっていった。

 ほかについていくあてもないわたしは、慌ててエリアの後を追った。


 城壁の上では、強く風が吹きつけていた。

 赤い鎧のヴァネッサと、何人かの教会の人たちが立っている。

 先に階段をのぼりきっていたエリアが、わたしに気づいて振り返った。エリアの表情は険(けわ)しい。


「ララさま? ついてきてしまったんですか。もどってください。危険です――」


「おまえ。何するつもりだよ」


 エリアの脇をすり抜けて、わたしはヴァネッサにそう言った。

 ヴァネッサは教会の従者(じゅうしゃ)から、何か巻物みたいなものを受け取りながら、ゾンビであふれた市街地を見下ろしている。風向(かざむ)きがかわり、金褐色の髪がひるがえった。


 わたしを見るヴァネッサは……怖(こわ)いくらいの無表情だ。


「何って――浄化(じょうか)作戦だけど?」


「浄化、作戦……」


 ヴァネッサが巻物を紐解(ひもと)く。古く黄(き)ばんだ紙は旗(はた)のようになびき、風に文字を躍(おど)らせた。


「ララさま、僕の盾の内側へ!」


 エリアが叫(さけ)び、有無(うむ)を言わせずわたしを盾と体で挟(はさ)みこんだ。外の様子(ようす)がわからない。

 でも、そうして閉じこめられる寸前(すんぜん)、ヴァネッサが持つ巻物の文字が輝(かがや)くのが、たしかに見えた。


 そうして空に、もうひとつの太陽が出現した。


 熱が、エリアの盾で守られているわたしにも感じられた。

 体を丸めてわたしを包みこもうとするエリアの、わずかに残した隙間(すきま)から、わたしは見た。


 空に現れた太陽がゆっくりと降下していく。でもその太陽は偽物(にせもの)だった。見たこともない、読めない文字が表面を埋(う)め尽くす、燃える球体。大きさはたぶん、小さな山くらい。大きいけど、本物の太陽には遠(とお)く及(およ)ばない。

 だけど、もたらす被害は甚大(じんだい)だった。


 じゅっと水が蒸発するような音がして、偽(にせ)太陽が地表に触れたことを知った。

 それからすぐにものすごい風が吹きつけて、エリアの鎧に当たって音を立てる。たぶん、建物かなにかの破片が飛ばされてきたんだ。


 どれほどの時間、じっとやり過ごしていたのか、わからない。

 ようやく安全になったと知ったのは、わたしに覆(おお)いかぶさるエリアがどいた時だった。


 城壁から見える景色(けしき)は一変していた。

 街が……ない。

 城壁の内側は、焼け焦げたクレーターに変わっていた。


 残(のこ)り火(び)が揺(ゆ)れる焦土(しょうど)に、黒い骸骨(がいこつ)みたいなものが立っている。炭化した建物の残骸(ざんがい)だった。いくつかの石造(いしづく)りの建物だけがかろうじて原型を保(たも)っている。わたしとエリアが立てこもった、あの教会もそのひとつだった。


 だけどもう、それだけだ。

 あれほどたくさんいたゾンビも、きっとまだ街のどこかにいた生存者たちも見当(みあ)たらない。


「はい。浄化、おしまい」


 ヴァネッサの手の中で、巻物が焼け落ちていく。汗で額(ひたい)に髪を張りつかせたヴァネッサの顔は、どこか白(しら)けていた。


「魔女……」


 わたしは思わずつぶやいていた。城壁の下で、兵士が口走っていた言葉だ。

 ヴァネッサのゾッとするほどからっぽな瞳(ひとみ)が、わたしを見た。

 怖いと思った。だけど胸の底から湧(わ)き出た怒りが、上回った。


「……おまえ! 街ごとゾンビを全滅させて、そのなにが浄化だよ!? 生きてる人だっていたかもしれないじゃないか! それなのに、おまえぇ……!」


 言葉の途中(とちゅう)でぼろぼろ涙(なみだ)があふれてきて、のどが詰(つ)まって、何も言えなくなった。


「騎士ヴァネッサに罪はない」


 知らない男の低(ひく)い声が、ヴァネッサをかばった。

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