第15話 ”もどかしい時間(血の代償と、修復の儀式)”
子守歌が聞こえる。
優しい、優しい、子守歌。
ママが歌ってくれていた、子守歌。
誰かの腕の中であやされる、まどろみの時間。
死んじゃいそうな痛みの記憶。
胸を突き抜ける大剣。
「ルナリス!!」
跳ね起きる勢いに痛みを訴える体の節々。脆弱な身体が恨めしい。
そんな私が急激な動きをこれ以上とって自滅しないように、ぎゅって抱きしめる力を優しく強めてくれる、灰銀色の髪の少女人形。
包み込むような優しい声で、紗雪が紡ぎ続けてくれている子守歌。
「紗雪……ありがとう。いったん、落ち着いたよ」
じーっと、至近距離から私の黄金の瞳を見つめる翡翠の瞳。
もう、こんなに近くでそんな心配そうな顔をして。
誘ってる? なぁんて。
「ちゅっ」
えへへ、しちゃった。唇に軽いキス。
あ、あれ、お顔を離さずにむしろ抱きしめる力が強く。
「あ……んむぅ……」
舌をいれるようなことはない、上品な、でも必死さの籠められた口づけ。
たっぷり数分、唇を触れ合わせて、たまにハムハム唇を甘噛みされて。
「心配……したんだから。ごめん……ごめんね。私が『繋ぐ魔法』をもっと早く解除していれば」
「だ、だめだよ! そんなことしてたらルナリスが」
「う、うん。そうだね、それは、そう」
そう、あの激痛の中。最後の最後まで、紗雪が意識を保って『繋ぐ魔法』の同調を維持してくれていたから。ルナリスの『時空の魔法』を私が発動させて、『干渉の魔法』の影響を排除するためにかけた毒と、どう考えても致命傷の胸の貫通傷を、両方とも巻き戻せた。
ただ、そこで意識を失っちゃったから……あの後まさか、とどめを刺し直されたりなんてしてないよね?
もしそうでも、ルナリスは回復したから逃げるだけなら……。
「安心して、生きてる。それだけは確実。でも『繋ぐ魔法』が、ルナリスと繋げないの」
「う、そ……でしょ」
ルナリスと繋げない、繋がれない。私の片割れ、もう一人の私。紗雪だって、私の心の核を取り込んで創られている。
けれど、私にとって2人は少しだけ、関係性に違いがある。
紗雪の魂は心の核に私の一部も持っている。でも、それ以外はママが創ってくれたお人形、人形少女。
最愛のお友達……そして、恋人? 伴侶? 一番近くて私ではない、大切な存在。
ルナリスの魂は私の心の核だけから創られた、正真正銘私の半身。身体はもちろん紗雪と同じ、ママが作ってくれたお人形。最愛の片割れ。伴侶や恋人になりたい好きも感じるけれど、そう思うにはある意味近すぎる存在。
自己愛とは明確に違うのだけれど……すごく複雑な感情。
そして今はとにかく、奪われた心の核を取り戻して、救いたい。その気持ちが前面に出ちゃう。
「ど、どど、どうしよう。ね、ねえ紗雪、私、どうすれば」
なんで、なんで。
いつも安心できる暗いお部屋が、ママがくれたお部屋が、すごく怖い場所に思えてきちゃう。
奈落の底に落ちていくような、恐怖。
「そ、そうだ、そうだよ、出ればいいんだ、そう、出るだけでルナリスに」
立ち上がろうとする。
ただでさえ脆弱な身体。それが、恐怖なのかよくわからない感情で、ぷるぷる、ぷるぷる、小刻みに震えて全然力が入らない。立ち上がろうとして失敗して、毛足のすごく長い絨毯にしりもちをついて。それを、ひたすら繰り返す。
こんなことをしている間に、ルナリスが、ルナリスがぁ……!
あの日、お部屋の外に出た時に、身体中を破壊されていたルナリスの姿が……。
心の核の最後のひと欠片だけを、別空間に隠蔽して、辛うじて魂と命をつなぎとめたルナリスの姿が……。
暖かくて柔らかい感触が、ぎゅーっと背中から伝わる。
形の良い私のお胸が、2本の腕にぎゅむって潰される。
「落ち着きなさい!」
「……っは」
過呼吸になりかけていた息が、落ち着きを取り戻す。
お部屋の中が歪んでる。
そっと、私の目の下をぬぐう細い指。でも、お部屋の歪みは全然収まらなくって。
涙に歪む視界が、本当に世界が融けて消えようとしているみたいに感じられて。
さらに増す、後ろからの密着感。灰銀色の髪の毛が、こしょこしょと首筋を撫でて。
「ちゅっ……ん……ぴちゃ」
目元に触れる湿り気を帯びた温もり。ちろちろと、目からあふれる雫を舐める紗雪の舌先
「ふひゃぁ……」
いつもより大胆な紗雪に、思わずたじたじになって、目が泳いじゃう私。
もう一回ぎゅーって、首筋に顔をうずめる紗雪の温かな吐息が、湿り気を生んで。
あぁ……心が、ぽかぽかしてくる。
それにちょっと、やらしい気持ちも……って、だめだめ。
「
「わひゃぁ!?」
さ、紗雪、首筋を、はむはむしながらしゃべらないでぇ、くしゅぐったい!!
「もう、涙も吹き飛んじゃったよぉ」
「そう? それならよかった。『部屋から出る』なんて、絶対に言わないで。ルナリスだって、そんなこと望まないよ?」
「で、でも」
「でもも、だっても、ない! 少なくとも、生存している事だけは、わかるでしょ? ダメ。いい?」
「ん……んぅ……はい」
言い澱んでいたら、舌先をちろりと覗かせて、艶めかしく唇を舐める紗雪。な、何をしようとしているのかな!?
思わずうなずいちゃったよ。
でも、うん。確かに、私達にはルナリスが生きている事だけはわかるの。うん。
「今、できる事をするね」
「ええ。私は繋がりが回復できるか、常に意識しておくわ」
ゆっくりと立ち上がって、とことこと歩く私。
ふらついても大丈夫なように、紗雪が傍で手を握って、ついてきてくれる。
漆黒の、ママ譲りの髪の先が床をなでる。
向かったのは本棚の裏。お部屋の中の、仕切られたそこそこ広い空間。
ここだけは、ランタンをいくつも置いて、オレンジ色の光で明るくしてある。ママの工房をまねして用意した、お人形制作用の工房。いくつか創造の魔法を使って、習作で作ったお人形も並んでいる。
心の核、魂が込められた魔導人形が、禁忌魔導人形。それは前に、お話ししたよね。
じゃあ、魔導人形ってなあに? それを教えてあげるね。
魔導人形には3つの要素があるの。
動力源であり制御中枢でもある『魔核』。紗雪とルナリスみたいな禁忌魔導人形はこれが『心の核』に置き換わる。
60cmの『本体』。
そして外で活動するための等身大の『稼働体』。
「ナオ、ルナリス用の収納を開けるわね?」
優しく握り合っていたおててが離れる。
稼働体はいくらでも替えが効く。
2つ並んだ大きな大きな、洋服ダンス。紗雪とルナリスをイメージした装飾を施した、木製の家具。
月と、月光に照らされる花園を彫刻した方を紗雪が開ける。
中は拡張空間になっていて、空間の境目でもある入り口は黒い渦が渦巻いてる。
「もし……必要になる状況だったら……赦さない」
「その時は、さすがに、ね」
いつも張り付けている偽物の笑顔が、すんって消えたのを自覚する。
気遣うように紗雪が、私のほそ~い腕を胸の間に挟んで抱きしめてくれる。
ふにっと柔らかい感触に、ちょっとだけ、笑顔を作り直せた。
さて。肝心の本体。魔導人形にとっての、本当の身体。
これは人形作家によって形状はやっぱり違うけれど、ママは三分の一ドール、球体関節人形を好んでた。紗雪達で身長60cm位。この身体は一度魔核と結びついたら、変える事ができない。身体としての本質。修復自体は可能だけれど、稼働体みたいに簡単に入れ替えは出来なくて、修理するか、魔法で癒すしかない。
稼働体の中に魔石を埋め込んで。その魔石の中の特殊な空間に、本体を収納する。
それ自体は魔法の拡張空間の原理ね。
足を踏み入れた渦の先。そこに保管してあるのは、ルナリスの予備稼働体。
魔核も本体も入っていない、外見だけ。それも、まだ完成一歩手前の状態。
禁忌魔導人形作家だったママと同じ製法は使えないから、『創造の魔法』で代用してる。
ママが作っていた稼働体は、ふにふにすべすべの柔らかいお肌も。しゅるりと零れ落ちる銀の髪も、全部、ものすごく希少で高価な素材が使われていたの。特に紗雪とルナリスはそれこそ、城郭都市が一つ建っちゃうくらい……。
だって、その素材と言ったら……壁際に並ぶ、創造の魔法で生み出した素材棚に目を向ける。
無数の瓶や箱、その中身はどれもが経った一欠けら創造するのに私の最大魔力1割以上を消費するような素材達。それを山ほど用意して、そこからさらに創造を重ねる。
「ナオは、国が買えちゃうよね~。3人だけの国とか、建国しちゃう?」
「それもいいかもね~。まあ、人形専用だから……いや、それでも買う人は、いるんだろうね」
人形専用になってしまっているから買う人は限られるし、そもそもそのつもりはないけれど。もし売れたら、この部屋の中のものだけでも国が買えるような金額の金銭価値があるのは間違いない。
精霊の最後の涙。消滅する精霊が、最後に流した涙の雫。瞳の素材の一つ。
夜虹貝の粉末。夜に架かる虹の光が蓄積した貝の殻。1つ生まれるのに千年は必要な、髪の素材の一部。
月光蝶の繭糸と鱗粉。お肌の素材の一部。満月の光の中でだけ生きられる蝶々。特殊な加工をしていない繭は、新月の夜になるとマナに還って消えてしまう。
世界樹の樹液。血液の素材の一部。
その他にも、骨に使う竜骨結晶に星鉄。肌の皮下組織に使う、妖精の鱗粉に妖精龍の抜け殻。等々々。
使わずに済むならそれがベスト。でも……絶対に必要になる。
そんな嫌な確信がある。
紗雪が予備の稼働体を中央の背もたれ椅子に連れてきてくれる。
体全部を包み込めるクッションのきいた椅子。
白いネグリジェを着た生気のない身体。まだ冷たい頬にそっと手を添える。
まず先に、私に秘められた魔力を空っぽにする勢いで、膨大な魔力を『創造の魔法』に注ぎ込む。
光の乱舞が部屋を満たす。織り上げられる幾多の薄布。
踊る、踊る、優しい布地。
マナが生み出すシルエット。
立体裁断で組みあがる型紙いらずの創作ドレス♪
ルナリスの、銀の姫の儚い美貌をイメージしつつ、今日の私はかなりお怒り。
絶対に傷つけられないように、ただ護るだけじゃダメだった。
だから、今度は私も覚悟をもって……。
想いを籠めた『創造の魔法』。ドレスに全てを注ぎ込む。
白のグラデーションドレスを創造した時以上の、とんでもない魔力を注ぎ込む。
胸元の神器、その黄金の宝石がキラキラと光ってる。なんだかいつにも増して創造の魔法の調子がいい。
今なら……一度の創造で使えていた限界の魔力を越えて……3割、5割……8割! あはっ。とんでもない魔力が籠められた!!
これも、神器の力、なのかな? 大図書館の鍵っていうだけじゃなかったのね。
創造したドレスセットを作業机に丁寧に広げて置いて。
「ちょっとごめんね」
くたりと座るルナリスの新しい稼働体。その胸の谷間の間にそっと手を添え、魔力を流す。
すっと皮膚が、内部構造が動き、穴が開く。
中は空洞。
ここが魔核を。あるいは、心の核を収める、本当の意味での心臓部。
「やりすぎないでね?」
「うん。ありがとう」
部屋の片隅から紗雪が持って来てくれた儀礼用の短剣。華美な装飾が施されたミスリル銀製の、鋭利な刃物。
「少し離れてて」
「嫌よ。ナオは絶対に倒れるもの。儀式じゃなければ、私がやってあげるのに」
ギュッと腰を抱きしめて背中に頬を当てる紗雪。これから起こることが目に入らないようにしながらも、私の身体をしっかりと支えてくれる。
よし。やっちゃおう。
これは、禁忌魔導人形に必要な、オーナー契約儀式の前準備。
本契約はもちろん、本体と交わしてあるのだけれど。
共にある事を誓うオーナーの、マナと生命力を、心の核を守る羊水とするための儀式。
ゴシックドレスの袖をまくり、腕を、ルナリスの稼働体の胸元に空いた穴の上に掲げる。
魔力を籠められ、清冽な光を放つミスリル銀の短剣で。
「えいっ!」
手首を斬りさいた。噴き出る血潮が、あっという間に空洞に満ちる。
あ、やっぱり、やりすぎた……ちょんって小さく切っただけのつもりなのに。
呆れた表情で抱き留める紗雪の腕の中で、また私は意識を失った。
今度は急激な貧血と、出血のショックで。
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