第6話 ”私の獣っ娘計画”

 夢。これは夢。


 ルナリスの時空の魔法による大規模破壊とは別に、ありとあらゆる壁も床も執拗に破壊されたお屋敷。

 ネズミ一匹逃がさないと、執拗に打ち壊され、捜索されたお屋敷。


 素敵な思い出の詰まった、ママのお屋敷。

 賑やかに、穏やかに、楽しくみんなで暮らしていた人形の子達も誰もいない。

 人形制作のお道具も、書類も、素材も、全部根こそぎ持っていかれてた。


 覚えてる。だから、これは夢。


 残されていたのはたった2つ。

 工房を背に、仰向けに倒れ、胸元を割り開かれ、全身傷だらけのまだ”黒髪金眼”のルナリスと。

 いつも、優しいママのマナで満ちていた工房の、お気に入りの肘掛け椅子の所に残された血の池。


 嫌な夢。いつまでも繰り返して、終わらない夢。

 紗雪に抱きしめられて、床に座り込んで、泣きじゃくる私。



 だんだん、だんだん、不条理に腹が立って。怒りが心を締め上げて。

 世界を覆う黒い闇。


 ママを、ルナリスの心を、皆を。

 返せ、かえせ、カエセ!


 全部、全部、闇に染まって。

 全部、全部、闇に沈んで。

 全部、全部、消えちゃえ。


 亀裂みたいな笑顔。

 割れた鏡の破片に映る、私の笑顔。

 ママとおんなじ、綺麗な漆黒の髪と、射貫くみたいな金の瞳。

 歪み、壊れた、私の笑顔。自暴自棄になって、高笑いを上げる。


 亀裂みたいな私の笑顔。


 見せないで、ミセナイデ! こんな私いや、イヤ。

 喉が詰まる。声が出せない。



 ぎゅー。


 暖かくて柔らかい。紗雪に抱きしめられる。

 復讐に狂った……私。

 闇が、薄らいでいく。闇が、消えていく。



 やっと過去の再演が終わって、ああ、私目覚めるんだってわかった。


 虹色に輝く銀の髪に彩られた美貌。青銀色の瞳が、じっと私を見ていた。吐息が感じられる至近距離で。


「ふぇ?」

「おき……た」


 すっと離れていく、ルナリスのお顔。

 ちょっと頭がまだ混乱してる。人生初の魔力枯渇を起こして、倒れたのよね?


 14歳の頃のあの襲撃から6年たっても全く成長しなかった、小柄で華奢なこの身体を柔らかく包み込んでくれる、ふかふかなベッド。毛足のとっても長い絨毯に埋もれて眠る事が多いから、あまり使わないのだけれど、たまにはいいものね。


「ルナリス。こっちに戻ってきてよかったの?」

「外の……依頼」

「そっか、外に出る依頼を受けたのね。あれから何日経ってる?」

「5日……です。聖具……の翌朝すぐに、出発」


 普通の人間だったら衰弱してるわね。


 私に飲食はほとんど必要ない。『心の核』が生み出す常識はずれの膨大な魔力が、体の維持をまかなってくれるから。新陳代謝もほとんどない。ママと一緒だった頃は、ママが作ってくれる甘いお菓子が大好きだったけれど……今は、紗雪がそれだから成長しないんだって怒って、ルナリスに指示して買ってきてくれるお食事を義務的に口にするだけ。


「おはよう、ナオ」


 身を起こした私。後ろからすっと伸ばされた手が、おでこで体温を測る。


「ごめんね、心配かけて」


 自分の中のマナに働きかける。きらきら綺麗な、光の粒子が舞い上がる。ん~そうだな~。


 白磁のお皿、青いインクが踊る。描き出される、繊細な曲線。

 赤くてあま~い苺さん。たっぷりふわふわ、白いクリーム、間に挟まるぽったりカスタード。


 オレンジピールとレモングラスをブレンドしたハーブティーは、ポットに入れて、花柄コジーさんのお布団でぬくぬく。


 うん。私の創造の魔法は今日も絶好調。お人形用しか創れない、私の魔法。でも、それで十分。

 紗雪とルナリスに何でもしてあげられる、私にとっては万能の魔法♪


「な、病み上がりに何をしているの!」


 あは、怒られちゃった。でもね、いいの。私の幸せは、2人の幸せ。

 それとは別に、あの襲撃犯、その黒幕達は絶対に許さないけれどね。

 奪われたルナリスの『心の核』の欠片は絶対に取り戻す。


 それに、ママだってもしかしたら……誰が見ても致死量の血液。むせかえるような、鉄錆のような匂い。ありえないってわかってる。でも、ママならって期待もしちゃう。少なくとも身体は持ち去られ、破壊されたお屋敷にはなかった。


「ん、お風呂入ってくるから、楽しんでね♪ 覗いちゃだめだよ~」


 いつもなら2人と一緒に入るお風呂。

 部屋の一角に用意された別室。外見からは想像もできない、拡張された空間に収められた大浴場。

 んーダメだな。あんな夢を見ちゃったから、心が死んでる。冷たく固まってる。


 ……ずっと夢なんて見て無かったのに。


 すっかり慣れた、いつも張り付けてる笑顔もうまく作れないや。

 だから、ちょっと待ってね。

 あったかいお風呂で、私の心を誤魔化して来るから。



 ◇  ◇



「そっか。じゃあ、聖女サリアを襲った密売組織の本拠地を襲撃するんだね?」

「はい……場所は、もう特定……されたと」


「教会の威信がかかっているって、冒険者ギルドにも、聖王都守備隊にも、外周包囲の後方支援しかさせないって。ルナリスだけで突入させるなんて言うのよ!?」


 紗雪が、ぷりぷり怒ってる。


「でも、正直その方がやりやすいよね。合わせる必要もないし」

「それはそうだけど……。か弱い女の子にさせる事じゃないよ」

「まあそこは、大陸に10人もいない特級冒険者だからね」


 軍隊一つを壊滅させる古代龍退治すら単独でこなす女の子に、『か弱い』呼ばわりはきっといろいろな異論を生みそうだけれど。

 あれも、実際は力の差をわからせて、追い返したのよね。

 さすがに双方無傷とはいかなかったから、角や爪に、鱗を証拠として提出したっけ。


「聖具については?」


 飲み終わってしまっていたハーブティーのフレイバーをカモミールに変えて、淹れなおしてあげながら。


「何もわからないって。聖女サリアが記録した情報を聖浄心教内部の解析課に回すそうよ」

「使い方も分からないのよね~……」


 薄赤色を除けば私達の瞳の色を思わせる、輝きを最大限引き出す美しいカットの施された宝石。銀線1本1本にまで施された精緻な彫刻。華奢な私達に似合う繊細なデザイン。


「綺麗だし、明らかにマナを感じる。でも、何も伝わってくるモノもない」


 こくり。ルナリスに視線を向けると、彼女も同意するように頷いてくれる。


「保留ね」


 明朝には突入という事なので、今日はここまで。皆で、ふわふわ絨毯の上で眠りました。



 ◇  ◇



 昔は魔法金属の採掘場だったという、坑道。狭いから、舞踏を動きの基礎に置くルナリスには不利な地形。

 それでも、私の創造の魔法で作られた装備に下支えされ。喪失した感情故に何一つ恐れる事無く突貫するルナリスを止めるには、闇シンジケートだか密売組織だかは、あまりに力不足だった。


 坑道の地形すら変える敵の魔法がしばしば起こす崩落すら、閃光のような速度ですり抜け。


 紗雪と私から供給される魔力でごり押し、傷を負う端から『時空の魔法』で修復。

 いつも通り、仕込んである結界も発動させることなく進む快進撃。


 月光の囁きのように、心を深く揺さぶる歌が場違いなほど静かに優しく沁みわたる。

 ドレスとセットの首元な銀細工のチョーカーに、私が施してある拡声効果もばっちり。


「鮮血姫だぞ!」 「くっそ、なんでこんな奴が!」 「通路を潰せ!」

「う、うた、歌が、歌が聞こえる、こわいよぅぅ」


 そんな賊たちの焦りの声、恐怖の声も置き去りにする勢いで、出会うが幸いと刀の峰打ちで昏倒させ。


 潜ることしばし。やってきました、最深部。


 奥へ通じる坑道は崩落で潰れ、行き止まり。

 かつては集積所だったであろう大空洞。



 ルナリスの視界から見えるその光景に、いつものお部屋で思わず愚痴が漏れる私。


「ここに、人身売買された人たちはいないって言ってたよねぇ」

「情報の誤りですね」


 部屋の片隅にはいくつもの鉄の檻。その中には獣耳と尻尾の生えた、女の子たち。


「モフモフお耳に尻尾、可愛いのはわかるけれど。こいつら、心の核を奪い取るのが目的でしょう?」

「可愛いを害するなんて、とんでもないです」


 冷静に見えて内心怒り心頭の紗雪。愛らしい。

 そうだ、今度アクセサリーでお耳と尻尾、創造してあげようかな。

 ん~どんなのがいいかな~。


 灰銀色の髪に合うのは…無難に狼さん? 猫耳もいいけれど、ここは尻尾も忘れちゃいけない。もふもふぽってりした尻尾がいいわよね。やっぱり狐さんかしら? 髪の色に合わせてライトグレーの混ざった銀狐。


「ナオ? 何か余計なこと考えてない?」

「やっぱり狐さんが良いかなって。でも、狼さんか、わんこも捨てがたくて。もちろんルナリスも、お揃いね?」


 じとー。

 紗雪の翡翠色の瞳が、呆れを多分に含んで見つめてくる。

 ごめんって、ごめんってぇ。だからそんな可哀そうな子を見る目で見ないでぇ。


 なんて、私達がいちゃいちゃしている間に、しっかり紗雪の繋がる魔法で同調したルナリスは、


「我は聖王国、剣闘祭本戦にも出場せし……」


 べらべら話し始めた用心棒らしい刀を居合に構えるお爺ちゃんを、一刀の下に斬り伏せ。(峰打ち)


 急に低姿勢になって


「冗談だろ、おい。なんだよそのでたらめな戦闘力はよぉ。金か? 心の核か? そうだ、女。この女たちを好きにしてもいいぜ、何ならもっと調達して来てやる。な、何でも渡す、だから!」


 とか言い始めた脂ぎったおじさんも、一刀の下に斬り伏せ。(峰打ち……本当に、斬り捨てた方が良い気がしたけれど)


「終わり……ました」


 ルナリスの歌が終わり、あたりは静けさが支配する。


 歌には魔力を乗せている。疑似的な探索魔法であり、軽度の幻覚魔法。心の核を対象に、世界をごまかす『裏技』を使った私達の技法。その魔法技術が、少なくとも声の届く範囲に捕虜の子達以外で心の核を宿した存在は他にいないと告げている。


「お疲れ様。檻の中の子達は外の連中に任せればいいね。気絶してるみたいだし」


 そもそも20人以上を連れて脱出なんて私達にはむかないお仕事。


 瞬殺って言っていいレベルで壊滅させたのだから、十分でしょう。

 そうして、通信魔法の付与された冒険者カードで報告をして戻ろうとした矢先。


 ズズン


 お腹の底まで響く重い振動音。

 大空洞の天井からもぱらぱらと石片が降り注ぐ。


 一瞬の迷い。


 私はいつもそう。

 人間が憎くて仕方がないのに。


 足元に転がる賊たちだけなら、放っておいて、即座の退避は間に合っていた。

 でも、ルナリスの視界の隅に映る獣耳の女の子たち。

 いよいよ崩落し始めた天井から大岩が檻に落下するのを目にして。


 紗雪を介した繋がりを伝わる私の想いに、ルナリスが即座に反応してしまう。

 意思のほとんどを失った彼女は、ただ愚直に、私の意思に敏感に反応してしまう。


 大質量の崩落を前にしては、いくら超人的な身体能力と、どんな業物よりも強化された刀といえど、無害化することは難しい。仮に粉砕できたとしても大量の砂塵が大質量をそのままに降り積もって、ますます手に負えなくなる。


 鉄の檻の上に着地するルナリス。

 白いグラデーションのドレスに秘めた、私がこめたとびっきりの結界が展開される。


 私の創造の魔法は、人形用という制約さえ守れば大抵のことができちゃう。

 直接的な効果はお人形限定だけど、裏を返せば、間接的な効果はそれ以外にも及ぶ。例えば火を出す魔導具を作ってもお人形用だけれど、生じた炎自体は人間にも効果がある。


 なんて、思考が横に流れる間も恐ろしい轟音が鳴りやまない。

 虹色に輝く結界の薄膜一枚に隔てられた大広間は、岩と粉塵に埋め尽くされてしまった。


 賊? さすがにそこまで助ける義理はないよ? ぺしゃんこだろうね。


「んー、どうしようか、これ」

「ルナリスだけなら。でも……」


 半球形の安全地帯。崩落により天井まで埋め尽くした岩石の圧力を、支え続ける結界。

 結界が消えれば、崩れた岩に潰される。


 のしかかる重量に、魔力はぐいぐい消費している。それでも、私達なら丸2日は耐えられそうだけれど……足元の檻の中には20人もの獣人の女の子達。

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